佐久間さやかのへぶんずブログ

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なぜ“人類最速の男”ウサイン・ボルトが世界中から愛されているのか

2017-08-21 20:03:01 | 日記
世界陸上で惜しくも100メートルでは銅メダル、400メートルリレーでは棄権と言う結果になってしまいましたが、世界中から惜しまれ、賞賛される終焉となりました。


なぜボルト選手は世界中から賞賛されるような選手なのかと考えて見ました。



1、エンターテイメント性の高さ


ボルト選手を象徴するのが、スタートする前に天に向かって弓矢を射るような「ライトニング・ボルト」と呼ばれるポーズをすることは有名です。


他の選手は自分にカメラが向けられても、キスをしたり、笑顔になったり手を振ったりする程度です。もちろん試合直前なので集中したいという気持ちは理解できます。


しかしボルト選手はそんな中でも、自分が注目されていること、ファンや観る人が楽しめるようにパフォーマンスをします。もちろん周りのファンの為かもしれませんし、自分自身を鼓舞する意味でもされているかもしれません。


どちらにしろ、金メダルや優勝、世界記録を作りながら子供やこれから陸上で金メダルと取りたいと思う選手にとっては憧れの存在になっていることは間違いないでしょう。


そして自分をキャラクター化し、エンターテイナーとして魅せる部分こそ一流の証ではないでしょうか。


2、相手選手、相手国へのリスペクトを忘れない姿


ボルト選手で印象的なシーンの一つとして、インタビューを受けているとき、国家が流れており、その国家が聴こえた瞬間にインタビュアーに対し「静かに」と人差し指を口に近づけ、ボルト選手は国家が流れている間、規律ある態度で聴いていました。


その映像を観た時に、本来であれば優勝や金メダルを取った瞬間に興奮状態になり、自分の気持ちを抑えきれずに周りが見れない状態になってもおかしくはありません。


それにも関わらずボルト選手は自分の国ではない国家に対し、しっかりと向き合い聴く姿には相手選手、相手国に対してもリスペクトする精神があると感じました。



3、負けても言い訳をしない


世界陸上ロンドン大会での引退を表明していたボルト選手。現役復帰の可能性に対してお質問にも、「ないね。多くの人間がカムバックして醜態をさらしている。俺は彼らとは違う」と語っています。


この言葉は優勝や金メダルを経験してから、多くの誘惑や他のことを犠牲にして、さらに全力で自分の走りに対して責任とプレッシャーに本気で向き合ってきたからこその言葉だと感じました。


スポーツの世界では引き際というのがある時期から考えなければいけないと言われています。その中でも輝かしい結果と共に終わりたいのは言うまでもありません。


ですが、それ以上にボルト選手は自分自身が走ってきた時間。それは人生の全てを注ぎ込んできたからこそ言い訳をしないで引退を決意したのではないでしょうか。そんな姿を何年も見てきた人々は、彼を愛しく、そしていつまでも忘れることはないと思います。

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