声なきに聴き 形なきに視る~月に叢雲花に風~

目をとじれば 耳をすませば・・・・面白き こともなき世を 面白く~孤掌は鳴りがたし~

愁終の風物詩

2016年11月02日 | 声なきに聴き 形なきに視る

毎年11月1日から、猪と日本鹿の狩猟が解禁となります。
某田舎紙には、毎年この手の記事が載ります。
いつも、同じ内容、氏名の多い田舎紙にとっては、目新しいニュースなのでしょう。
まあ、有害動物と指定されたものは、年中殺害されます。

彼らも一生懸命に生きていこうとしているのでしょうが、人間様にとっては、銃殺遊びの対象であり、厄介ものでもあります。
愚生らも、お陰でおこぼれを頂戴するのでありがたいことです。が、愚生の場合は、臆病者の性格ですので、現実逃避します。

昔は、師走の数日間、牛を店先などに繋いで見世物にし、体重当てクイズなどをやリ、年末に殺して、その肉を商品にしたり、販売したりしていましたが、ずいぶん前から見かけなくなりました。ありがたい?ことに牛には、まわしのようなものを掛けられていました。
つらい数日だったと思います。

愚生は、熟爺を迎えてから、とんと涙もろくもなり、いろんな生き物を殺すことができなくなりました。テレビでも狩りをする動物の姿などの放送は見れなくなりました。それぞれが生きるために仕方のないことなのですが・・・・・
分かり切った食物連鎖なのですが・・・・
人間以外の他の動物は強い子孫を残すために喧嘩はします。間違って死んでしまうこともありますが、仲間同士で殺し合うこと少ないと思います。けがをしたりして仲間についていけないものや自分で生きられないものはみすてられます。でも共食いも少ないと思います。
人間様は、共食いはしませんが、平気で人間を殺します。「生きるためには仕方がない・・・」とは愚生は思いません。
ただ、ほかの動物と違うのは、建前論があります。それは権利主張となってあわれます。
無理でしょうが、すべての動物が共生、共存できる日が来るといいのにと思いますが、それでは人間様が滅びる日がきます。

新聞に載るイノシシを逆さづりにしたり吊ら下げる写真は、愁(秋)終の風物詩であるのですが、臆病者の愚生にはどうもすきになれません。文章だけとはいかないものでしょうか。

 

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