アイリス あいりす 

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タリバンの代表団が中国の招待で北京訪問

2016-07-31 13:12:27 | 社会問題 日々雑感

 http://jp.sputniknews.com/politics/20160730/2575928.html より転載

イスラム過激派グループ「タリバン」の代表団が、中国当局の招待で北京を訪問し、アフガニスタン情勢について協議した。土曜日、ロイター通信が「タリバン」筋の情報を引用して伝えた。

7月18日から22日まで中国政府の招きで北京を訪れた代表団の団長は、カタールにある「タリバン」政治局の責任者であるアッバス・スタナクザイ氏が務めた。

 

ロイター通信によれば、消息筋は、次のように伝えた-

「我々は、世界の様々な国々と良好な関係にある。中国も、その一つだ。『タリバン』は、アフガニスタンが外国の軍隊により占領されていることに関連し、中国当局が、我々に援助を与え、この問題を国際会議で取り上げてくれるよう望んでいる。」

中国は、アフガニスタン、米国、パキスタンとともにアフガン問題調停役グループに入っている。同グループは「タリバン」とアフガン中央政府との間の和平交渉プロセス再開に向け努力している。

~~~~~~~~~

♫ これは驚きですね。中国がタリバン代表団を招待したのですから。

中国政府は、ただで援助はしないはずです。寝返ること、まともな仕事を与えるなど、厳しい条件を付けるでしょう。

とにかく、このニュースは、素晴らしいです。うまく行くことを願います。

アフガニスタンの本当の姿は、アメリカからの情報しか日本に伝えられていませんでしたから。真実が明かされる日も近いでしょう。

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コブラ情報 降伏の条件・最新情報 2016年7月30日

2016-07-31 12:51:52 | 宇宙

http://ameblo.jp/space-wanderer/entry-12185864284.html 夜明け前より転載しました(♫ 翻訳ありがとうございます)

2016-07-31 12:30:52NEW ! 
テーマ:

原文: http://2012portal.blogspot.jp/2016/07/terms-of-surrender-update.html?m=1
 
降伏の条件について、明確にしておかなければいけないことが三つあります。
 
まず、集団逮捕の計画はいまも完全に予定通りです。人類が無事に遷移を遂行できるよう、光の勢力は闇の個体またはカバール組織の降伏を待つことなく、できる限り早く逮捕に踏み切るでしょう。集団逮捕の前に降伏したカバールのメンバーはより有利な条件を提示されるにすぎません。しかし、イベントの前に降伏すると、裏切り者扱いで報復を受けるため、カバール・メンバーの多くが降伏することは期待できなさそうです。
 
ロスチャイルド家がイベントの前に組織ごと降伏して協力してくれる一定の可能性は残っています。ロスチャイルド家はオリオン星座のリゲル星系からやってきた堕天使です。過去にも、光が闇を凌駕することを示されて、リゲルからやってきた多くのカバール・メンバーが降伏していました。リゲル人は強者の側につく傾向があります。逮捕されたり、より強い相手と直面したりするときに、ようやく自分たちのネガティブな行動を止めてくれる、十分に強い相手が現れたことにほっとするようです。これは彼らにとって、光が闇を凌駕する証しとなり、彼らの協力を促すでしょう。リゲル人はインプラントを受けることで、霊から物質化して降りてきましたが、霊とのつながりは依然それなりに強く、この二元性の悪夢が終わる頃には、また元の次元に戻れるでしょう

 

 

 


イエズス会、アルコン、キメラはいずれもアンドロメダ銀河のネガティブな種族からやってきました。彼らも皆堕ちた天使で、同じくインプラントによって霊から物質化していることを意味します。彼らのかなり多くも、二元性が終われば、元の次元に戻れるでしょう。
 
