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マグレブ社会とギルドと倫理と性善説と

ど素人の戯言ですが。

ここんとこ倫理・宗教の影響と言う物を考えていた。まぁエントリーもそのように反映されている。倫理観を基にした主張と言うのは倫理観が広く共有されたときに効果を発揮する物であり、同質性を必須とする。逆に言えば社会全体が同質性を帯びれば倫理の共有を前提とした性善説が生きることとなる。

性善説では「溺れている子供を助けるのは自然な心象」ということであるが、論理的に考えればそれは異常である。溺れている子供を助けることによって自分が死んではもともこうもないからである。「溺れている子」が共有の財産であるという倫理観が無ければ有り得ない論理だ。(または「助けなかった」ことを非難され、評判に傷が付く場合か)

孟子の挙げた四端の心と呼ばれる4つの説もギルド的な制約があるからこれを守るインセンティブが働くと考えると、論理的に説明できる。相手がどこの馬かも分からなく、自分への評判が傷つかなければ四端の心を守る方がどうかしている。しかし狭い社会ではばれる心配があるのでとりあえず守った方が得だと言うことであろう。

馬車馬さん(グライフ氏)が言うところのマグレブ商人=ギルドというのは倫理=性善説と親和性が高いのではないかと言う仮説だ。ギルドは論理的には「約束を破ったら村八分」ということで強制力を持たせているのであろうが、いちいち論理的に考えるのは疲れるので倫理的な教育の方が簡単で有効だ。おまけにメンバーはギルドを形成できる程度の「倫理観」を端から共有していることであろう。

ギルド社会において論理的に説明できることも倫理で片付けた方が楽なのだ。なので単質的なギルド社会では説明を省くために倫理観を多用すると思われる。単質的な社会と言うと宗教会派、職業ギルド、単一民族が大多数の国家などで起こりうる。逆にマグレブ社会(相手を信用しない=法治社会)では倫理を基盤に社会運営を行う事は想定しずらい。

ここまで「論理で社会運営するのは大変」なので「社会運営は倫理で行ってきた」と述べた。中国や欧米のように多民族国家である歴史を有する国は法治国家になるか宗教が倫理の絶対権力を握っていた。前者は皇帝という絶対権力者とその下位になる法整備、後者では教皇に類するやはり絶対権力者が国家に対して倫理で干渉してきた。

近現代ではグローバル化が進み、他民族・国家とも相互に付き合うようになると「倫理」の効果が段々薄くなってくる、というか他民族にとって倫理は通用しない。異邦人は村八分にされても痒いくらいなので守るインセンティブが無く、法整備と強制力を整えることと成る。

話は脱線するが義務教育で道徳の時間を増やすと言う論が出てた。馬鹿馬鹿しい、論理的に説明できないから道徳と言う倫理に頼るのか。倫理に頼る教育は倫理観を共有していないと付き合うことすら難しいと言う事が分かっているのか。倫理を論理的に教えるのが道徳であれば反対はしないが。

こう考えていくと、政治や法整備に倫理を持ち出す意味の馬鹿馬鹿しさが理解できると思う。山村など小さな地域社会では昔ながらのしきたりを(それが最善なので)全員が守るので、明文化も罰則も必要ない。しかし現代に昔ながらのしきたりのイメージを持ち出し「美しい日本」とか言っても、時代も厳密な意味も共有されていない。各個人が勝手に勝手な時代を想定し「美しい」とかやらかすわけだ。こんなの上手く行くはずが無い。過去を賛美する結構だけれども具体的でなければ全く意味が無い。また日本においてつい20年前のバブル期までを除けば、現代は過去いかなる時代よりも幸せである。

食育で「従来の日本食」とか言ってもたんぱく質が足りず、塩分過多で平均寿命の短い従来の日本食のどこがいいのか。地産地消とは海無し県は魚を基本的に食べないと言うことか。つい100年前は列強にびくびくしながら戦争ばかりやっていたがそんなのが良い社会なのか。それとも鎖国をしていた200年前がすばらしいのか。

なので主義主張としての過去賛美や倫理を強調した非科学的な主張は結構だけれども説得力はまるで無い。説得された人にとってはすばらしい案であろうが、そうでない人にとっては「馬鹿」にしか見えないのだ。それを政策に反映するなど言語道断だと思うのだ。

そろそろ村社会とかギルド社会とかマグレブ社会を脱却して数十年経つ(村社会で共有する倫理など高度経済成長期に都市で核家族時代を迎えもうとっくに壊れているのだ)。「倫理」自体を否定する気は全くないが、他人に説明する際には使用しない方がいいと思う。もちろん社会慣習として残るのにも違和感は無い、しかしその代償は「差別」を引き起こすことと異分子を排出することだ。

 

ギルド社会ではギルドのルールに精通しないと受けられないサービスがある。例えば馬車馬さんが挙げた銭湯。外人を排除しがちだ。
また地域差別も残る、東北人が薩長を嫌うとか。また変わった文化は笑い者になる、たとえばTV番組のケンミンショーとか。

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