関西に親子で移住

首都圏から、幼児を連れて関西に移住。
全く違う環境に飛び込んで、生活中。

ごめんね

2017年07月01日 | 日記

関西に来て、あっと言う間に時間が過ぎていました。

行動してみて初めて気が付く事って有るのだなぁ、と感じています。

 

元々が賃貸住宅に住んでいたので、こっちでも賃貸住宅暮らし。

家賃が関東時代の四分の一に下がったのに、家の広さは4倍近くになって

稼がないとならない金額も減ってきた、おまけに畑や納屋までついてきた。

 

畑なんてした事無かったけど、やってみれば素人なりに収穫は出来る事も分りました。

お店で売っているような整った形を目指す事を捨てて、無農薬無肥料で醗酵の効いた良い土作りにピントを絞ってみました。

良く言う野菜本来の味なんて、関東に居た時には「何それ?」と興味も無かったけれど

今は日常食になっていた。

 

料理直前に採れた野菜の美味さを感じる嬉しさを、食事の度に味わえる。

素材の質が良ければ、美味しいのは当たり前なんだと気付きました。

水が良い所なのでコーヒーも、御飯も、お風呂も質が上がるオマケ付きでした。

関東でオーガニック野菜を見たら、随分と高くて驚いた。

 

関西に親子で移住なんて、実は不安だらけでした。

取敢えずやってみた結果、「何かを手放すと、同時に何かが手に入る」

という言葉の意味を、身をもって感じました。

引っ越した時は幼稚園児の娘も、小学校高学年になり

ネイティブの関西弁を喋るようになっていて、笑えます。

 

関東の仲間は、きっと腹を括って住んでいるのだろうし事情もいろいろ有る。

分かっている。だからもう言っていない。

あの時あんなに話したからね。

 

盆暮れ位しか行かなくなってしまったけれど、大好きな関東の街。

大好きな仲間達。

 

可能なら、一つ願いを聞いてほしい。

どうか悲しいお知らせの頻度を減らしてくれないか。

 

腹をくくっている君達の気持を尊重してるのだから、僕の気持も少しは尊重してくれないかな。

君の病気を知った僕が悲しいんだ。

 

見捨てた訳じゃないし、その気になれば先駆者の僕が力になる。

とか言っても小さい小さい力だけどね。

潜伏期間に君に分かって貰えるように伝える事が出来なかった

自分の低能さをズーッと恨んでいる。

ごめんね、

 

直接言えないくせに、こんな所に書いてる僕。

ダサいよね。

 

ジャンル:
東日本大震災
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