キメラのグループが降伏の交渉に関わっていません。なぜなら、彼らを相手に出来る善意の組織が地表にいませんから。レジスタンスが直接に彼らを相手にしています。
 
ロックフェラー家の起源はドラコニアンであり、決して降伏はしないでしょう。彼らは銀河のセントラル・サンの藻屑(もくず)となるまで、偽旗を掲げて抵抗し続けるでしょう。ドラコニアンの種族は高密度の物質から進化してきており、そのうちのとりわけネガティブな一族には、霊とのつながりが不十分で、救済できません。
 
次に、自らの意志で降伏したカバールのメンバーは、光の勢力に戻るために必要な心理的な転移を受けて、適正に扱われるでしょう。彼らはいずれもスターダスト技術による治療を受けることになります。光を完全に受け入れる前に、妙なことをしようとするものならば、一瞬でしびれさせられ、惑星から取り除かれるでしょう。和解プロセスにおいて、彼らは過去の行動を完全に打ち明けて、人々の怒りに直面しなければいけません。でも、彼らに対する暴力や処罰は許されません。彼らにとって最大の処罰は、目を覚まして自分のやったことを完全に自覚して良心を取り戻した時です。彼らは心理的な治療を受けて、余生を人類と光への奉仕に捧げることになります。
 
三つ目ですが、カバール・メンバーの捕獲に提示された懸賞金はおそらく機能しないでしょう。というのも、相手側が地表の光の戦士に対して、それ以上の懸賞金を出しているからです。これは何世紀も前に結ばれた合意を反映したものです。「我々のリーダーに手を出さなければ、我々もあなたたちのリーダーには手を出さない」ということです。イベントでブレークスルーが起きて、キメラが終焉を迎えるまで、この膠着状態は続くでしょう。
 
Victory of the Light!

 
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ハリマオは実在の人物で日本軍の工作員

2016-07-31 12:30:51 | 歴史

♫ 「怪傑ハリマオ」は、テレビの子供番組で、当時見なかった子供はいなかったのではないでしょうか?

三橋美智也の歌で始まるこの番組をみて、サングラスのハリマオに子供たちの心は釘づけになりましたよね。

このドラマには谷豊というモデルがいたそうです。実際に両親と共に、マレーシアに渡っており、両親は理髪店を営んでいました。

この記事は後編です。前篇はほぼ、テレビのハリマオを彷彿とさせる内容です。

私がちょっとあれっと思ったことを、記しておきたいと思います。

彼の父親は当時なかなかできなかった、アメリカへ理髪の勉強にでています。これはかなり謎がありそうですね。

そして、福岡出身ですが、なぜかマレーシアで理髪店を営んでいます。

日本の陰謀を読んでいると、このハリマオの両親のような、ご本人達にはわからないようにして、支配者は策略というものの種を撒いているのだと、このごろ解るようになりました。

時間を掛けてそのようにしていくのでしょう。谷豊の父親にもハリマオと同じような気質があったようですから、そういうことも、見据えたうえでの工作を何十年も前から仕込んでいたのではないかと、私は考えます。

日本人なのに、マレーの盗賊となり、親から勘当された谷豊は、両親に喜んでもらいたいからでしょうか。最初は拒否していても、説得がうまかったのでしょう。軍の工作インとなってしまったのです。

若くして逝った彼には、罪はありません。彼の前半のようすは、テレビでのハリマオそのものです。マラリアにかかって亡くなったそうです。

テレビでドラマになったのも、褒め殺しでしょう。

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「怪傑ハリマオ」

「ハリマオ」の画像検索結果



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http://dogma.at.webry.info/200612/article_25.html より転載

注:以下のエントリの後編にあたります
マレーの虎ハリマオ・谷豊の壮絶生涯(前編)また
「その名は『F機関』…大東亜戦争の英雄・藤原岩市」の外伝にも相当

