久しぶりに中学の同級生で友人の三○順子ちゃんからケイタイに連絡があった。
そう、「○クシー○イト」のあの三○順子ちゃんだ。
数年前、校長となって母校に戻ってきた恩師を訪ねた帰りのようだった。
中2からのクラス担任で生活指導もしていた藤沢先生は
細目で小鼻の張った顔立ちに、今で言うメタボ体系をしていた。
去年胃の手術をしたらしく当時あだ名だった「カバ」の面影は全くなく 表情もすっかり温和になっていたそうだ。
断り続けてきた校長という職位に新年度からつくらしいが、
身体は大丈夫なんだろうか。
藤沢先生は体に似合わないちいさな軽自動車で毎日通勤していた。
「車は物を運ぶ道具でしかない」
ケチで有名な先生らしい言葉だけど、無駄のない授業が父兄から好感を持たれていたのは事実だ。
月曜日、先生が校門に立っている日は自転車から落ちそうに。時間を選んで行っていた。
校則で禁止されていた色付きリップがバレて叱られた事があった。
私の出席番号であるの21の日には間違いなく先生に指される事がわかっていたから
たまに変化球でくる3や12の数字も予想して答えの準備をしていた。
男子との交換日記が知れた時には2人で呼び出しをくらったっけ。
今思うと受験期に突入する重要な時期、進学校を希望していた私達に先生はかなり冷や冷やだったのだろう。
「いい意味でのライバルになりなさい」
言いたい事はわかっていたけど、悲しくて涙が止まらなかったな。悪い事は何にもしてない・・・
黙って頷く裕ちゃんの横で私は涙をこら羅るのがやっとだった。
クラス公認の彼との距離が少しずつ離れていっていつの間にか自然消滅してしまった。
お互い無事に志望校に合格したけど、
「おめでとう」を直接伝える事はなく私は女子校に進学して似合わないセーラー服に身を包んでいた。
母親に交換日記を読まれてしまった時に私の初恋は終わってしまっていたんだ。
主人との結婚を伝えに行った時、先生はとても驚いていた。
見えないところで始まっていた私の新しい恋に全く気付いてなかったようだ。
出来ちゃった婚と言う言葉が世に出たばかり、
出来たワケでもないのに、勝手に決めてしまった私達の結婚に両親はもちろん大反対だった。 まだ○○才。
私が親だったら同じく反対しただろう。
結婚を心から祝福してくれたのは、祖母とこの先生だけだった。
お世辞バレバレのスピーチもお決まりの も嬉しかった。
子供が出来ない事をずっと心配してくれていたのに
不義理したままで・・・近いうちに会いに行って来よう。
順子は少し元気のない声で「相談したい事があるから会って欲しい」と言う。
向こうから掛けてくるなんて学生の時以来初めてのことだった。
離婚して新しい生活を始めた彼女はもう全て吹っ切れた様子で、
最近では仕事も増えてると嬉しそうに話していたのに。
私になんて、どんな話なんだろう。
相談の内容をあれこれ想像しながら着替え始めた。
う~ん、お気に入りのシャツが見つからない。
1番上の引き出しにちゃんとしまっておいたはずなのに・・・
仕方がない・・・別のにしよう。
今日は少し暖かいからインナーは半袖でいいかな。たぶん順子はジーンズ!?
私もジーンズにしちゃおう。
結局洋服選びに1時間もかかってしまった。 急がなきゃ~~~。
寝癖のついた髪をシャンプーし始めた時、玄関のチャイムが鳴った。「ピンp-ン」
あ、来ちゃった・・・。
「久しぶり~~~♪元気だった?」
そう言いながらハグすると彼女の身体は
以前にも増してほっそりとしていた。
折れそうな”っていうのはこういう感じを言うんだな。
私の友人達はみんなスリムだけど彼女は少し異常に思えた。
「ごめんね、まだ用意が出来なくて・・・もうちょっと待って」
私の濡れた髪を見ながら、「慌てないで大丈夫よ。」そう言うと
彼女は玄関を出て近くにある公園のほうへと歩き始めた。
午後の1時、今の時間は人がいないから大丈だろう。
そう思ったものの芸能人、何かトラブルがあったら大変だ。
趣味の為、出かける準備をしていた主人に彼女の相手を頼んだ。
「何で、俺・・・」
気乗りしない返事で、それでもすぐに後を彼女の追ってくれた。
あんまり遅くなると主人の機嫌を損ねてしまう、急がないと。
まだ完全に乾ききらない髪に寒さを感じながら
靴を履き外に出ると順子ちゃんは楽しそうに笑っていた。
「お待たせ」「相変わらず楽しいご主人だね」「そう?」
主人を形容する時、たいてい最初に出てくる言葉。
楽しいか!?
