YとYの日々

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お能「砧」

2017-03-13 09:06:55 | 今日の楽しい
先日、お能「砧」を鑑賞いたしました。


そして、2か月近く過ぎて、やっと感想をまとめることができる心境になりました。
その理由は、お能の奥が深すぎるからです。
この題材は、超困難な表現だと感じました。
強く感じたのは、演者の悩みです。

先日観たベネチア展の絵画を引用すると、こんな感じです。

これは憂です。
受難を受け入れる母性の表現として、ものすごく考えさせられるものが表現されています。

しかし絵画は、ある意味で単純なので、お能の困難さとは別次元です。

さて、このマリア様が、性を枯渇する悩みを抱えていたとしたら、もはや絵画では「難題」となるはずです。
それを、お能で表現するとは、本当に可能なのでしょうか。

一方で、ツレの舞は明確でした。
この方は、初めてみたお能「二人静」で見事に舞われていたのですが、二人静でありながら、もう一方の演者との技量の差がつきすぎていて、一体感として評価が下がっていた気がします。
若いっていうのは、こんなことなのかと、思い直してしまいそうです。

マグダラのマリアは、性に枯渇する悩みを超えた崇高さを表現しようとしたものです。




はたして「砧」は・・・、








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1 コメント

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yoyoさん (yuyu)
2017-03-13 10:13:16
絵画は描かれたときからずっと表現し続けられる素晴らしさがありますね。
お能は奥が深い…その通りだと思います。
そういった表現を一期一会の舞台で演じるのですから
演者の方の真剣さは見ている側に感動を与えるのだと思います。

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