後編:

【敵要塞とマタドール計画】

これまでの戦史では、軍の秘密指令を受けた谷豊の一党は、失敗続きで、帝国陸軍のハリマオ工作は不発に終わったとされていた。

しかし『神本利男とマレーのハリマオ』で初めて明かされた谷豊の行動は、まったく違うものだ。

谷豊の配下には盗賊くずれのマレー人しかいなかったと見られていた。
ハリマオ一党は数百人規模で、「配下3,000人の大盗賊」は噂に過ぎなかったが、 実際はメンバー各自が様々な特殊技術を持つ集団であった。例えばザカリアという男は、火薬のプロフェッショナルで、爆破工作で力を存分に発揮していたという。

昭和16年秋…
戦争を予感していたのは英軍も同じだった。
開戦となった場合、イギリスが誇る東洋の最重要基地はシンガポールにあり、そこを目標にすることは明らかだった。

日本軍はタイ国境を越えてマレー半島を縦断して進撃すると想定。マレー北部に要塞を建設し、陸軍の動きを止めることが急務でもあった。

そこで英軍はタイ国境から30キロ南の小さな集落ジットラに防禦陣地を建設していた。これがマレー戦記には必ず登場する「ジットラ・ライン」である。

その建設現場に現地人としてハリマオ一党が浸透していた…

マレー人労働者にサボタージュを呼びかけ、セメントなどの重要資材を湿地に投げ捨てる…また、トーチカの場所や地形などを調査し、詳細な地図を陸軍に送ったという。

「いかなる攻撃でも3ヵ月は持ちこたえる」と英軍は豪語していたが、いざ戦端が開かれると、わが帝国陸軍は大激戦の末、僅か2日間でジットラ・ラインを突破している。

3ヵ月の予測がたった2日だ…
谷豊の建設遅延工作が実った結果でもあった。

長期の激戦が避けられたことで、何千人の陸軍兵士の貴重な命が救われたことか…それは英軍兵にとっても同じだ。

また、英軍は開戦に先立ってタイ南部に上陸する日本軍の兵団を水際で駆逐する「マタドール計画」を進めていた。

英軍の精鋭部隊が密かに国境を越え、迎え撃つ作戦だった。その極秘作戦の情報を掴んだのもハリマオの配下だった。昭和16年7月に察知し、9月には作戦の概要が明かなっている。結局、「マタドール計画」は不発に終わる。

【『F機関』藤原参謀との初対面】

大東亜戦争開戦2ヵ月前、バンコクにひとりの情報将校が赴任する。のちに「F機関」を率いる藤原岩市参謀(開戦時少佐)だ。

画像


「ハリマオ工作」の名付け親は藤原参謀だった。藤原参謀は、ハリマオ一党の活動を高く評価し、特に谷豊という日本人に興味を抱いた。開戦直前には、タイ南部で直接会う手筈を整えていたが、尾行の危険性があったために止むなく断念している。

2人が対面を果たすのは、開戦のちょうど1ヵ月後だった。場所はマレー北部の小さな村。ハリマオ一党が新たに英軍陣地の後背に向かう直前の、偶然の出会いだった。

その時の模様を藤原参謀は著書『F機関』の中で、こう書き記している。

「なに谷君が待っているのか。おれも会いたかった。どこだ谷君は」(略)私は重い使命を背負わせ、大きな期待をかけている私の部下の谷君に、今日の今までついに会う機会がなかったのである」

「数百名の子分を擁して荒し廻ったというマレイのハリマオは、私の想像とは全く反対の色白な柔和な小柄の青年だった。(略)

私は谷君の挨拶を待つ間ももどかしく、『谷君。藤原だよ。よいところで会ったなあ。御苦労。御苦労。ほんとうに苦労だった』と、彼の肩に手をかけて呼びかけた。

谷君は深く腰を折り、敬けんなお辞儀をして容易に頭を上げないのであった」
(『F機関』176頁)

余りに遜った態度に藤原参謀は驚き、そして、マレー人になりきった過去の境涯をしのんで、いじらしく感じたという。

藤原参謀がダム破壊工作の成功を称えると、谷豊はこう答えた。

「いいえ。大したことはありません。ペクラ河の橋梁の爆破装置の撤去は一日違いで手遅れとなって相済みませんでした。それから山づたいに英軍の背後に出て参りましたが、日本軍の進撃が余りに早いので遅れがちになって思う存分働けなかったのが残念です。

この付近では英軍の電線を切ったり、ゴム林の中に潜んでいるマレイ人に宣伝したり致しましたが、日本軍のためにどれだけお役に立てたことでしょうか」