たぶん、褒め言葉なんだろけど、
私はそう思った事なんて1度もないし、言われてもピンと来ない、
ピンとこないどころか、全然嬉しくないのだ。
それは普段はたいしておもしろい事も言わないくせに人前では水を得た魚ようにキャラが一変するから。
家でも同じ、来客がある日は朝からテンションが違う。
女性ともなると横道せずにまっすぐ家に帰って来る。
いつもならシンと静まり返った狭いリビングに笑い声が聞こえるのはこんな日だけだ。
夫婦も子供がないまま20年から続くとTVでお笑い番組をを観る時以外、大笑いするような事はほとんどない。
しかも私は隣で笑ってる主人を見ても何にウケたのかわからない事も多く
「おまえ、聞いてた?なんでこれがわかんないの?」と彼をシラケせる事も少なくなかった。
お笑い自体が嫌いなワケではない。
たまにはひとり爆笑することだってある。
ただ、主人とは昔から笑いのツボが大きく違うのだ。
そんな我が家に来るゲストを持て成すのはもちろん決まって主人の役割で
彼の大きな笑い声にストレスを感じる私は料理をしてるふりをして、いつも台所から会話に参加する。
お客様には失礼と思うけど、ワンマンショーとも言えるお喋り好きな主人にとっても
私のこの位置は何かと都合が良いらしい。
「何もいらないから、座って」
そう言ってた友人達も最近では気遣いなく楽しんでくれてるようだ。
みんなが楽しいならいいや。
「何処行く?」
「まずお茶しよう」
最近OPENしたばかりのcafeでおすすめの水出しコーヒーを飲みながら
他愛のない話をしてると彼女のケイタイが鳴った。
「友人からだわ」
どうやらこの後予定にしてた約束の時間が早まったらしい。
「もし良かったら一緒にどう?まだ全然話足らないし・・・」
今日は主人も24時まで帰らない・・・
信用のおけるお気に入りの順子と一緒ならきっと許可も出るだろう。
先に帰ってれば文句もないだろうし、
ケイタイに「帰るコール」が入ってからでも十分に間に合う距離だ。
そんなことを考えながら一緒について行くことにした。
約束の駅にいたのは、TVで時々見かける○○さんだった。
ファッションコメンティターとして以前から興味を持っていた人だけに
私はつい興奮して「ファンです」と口走ってしまった。
ファンとは言っても彼女の年齢も知らないし名前さえ思い出せないでいた。
「そうだったの?じゃ良かった」順子はもう1人のお笑い系新人だという女の子と腕を組んで歩き始めた。
ピン芸人を目指しているらしいそのコはまだ20代のようでちょっと太目で色白の顔はあの柳原○○子にちょっと似ていた。
年齢も活動のジャンルも違う彼女と順子はどうやって知り合ったんだろう。
「じゃ、私達も!」
○○さんが突然私の腕を取ってスキップし始めた。
私もつられて似合わないスキップをする。
恥ずかしさも忘れてなんだか楽しくなりそうな予感を感じていた。
TVで観るよりずっとスリムな○○さんは私の好きな少し甘めの柑橘系の香りを放っていた。
男性的でもっとキツイ感じの女性かと思っていたけど違うな。
綺麗な指には小さなリングが上品に光っていた。
歩きながら良く行くインテリアショップでや行きつけの美容院の話が楽しくて大声で笑ってしまった。
「今のコは良いよね、安くて可愛い服がたくさんあってさ。
私達の頃は選びようがなかったじゃん。小学生であのブーツだよ。考えられる?ズックじゃないんだよ。笑
7分袖のアウターは今春も人気だね。ほらあのコも。
あ、あれ、ひとつ持ってる便利だよ。重ね着も良いけど見た目にずっとスマートだし、
パーティーなんかにもイケるしね。ねぇ、メイクははいつもそんな?笑 地味だネ~~~」
大きな口を開けて笑う彼女はTVで見たままだ。
「今度買い物に付き合ってもらえませんか?」
人懐こい口調に緊張の解けた私がそう言うと彼女は「OK!OK!いつでも連絡して」と1枚の名刺をくれた。
それは珍しいセルロイド製で一見するとクレジットカードのように見えるユニークなものだった。
「わぁ~可愛い♪」
