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パールバック 大地

2016年10月14日 | 読書



数日前、パールバックの「大地」を全巻読み終えました。
パールバックがノーベル文学賞を受賞したのは、1938年、今から78年前です。46歳の時です。
今回ボブディランがもらっているピュリッツァー賞を受賞したのが1932年。40歳の時です。

ともにアメリカ人。約80年前のノーベル賞作家の作品を読んでいたわけです。偶然です。
「大地」は中学生か高校生の頃、家にあった文学全集で読みました。

だれもが知っている作品でしょう。でも内容は忘れてしまっていました。
再読を試みたのは、若いときの感性をもう一度取り戻してみたかったからです。

今は世界の中心にいる中国ですが、100年~80年前の中国は暗澹たる国でした。
宣教師の両親と生後3か月で中国にわたったパールバックが、自分の目で見た真実の中国の姿を書いたものです。

主人公は貧農の小作人、王龍(ワンロン)。
土を耕し懸命に働くが、厳しい暮らししかできない。

地主の家の奴隷であった阿蘭(アーラン)を嫁にもらう。
醜いけれども丈夫、働き者の阿蘭のおかげで、餓え死に寸前の危機を乗り越え、王一家の暮らしはどんどん楽になっていく。

4人の子どもに恵まれるが、一人は白痴の娘。彼女に王龍は生涯心を寄せていく。
それはパールバックの一人娘と重ねて描写されているのである。

3人の息子は大地主となった王龍のもとで、豊かな暮らしをおくることになるが3人3様だ。

長男は地主、次男は大商人、三男は軍人となり、時代の変化の波にのまれていく。
次第に土地を売却し、最後に残るのは、祖父王龍のいた土の家だけとなる。

さらにその子どもたちへと時代は続く。

3代にわたる王家の歴史は中国の変革、革命とともにあり、今に続く歴史書でもある。
男たちの生き方だけでなく、登場する女たちの生き方もまた、さまざまである。

搾取する側とされる側、地域の経済格差、権力を行使する側と取り入る側、知的障害者に対する人間性と非人間性
旧体制を維持しようとする側と変革を求める側、夢や希望を持つものと絶望するもの

テーマは深い。 ストーリーだけを追っていっても読み応えがあります。
ノーベル賞はやはり普遍的なものでないといけないのです。

時代を超え、人間性の高みを目指す文学こそノーベル賞に値するのだと思います。
パールバックは若いときにノーベル賞を受賞しました。賞金は知的障害者のために使われたそうです。

ボブ・ディランの歌は、80年後も人々の心に訴えるものであると信じています。
普遍なるものとは何か、平和を求める心しかありません。

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