これに対し藤原参謀は更に労いの言葉をかける。

「『君のこのたびの働きは、戦場に闘っている将校や、兵にも優る功績なんだよ』というと、谷君は私の顔を見上げて眼に涙を浮かべながら、

『有り難うございます。豊は一生懸命働きます。私の命は死んでも惜しくない命です。機関長の部下となり、立派な日本男児になって死ねるなら、これ以上の本望はございません』としみじみ述懐した」
(前掲書177頁)

2人が初対面した時、谷豊はすでにマラリアに冒されていた。

【最終目的地シンガポールへ】

わが日本軍が快進撃を続ける一方で、谷豊の病状は悪化していた。

初めての対面から約1週間後、藤原参謀の元に「谷豊がマラリアを再発し重篤だ」という報せが届く。そして、谷豊と行動を共にしている神本利男に対し、早急にジョホールバルの陸軍病院に移すよう連絡した。

「一人として大切でない部下はいない。しかし、分けてハリマオは、同君の数奇な過去の運命とこのたびの悲壮な御奉公とを思うと何としても病気で殺したくなかった。

敵弾に倒れるなら私もあきらめきれるけれども、病死させたのではあきらめ切れない。私は無理なことを神本氏に命じた。『絶対に病死させるな』と」
(同247頁)

時は1月14日。
シンガポール陥落まであと1ヵ月…

ジョホールバルはマレーシアの最南端の大都市で、海のすぐ向こうがシンガポール島だ。
神本利男は担架に谷豊を乗せて運び、陸軍病院に運び込んだ。その直前、神本は谷豊を抱き起こしてシンガポールの町の灯りを見せた。

「おれのテリトリーはマレー半島だから、シンガポールは関係なしか…」

そう谷豊は呟いたという。

ハリマオ一党の最終目的は、日本軍をシンガポールに進めることだった。谷豊は自らに課せられた使命を無事、終えようとしていた。

【ハリマオ、白い布とともに消える…】

「私は生花を携えて病院にハリマオを見舞った」

藤原参謀と谷豊の再会は、シンガポールの兵站病院の一室だった。陥落から数日のことである。

その前に、藤原参謀は軍政監部の馬奈木少将と直談判し、谷豊を軍政監部の一員として起用することを要請していた。

「見舞いと慰労の言葉を述べると、ハリマオは『充分な働きが出来ないうちに、こんな病気になってしまって申し訳がありません』と謙きょにわびた。

私は『いやいや余り無理をし過ぎたからだ。お母さんのお手紙を読んでもらったか。よかったね』というと、ハリマオはうなづいて胸一杯の感激を示した。両眼から玉のような涙があふれるようにほほを伝わってながれた。

私は更に『谷君、今日軍政監部の馬奈木少将に君のことを話して、病気が治ったら、軍政監部の官吏に起用してもらうことに話が決まったぞ』と伝えると、ハリマオはきっと私の視線を見つめつつ『私が!谷が!日本の官吏さんになれますんですか。官吏さんに!』と叫ぶようにいった。ハリマオの余りの喜びに、むしろ私が驚き入った」
(前掲書269頁)

官吏とは今の国家公務員に相当する。盗賊として日本人からも白眼視されていた谷豊にとって、その処遇は夢にさえ見ることのないものだった。

そして、この日が2人の終世の別れとなった。

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昭和17年3月17日。
ハリマオとして名を馳せた谷豊は力尽きた。
享年30。

臨終を見守っていた配下のマレー人が日本軍に求めたのは白い布2枚だけだったという。それはイスラム葬で遺体を包むのに必要なものであった。

谷豊の棺は部下たちに担がれ病院を後にし、シンガポールのイスラム墓地にひっそりと埋葬された…

【英霊となったハリマオ】

その頃、藤原参謀はINA(インド国民軍)幹部をともなって東京で重要な会談を開いていた。
そこで訃報を受け取ったのだ…

「北部マライの虎として泣く子も恐れさせた彼は、マライの戦雲が急を告げるころ、翻然発心して純誠な愛国の志士に返った。彼は私の厳命を遵守して、彼は勿論、その部下も私腹を肥やす一物の略奪も、現住民に対する一回の暴行も犯すことがなかった…」

藤原参謀は、直ちに谷豊を正式の軍属として陸軍省に登記するよう求め、諒承を得る。それによって谷豊は英霊として靖国神社に祭られることが決まったという。