私が初めて名刺を持ったのは洋服屋で店長に昇格した時。
白地に黒文字、ショップ名の下に申し訳なさそうに書いてある店長という文字とさらに小さく記されたフルネイム。
裏面には関東に12店舗ほどあった店の住所と電話番号が書かれたごく普通の薄っぺらい名刺だった。
こんなお洒落な名刺が作れるんだ
少し傾けるとアドレスの脇にあるホログラムに綺麗な薔薇の花模様が浮き上がった。
「新しく変えたばかりなの。薔薇好きでね。笑
古い名刺もあるけど見る?笑 あ、良かったらあげるよ。
年末のお掃除に使えるらしいわ。
床のワックスを剥離する時とか、壁に貼ったシールを剥がす時にね。笑 」
彼女はいたずらっぽい笑顔を見せると
私のバッグを手にとって、「もうちょっと小さ目のほうがバランスがいいね。」
「これだったら、ほら、このほうがお洒落に見えるよ」
A4サイズがすっぽり入ってしまうトート型バッグで
両サイドにひとつずつあるマグネットホックは少量のものを入れて持ち歩く時にコンパクト出来るのだが開け閉めが面倒でしていなかった。
きんちゃく型に変わったそのバッグを肩に下げ彼女がポーズをとると
それはとっても高価な物に見えた。
持つ人でこんなに違うんだ。
私はこれから始まる彼女とのお付き合いが楽しみになっていた。
最近ファッション誌も買ってないな。
ウィンドウショッピングもしばらくしてない。
昔は休みというとすぐにデパートに出掛けてた。
お気に入りのショップもいくつかあったし、
顔馴染みの店員さんとの会話が毎回楽しみだった。
新商品が入ると必ず連絡が入って、売り場にはすでに私のイメージでコーディネートされた服が何パターンか用意されていた。
バーゲン前に内緒の情報をもらったり、
買い物をしなくてもイベント日にはノベルティーグッズがもらえたり・・・
あの頃は毎日のお洋服選びが楽しかったな。
そうえば高校生の頃、学校外のサークルに入ったっけ。
お洒落自慢の女コ達が集まって、ショップ情報を交換し合ってた。
社会人になる頃には自然消滅したけど、
仲の良かった3人は私の勤務するショップに時々顔を出しては売り上げにも貢献してくれていた。
休みの日にはデパートのハシゴ、お互いの家に遊びに行って
人気雑誌「an・an」とか「non-no」の「街角お洒落スナップ」をみんなで批評したりもしてたな。
○○宮のオ○○ン通りに取材が来た時、何人かの友人達が撮られる事を目的に行ったけど、
雑誌掲載されたのは、予想外のゆかりちゃんで・・・あの時はみんなで驚いたっけ。
あの頃のあのエネルギーや自信はどこから沸いてたんだろう。
いつの間にかお洒落に関心がなくなってしまった。
何でも極端に変えようとするこの性格は自分でも嫌になる。
ダイエットするとしたらたぶん私は迷わずに断食をするタイプだ。
「素敵な人を紹介してくれてありがとう。」
私がそういうと前を歩いていた順子は振り返るとほっとした顔で私の頭を撫でた。
「良かった、ずっと心配してたんだよ」
順子の気持ちをやっと理解した私は泣いてしまった。
苦しんでいた時の姿を知りながら
離婚してひとりになった彼女を羨ましく感じていた。
たくさんの友人達に囲まれて、綺麗な仕事をしていて
自由で毎日楽しそうで。
道行く人が彼女に気付いてこちらを見ていた。
順子はそんな事は気にならないといった風に
左手を私の腕に絡ませると右手を伸ばして空に向けた。
「人生楽しまないと!心はいつだって自由なんだよ!」
★今朝見た夢にリアルを加え脚色したショートストーリーです。
(三○順子さん、順子さんファンの皆様、そして関係者の皆様・・・ごめんなさい。)
調べたら三○順子さんより私のほうが○歳年下でした。
いつもなら大抵途中で夢と気付くのに最後まで・・・
しかもところどころとってもリアル・・・
目が覚めた時、泣いていました。
嗚咽しなくて良かった。
また隣室で寝る主人の不審をかうところでした。^^;
全く意識した事のない有名人を夢で見た事がありますか?
それは誰でしたか?
自分が泣くその声で夢から目覚めた事がありますか?
夢って不思議で楽しい。♪