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2017-05-18 22:50:52 | 日記
ベッドの左側の壁に20センチ×30センチぐらいの写真が額に入って掛けてある。母方の祖父母と私の両親、母の姉と兄と弟の7人の顔がある。以下は想像になるが、この写真を撮ったのは叔母の夫ではないだろうか。祖父母は和服姿であり、祖父を覗く3人の男たちはネクタイにチョッキだから、場所は料亭であるだろう。上着を脱いでのチョッキだから初夏ではないだろうか。私の父は昭和9年に母と結婚し、最初の1年間は千葉に住んだ。千葉の税務署長だった。大学を昭和6年に卒業して、高文の成績が良かったので大蔵省に入った。いわゆるエリート官僚であり、昔は今より出世は早く、2年後には東京万世橋の署長になっている。残念ながら私が生まれた(昭和10年12月)翌年の11月に病死してしまった。つまり父と母の結婚生活は3年にも及んでいない。写真はそのわずかな年月の某日の記録なのだ。

父方の家族の集合写真は残っていない。最多数の一枚は、ソフト二人の叔父と私の4人の図であって、私は3歳か4歳である。祖父に買ってもらった、ちょっと大きめの日本刀を半分ほど鞘から抜いて悦に入っている。私は叔父に抱かれている。昭和14年か15年だろう。私を抱いていた叔父がミッドウェーで戦死したのは17年6月である。

仏壇の横に父と母の写真が3枚ある。1枚は結婚式のもので2人とも正装である。次の1枚は見合い用に撮った父の真面目顔である。エリートは毛髪をきちんと7-3に分けている。私のような巨顔病ではない。もう1枚は母のブラウス姿で、笑顔である。女優のブロマイドに勝る美女ぶりである。たぶん、19歳のときのものではないか。「母が美人だったので幸福だった」という石原裕次郎さんの言葉を思い出す。
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