盗賊の頭目となった頃、谷豊は勘当同然となり、日本に戻ったままの家族とは音信不通になっていた。
■家族写真(左が豊)

画像


肉親を捨て、祖国を捨て去っていたのだ。だが戦乱によって、谷豊はごく短い間にすべてを取り戻し、そして英霊となった。

画像


開戦の1ヵ月前、谷豊は九州の母親宛に一通の手紙を書いている。その文面は、たどたどしいカタカナで綴られていたという。

「お母さん。
豊の長い間の不幸をお許し下さい。豊は毎日遠い祖国のお母さんをしのんで御安否を心配しております。

お母さん!
日本と英国の間は、近いうちに戦争が始まるかも知れないほどに緊張しております。豊は日本軍参謀本部田村大佐や藤原少佐の命令を受けて、大事な使命を帯びて日本のために働くこととなりました。

お母さん喜んで下さい。
豊は真の日本男児として更生し、祖国のために一身を捧げるときが参りました。

豊は近いうちに単身英軍の中に入って行ってマレイ人を味方に思う存分働きます。生きて再びお目にかかる機会も、またお手紙を差し上げる機会もないと思います。

お母さん!
豊が死ぬ前にたった一言!いままでの親不幸を許す、お国のためにしっかり働け、とお励まし下さい。

お母さん!
どうか豊のこの願いを聞き届けて下さい。そうしてお母さん!長く長くお達者にお暮らし下さい」

      〆

 快傑ハリマオ オリジナル バージョン

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スエーデンで情報集めをしていた小野寺夫妻の物語

2016-07-31 11:28:24 | 社会問題 日々雑感

♫すっかり忘れていましたが、昨日いぬHKで「百合子さんの絵本」と題した、第2次世界大戦中のスエーデンの日本大使館へ出向していた軍人の妻のお話でした。

私の過去記事はこちらです。

http://blog.goo.ne.jp/y-hne/e/ec8a5b4533e193dd2441f3bc88f285cf?fm=entry_awp

夫の小野寺はヨーロッパでの、情報集めの仕事をし、妻はそれを、暗号文にして日本に送っていました。

それは、ヨーロッパの動きを知る為には、とても大切な仕事だったのです。

最前線で知る情報は、すべて日本の中枢に集められて、それは天皇の軍部で、日本の軍の采配に使われたはずです。

ヤルタ会談でソ連に、参戦させる合意の情報を入手した軍人小野寺は、妻百合子さんに電文を送らせました。内容は、ドイツが降伏した3か月後に、ソ連が日本に進軍するというものでした。小野寺には日本の敗戦を予知させるのに、充分な内容でした。

小野寺は、日本が早く降伏をするように祈っていたようですが。残念なことに、何度も電文を送ったのにも、関わらず、本国日本からの返事がなかったようです。

軍人といえども、すべてが戦争に賛成というわけではありません。最前線で情報を集め、ヨーロッパに住んでいれば、かの国の強い事は重々わかっているからです。

軍人ですから、負け戦になると、わかって日本に知らせていたのですが、残念なことに、ドイツが無条件降伏をして、その後は原爆が2つも起こされて、ソ連の進軍を受け、日本は降伏をしました。しかし沖縄には、このことは知らされることなく、沖縄では9月7日まで戦いはつづけられました。(沖縄の終戦は6月23日とされていて、慰霊の日とされていますが、これは軍人牛島が自決を命じられて、自害した日なのです。沖縄にはこのようにして、嘘記念を押し付けています。)

これが、戦後日本の情報を集めた人たちの、集いの模様がドラマでありました。

そこでは、小野寺の「情報を送ったのに、戦争を辞めることが、できなかったのは、誰の責任なのか?」と問う言葉が、ありました。

誰もそのようなことには、関心をしめさなかったことに、彼は大きな失望感に包まれていました。周りの人達は、きっと「過ぎたことを、もういいじゃないか。」とでも思っていたのでしょう。

そうです。まともな人は、いつもこうやって隅に追いやられてきました。

考える頭を持たない、ちょっと「それは、どういうことだい?」と疑問を持つ事さえないのが、日本人の頭。最低の頭ではないでしょうか?

