vol 293 ヤーコンで出会った人々(その3)元第一勧銀頭取 近藤さんのこと

2017年03月22日 | Weblog
平成8年春、ヤーコンジュースの生産設備を完成し、販売手段を考えていた時のことです。
横浜で運送会社を経営している同級生のI君が来て助言をしてくれました。
「同級生の近藤さんに相談することよ。彼は第一勧銀の副頭取になっているからね」と。
近藤さんとは小学校から机を並べた仲でしたが、早速お願いするため上京しました。

ヤーコンを日本に広めたいとの私の考えにその場で賛同してもらい、その上で
銀行内にヤーコン応援隊を作ろうと2人の人を紹介してもらいました。
「渡邉君がその都度、東京に出てくることは大変だろう。なんでも相談したら良い」と
先ず行内の食堂にヤーコンジュースを置いてもらうことから始まりました。

結果として2人の方にお願いし、成果につながった事が2つありました。
1つは、日本を代表する所謂”健康雑誌”にヤーコンの紹介記事を多数書いてもらったことです。
平成9年から11年にかけて、ヤーコンジュースやヤーコン茶のことなどを紹介してもらいました。
ヤーコンを多くの消費者に知ってもらうことが出来ましたが、その窓口となってもらいました。

もう1つはサンパウロから”ヤーコン茶(商品名はcya yakon)を入手してもらったことです。
現地では「糖尿病に良いお茶で、肌を美しくする」と評判になっているとの情報を
偶然にも私が耳にしたことに始まります。そして中身がヤーコン葉であることを知りました。
さすがはメガバンクで入手の速さに驚くとともに、現地の情報まで入れてもらいました。

お蔭様で平成9年秋に、現在に至る”ヤーコン茶王”を販売する事が出来ました。
後日、全薬工業さんも現地の情報を元にヤーコン茶の詳細な研究を進められ、
私よりも少し前に販売されていることを知りました。
薬学博士の皆さんのおかげで科学的な裏付けもでき、ヤーコンの価値が一層上がっりました。

近藤さんはその後頭取となられ、現在も尚、私どものヤーコンジュースの愛飲家でもあります。
同級生ではありますが、私にとってヤーコンで出会った最大の恩人でもあります。
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vol 292 ヤーコンで出会った人々(その2) 農水省(旧四国農試) 中西先生との出会い

2017年03月14日 | Weblog
私がヤーコンジュースの生産を本格的に開始したのは平成8年秋でした。
その後生産量が増えるにつれて、ヤーコンのひび割れが重要な課題となりました。
明らかにアンデス産の種芋が日本の風土に適さない証でした。
収穫後もパリパリと音を立ててひび割れし、皮をむくと歩留まり50%となりました。

困り果てていた頃、四国農試で品種改良が進んでいるとの情報が入りました。
すぐに中西先生のおられる香川県善通寺市に出かけました。その後中西先生とは
いろいろな場所でお会いしましたが、先生が各地で講演をされる中で
「これほどひび割れのひどいヤーコンでは日本に根づかない。それどころか
壊滅すらしてしまう」と危機感をもって品種改良に努めたとのことでした。

先生が定年退職され小豆島にお住まいの時も、小豆島へ出かけたことも思い出します。
加工用に栽培するとき、開発された3品種のどれか1つに絞り込む必要がありました。
先生の助言を得て”アンデスの雪”に決めたのが小豆島でのことでした。
その後、多くの農家の皆さんに喜ばれ、加工もし易く歩留まりも95%となりました。

ヤーコンが今日あるのは先生とその仲間の皆さんの品種改良のお陰です。
先生退職の後は杉浦さんが引き継がれ、その杉浦さんも昨年配置換えとなりました。
後継者はゼロとなりましたが、これも時代の流れ国の役割の終わりかと思われます。
本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。
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vol 291 ヤーコンで出会った人々  (その1) 茨城大学 月橋先生との出会い

2017年03月02日 | Weblog
ヤーコンで出会った方々は数え切れないほど多いのですが、月橋先生には何度もお出会いしました。
先生はヤーコンで博士号を取られており、ヤーコンが何物かを初めて世に知らしめて頂きました。
それは確か平成5年9月、農業雑誌「農耕と園芸」?に投稿されて始まりました。
それまで私はヤーコンが何物かさえ知らぬまま、化学者の直感で研究を続けていました。

私の知るところでは、大学では月橋先生がヤーコンの成分分析と栽培に取り組まれ、
官では農水省の中西先生が日本風土に適した品種改良をすすめられ、
そして産業界では私がヤーコンの製品開発に取り組み、今日に至っています。
不思議なことにいずれも平成2年乃至3年に取り組み始めたことが後で分かりました。

月橋先生は茨城大学農学部内に「ヤーコン研究会」を立ち上げ、ヤーコンの普及に貢献されました。
私も数回参加をし、参加者の熱気を感じたものです。一方で、ヤーコンに関する本がないことから、
先生に本を出して下さいとお願いをしたことを思い出します。「忙しくてね」とおっしゃるので、
私と長男が執筆して月橋先生監修の下、平成11年3月、「奇跡の健康野菜ヤーコン」を
廣済堂出版社より出したこともヤーコンの普及に貢献できたと思います。