上に従うことが、ベストという、社会の仕組みに沿う者が、完璧で常識者だとさえ信じて疑いません。彼らにとっては、自分の考えよりも、点数と評価が大切なようです。

そういう教育がなされてきた結果かもしれません。ひとりで、物思いにふける、あるいは哲学的なことを、考える人を、バカにさえしてきました。自己が確立されていません。

日本人はおろかです。愛すべき愚か者です。そうしてこの国は、支配者を温存していくのでしょう。

日本人の目覚めは、固いマインドコントロールがありすぎて、なかなか進んでいないと、思います。

ですけれど、私が、パソコンをいじり始めてから4年経ち、パソコンの中の資料の内容が、実に豊富にあり、ここ数か月前から、支配者のタブー化は、堰を切ったように見えます。

コメント欄をみると、知っていると思われる人が増えています。喜ばしいですね。

私は息子達に感謝しています。このパソコンの重要なことを発見して、私を未知の世界へ案内して、使い方を教えてくれたのは、彼らですから。

私は彼らに覚えが悪いと、小突かれながら、何度も何度もやり直してきました。笑

来月は、天皇が何か国民に話があるそうです。これもマインドコントロールです。期待してはダメですよ。

パソコンの情報を見て、私達を分断するつもりでしょう。

そういうコメントが出回ることでしょう。

日本の膿はどろどろしています。

 

 

 

 

 

 

http://blog.goo.ne.jp/y-hne/e/ec8a5b4533e193dd2441f3bc88f285cf?fm=entry_awp

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都知事選 小池百合子は結局あべの操り人形

2016-07-30 21:39:55 | 社会問題 日々雑感

ツイッターより転載しました

今回の都知事選で、あたしに嫌がらせのツイートをしてきた「小池百合子支持者」34人のうち29人のアカウントが、参院選の時にあたしに嫌がらせのツイートをしてきた「安倍政権支持者」と同じアカウントだということが判明。小池百合子、結局は安倍政権の「あやつり人形」なのね。ああ気持ち悪い!

 

もうすぐ【孫崎享のつぶやき】ニコニコ生放送  7月23日(土)号 夜10時より  『改憲と公明党、イスラム国と日本、天皇退位等』 <>

 

東京都知事選、都民考えるべし。小池候補、「新しい歴史教科書をつくる会」(従来の「東京裁判史観」等に与しない歴史教科書)は19日緊急理事会で小池百合子候補の支持決定。小池知事誕生の際には、東京都教科書に強い影響を与える可能性。無料1時間

 
 

平賀健さんが孫崎 享をリツイートしました

新聞なんて無暗な嘘を吐(つ)くもんだ。 世の中に何が一番法螺を吹くと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。 「坊ちゃん」 夏目漱石。

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