このようなこともあって月橋先生とのお付き合いも長くなり、
今でも賀状の交換をさせていただいております。ヤーコンあっての出会いであり感謝感謝です。
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vol 290 家庭菜園でヤーコンが広がりますように

2017年03月02日 | Weblog
何事も同じですがヤーコンに関しても夢中になって取り組んだ人々がいます。
私もその1人でしたが無我夢中で過ごして、はや25年が経ちました。
80歳まで現役でと考えていましたが、本年4月でその年齢を迎えます。
借金ばかり積み残して心苦しい限りですが、3月末を持って引退する事にしました。

ヤーコンが年1回の収穫ですから、経営上安定しないのは当たり前かもしれません。
幸いにも子供達が事業を継続してくれると言い、しかも1年を通して売れる
商品を開発してくれましたので私も安心して退くことが出来ます。
ヤーコンの製品開発に追われて、多角化できなかったことは力不足で悔やまれます。

今後はヤーコン栽培を中心の農業に親しみ、俳句作りを楽しみ、さらに
ボランティア活動を通して地域の発展に役立ちたいと思っています。
本欄の掲載は継続したいと思っています。先ずはこれまで、
ヤーコンでお出会いした方々を拾数回に分け感謝をこめて紹介いたします。 
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ヤーコン青汁って何? 誕生裏話

2017年01月30日 | Weblog
弊社のヤーコン青汁(商品名 野菜毎日)は世界でたった一つのヤーコンジュースです。
瓶からコップに移し出すと、鮮やかな濃い緑色をした青汁となります。
これが真っ黒だったらどうでしょうか。誰も飲まないでしょうね。

実はヤーコンを大根おろしのようにすりつぶすと、色が刻々変わります。
はじめは白く、次第に緑に、そして黒く褐変してしまいます。私は大いに悩みました。
せめて美しい緑色を保持できれば、全国の皆様にお届けできるのではないか。

試行錯誤の末に神様は私の願いを聞き届けてくれました。
加熱をすれば熱に弱い色素は消え、熱に強い緑の色素だけを安定化できたのです。
これは以前にも述べたクロロゲン酸とアミノ酸からなる貴重な色素でした。

勿論ヤーコンの主成分はヤーコンオリゴ糖です。加熱による変化はありません。
それに加えて活性酸素を除去するクロロゲン酸と必須うアミノ酸を摂取できるのです。
ここに機能性に富んだヤーコン青汁が完成したのです。

これらのことが認められ、日本発明協会から山口県知事賞を受賞できました。
そのことよりも私にとっては人々の健康長寿に役立ったとの思いが強いのです。
ヤーコンに出会ってよかったと思う今日この頃です。
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vol 288 ヤーコンは何年寿命を延ばすでしょうか?

2017年01月13日 | Weblog
新年を迎えました。今年も無病息災で人生を楽しみたいものです。
昨年、山口県は大干ばつの年でヤーコン不作の年となりました。
25年栽培を続けて初めての経験です。皆様のお宅ではいかがでしたでしょうか?

私が俳句を初めて3年目を迎えます。200人への賀状を書きながら、
「年賀状瞬時に過去が甦る」これが私の実感です。今が一番面白くなったところです。
ヤーコンに関しても3年栽培し終えた平成5年、会社を立ち上げました。
こだわり始めたら何事にも夢中になる性癖のようです。

今年1月11日、NHKの「ためしてガッテン」で、
「ピーナツを食べると寿命が2年延びる」と放映していました。
16年の追跡調査を終えての結果だそうで、私も良く食べており長生きしそうです。
ヤーコンに関しても同様の結果が出ると信じています。

20年近くヤーコンジュースを飲み続けている親友から、今年の年賀状に
「ヤーコンは国民、国家のためになっている」との添え書きがありました。
ご近所にも3人ほどヤーコンを栽培し、自家製のヤーコンがなくなると
ヤーコンジュースを買いに来られる方がいます。同様の言葉をもらっています。

皆それぞれヤーコンが寿命を延ばしていると確信している仲間です。
かく言う私も毎日ヤーコンジュース並びにヤーコン茶を食している人間です。
先ずは私自身、長寿を全うすることが大切なことだと思う新年の始まりです。

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vol.287 念願だったヤーコンが主食になる

2015年06月26日 | Weblog
ご承知の通り、アンデス生まれのヤーコンは
でんぷんを含みません。
オリゴ糖が主成分の低カロリー野菜です。
従って、ジャガイモやサツマイモのように
ヤーコンが主食になるとは考えられませんでした。

昨年の暮、妻がヤーコンでお好み焼きを作ってくれました。
これがとても美味しくて、それ以来、今日までの半年間。
我が家の朝食になりました。

ヤーコンを線切りにし、これにベーコンや肉を入れ
小麦粉でまとめ、小魚の粉末なども加えて
フライパンで焼き上げます。
6ヶ月で私の体重が60kgから54、5kgに減りました。
ヤーコンがダイエット食品であることを実証できました。

以前から、私が指摘したことですが、
ヤーコン100グラムあたり、54キロカロリーは間違いです。
オリゴ糖を炭水化物として計算した結果の値であり、
本来、オリゴ糖は水に溶ける食物繊維ですから
カロリーはゼロに近いのです。

体重が減りすぎたと思われるかもしれませんが
体調は上々です。
「ヤーコンよ。ありがとう。
主食になっておめでとう。」

ヤーコンがお好み焼きになる。
妻の発明に感謝感謝です。
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vol.286 農業で生きる若い人出でよ。応援したい。

2014年09月24日 | Weblog
私は幸いにして大企業に職を得ていたので生活に困ることはなかった。
誠にありがたいことである。
しかし、日本が徐々に衰退に向かう時代となり、
特に農業の将来が展望できない。
農業と食、健康と環境をライフワークとしていた私は
たまたまヤーコンと出会うことになった。

20年余り、ヤーコンと葛藤する中で、日本農業の問題点が見えてきた。
これまでの農政の農協依存に根源がある。
勿論、政府も気付いており農協改革とともに、6次産業化に力を傾注している。

現在の私は、農産物の栽培、加工、販売に変身可能な構想を持っている。
国の6次産業化の支援も受けることができそうだ。

ただ1つの問題は
私が70才を過ぎて冒険ができないということだ。
そこで考えることは
「意欲のある覚悟のできた若者に託すしかない」
ということだ。
若者が農業を志すとき、最も大切なことは加工技術と設備を持つことだ。
これさえあれば栽培も販売も伝授できる。

これまでも私の構想を公開してきたが、残念ながら高齢者ばかりで
肉体が伴わず挫折している

今願うことは
「意欲のある若い人に出会いたい」
ということだ。
これまでに蓄積してきた技術と新構想を伝授して
是非とも成功してもらいたいと願う私である。
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vol.285 社長日記再開にあたって

2014年09月16日 | Weblog
社長日記の筆をとめて、いくほどの時が過ぎただろうか。
周囲の者が足を引っ張ったこともあるが、
実はたくさんの役を引き受けたことが大きかった。
その上、今年の5月から敬老会の世話の傍ら、俳句作りを始めている。
文学から最も遠い人間dえあり、考えられないことであった。
この4ヶ月間で300句を超え、朝日俳壇に2回投稿したものの選にもれている。
何事にもこだわる性格だから、すぐに新しい句が生まれる。
一方で20冊ほどの歳時記を読んでみたが、理解できるものは1割にも満たない。
人生の大部分を創造の世界で生きた来たので
できるだけ平易な言葉で創造を加えたいと思っている。
1年間は添削を続け、公表はその後としたい。

さて、本年6月に竹粉砕機を購入した。
山口県は3番目に竹の多い県である。
昨年暮から地元の里山づくり隊に参加して小学校の裏山の竹を切っている。
1日30人ほどのボランティアで竹を切るので
切った猛宗竹がどんどん蓄積する。
この現状を見るとき、竹の粉砕機の必要性を痛感した。
粉砕した竹の粉はポリ袋に詰めて肥料として使っている。
現在までのところ、ヤーコン栽培で効果が出ている。
仮に竹を再利用せずに焼却場に持ち込んでいたら、
百万円を超えるお金が要ったであろう。
大変良い事をしたなと思いながら、
地域づくりの担い手として精を出している私である。
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vol.284.会話がはずむと食事も美味しい

2013年10月31日 | Weblog
今年もヤーコンの花が咲き始めた。
同じキク科でも、ツワブキの花の方が鮮やかである。
ヤーコン畑の周辺はツワブキの花で今年もいっぱいだ。

30有余年 勤めてた昔の会社仲間と偶然酒席を共にした。
集まった4人の出身は、機械屋、事務屋そして化学屋2人。
化学屋も研究所で過ごした私と製造部門で過ごした後輩だが、
1年間、人事部で席を共にした縁がある。

飲むほどに話がはずみ、会社の現在と過去の違いが浮かび上がってくる。
30年も共に過ごしたことで、共通の話題が親交を深める。
帰宅後も話の続きが広がって、事業を残した優れた人々の往事を忍ぶ。

一方で、共通の話題を持たない人々と囲む食卓も多い。
高級ホテルで豪華な料理が並べられても、無言で食べるのは味がない。
時には接待を受けてご馳走になるとこともある。
隣りは初めて出会う人であり、会話をしても料理の味は深まらない。
当然のことながら、次回からは出たくなくなる。

来月はまた、昔の会社のテニス仲間との忘年会である。
趣味で結ばれた仲間との話は楽しくて、あっという間に時間が過ぎる。
再来月は中学時代の仲間との忘年会もある。
これからも可能な限り
深い付き合いを心がけたいと思う。
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