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井の頭公園角ブロック断片殺人事件・川村誠一・1994年4月23日(土)/井の頭公園バラバラ殺人事件

2008年02月02日 22時43分50秒 | Weblog
13000文字数
↑被害者=川村誠一↑
Google画像に川村誠一全体姿(登山風景)がある。

■井の頭公園角ブロック断片殺人事件・川村誠一・1Q94年4月23日(土)■

■公訴時効成立=2009年4月23日午前0時■

被害者=川村誠一(当時35歳)
犯人=時効

-経緯-

平成6年4月23日(土)、東京都三鷹市の井の頭公園で男性のバラバラ遺体が発見された。

●第一発見者は、公園の清掃員の女性でゴミ箱から半透明のビニール袋を取り出した際、
生ゴミであれば猫の餌にしようと同僚の男性と袋を開けたところ、男性の足首が出てきた。

警視庁捜査一課と三鷹署の捜査本部は現場を捜索。やがて同公園の池を中心にしたゴミ箱から27個の遺体の断片を発見した。いずれも半透明のビニール袋に入っていた。
だが、遺体は手足と胸の一部だけで頭部と胴体の大部分は発見されなかった。
このため、身元の確認は難航が予想されたが意外にも3日後に身元が判明した。

被害者は公園の近くに住む1級建築士・川村誠一(当時35歳)で、
川村は4月21日(木)夜11時頃、会社の元同僚と新宿駅で別れたのを
最後に行方不明になっていた。

このため、川村の妻が捜索願いを、4月22日(金)に三鷹署に届けていた。
警察は遺体の指紋を照合し一致したため川村であることが確認された。

通常、バラバラ殺人は怨恨など顔見知りの場合が殆どである。
このため捜査本部は妻を始め会社関係、交友関係、近所などあらゆる角度で徹底的に調査したが手掛かりはつかめなかった。

-遺体の断片処理方法-

バラバラ遺体が発見された4月23日(土)、
捜査本部は杏林大学病院の佐藤喜宣教授に司法解剖を依頼した。

その結果、
佐藤教授の説明によると、
発見された遺体=両手足+右胸の一部分=で、
体全体の3分の1程度で20kgであったという。

この遺体は全て定規で測ったように20cmで切断されていた。
さらに太さも揃えられ、肉の厚い部分は筋肉を削ぐなどして均一に調整されていた。
要するに27個の遺体は長さと内径が均一に切断されていたという。

過去のバラバラ殺人事件では必ずと言っていいほど関節部を中心に切断している。
この方法が最も切断し易いからだ。
ところが、
川村の遺体は20センチの部分で全て切断されていた。
さらに、完全に血を抜いており一滴も残っていなかった。
血を完全に抜くのはある程度の医療知識が必要であるが、
それよりも一般家庭の浴槽では間に合わないほどの大量の水が必要と言う。
さらに犯人は、指先の指紋を剥ぎ取っていた

(もっとも完全ではなく、残っていた一部分から指紋を検出し川村と断定するに至っている)。

さらに生活反応は見られなかったため、
例えば自動車事故などに巻き込まれたとは考えられなかった。

当時は、警視庁捜査一課も手を引き、
三鷹署が”通常業務の中で”細々と捜査をしている状況となっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

①1994年4月21日(木)夜11時頃⇒0時間=川村誠一の最後の姿時刻
②1Q94年4月22日(金)夜11時頃⇒24時間=蒸発して1日後
4月22日に被害者の妻は捜索願いを出した。
③1Q94年4月23日(土)朝9時頃⇒⇒24+10時間=34時間=最初の足首肉発見時刻


井の頭公園のゴミ箱は縦20cm×横30cmのフタがついたポスト型のもの
井の頭公園のゴミ箱は、どれもいっぱいで汚れていた。

吉祥寺駅近辺の生ゴミの日は金曜日が回収日で、
頭部を含む大部分(胴体)は、この日に回収されたのでは?という推測。


●全てのゴミ袋は漁師などが使う特殊な結び方で二重にした袋の中に入れられており、
匂いが全く外に漏れない方法になっていた。

公園で発見されたのは、全くの偶然で、
ゴミを回収するおばさんが、うっすらと見えたピンク色の物体を見て生魚か肉塊か
何かと思い、
(彼女はゴミのなかに肉があれば、猫の餌として同僚の女性従業員にもあげていた)
自宅の猫の餌に持って帰ろうとして、苦労して空けたところ中から人間の足首が出てきたとのことです。

野外ステージ脇のゴミ集積所で女性清掃員が男性の足首を発見する。

”足首”は4枚重ねたスーパーのビニール袋に入っていた。
その後、計27個の遺体の断片が見つかった。
いずれも半透明のビニール袋に入れられており、
池の周囲にあるゴミ箱に転々と捨てられていた。
発見されたのは遺体の手足と胸の一部だけで、
頭部と胴体の大部分(腰も)がなかった。


被害者は公園から100mの北側距離に住む1級建築士の川村誠一(当時35歳)

川村は事件当時、井の頭公園の北側にある2世帯住宅で暮らし、
1級建築士として港区内の建設設計会社に2年前から勤務していた。

●奥さんは事件当時は身重でした。
その年の秋に出産されています。
それ以外に子どもが1人いました。

川村の両親と一緒に住む二世代住宅を建てたばかりでした。
1級建築士の川村がご自身で設計されました。
ただし、川村自身は、会社員です。(いわゆる普通のサラリーマンです)

●川村誠一には、妻(当時35歳-1994年当時)と2人のこども(うち一人は事件当時は母親のお腹の中)がおり、
現在は静かに暮らしている。

●妻=現在51歳(2010年現在)
子=χ+16歳
事件当時出産子=現在16歳(2010)

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遺体の各部は半透明のゴミ袋「東京都推奨炭カルパック」に入れられて、
公園内のいくつかのゴミ箱に捨てられていた。

1994年4月23日(土)午前11時ごろ、
三鷹署に「ビニール袋に入った人の足のようなものを見つけた」と届出があった。

署員が駆けつけたところ、井の頭公園のゴミ箱からバラバラに切断された遺体が見つかった。
①最初の発見者は清掃員の女性だった。
②清掃員はこの日10人程度。ゴミ箱のごみを集め、園内の収集所で分別作業をしていた。
③そのビニール袋が発見された。黒いビニール袋に入れられ、さらに白い袋に包まれていた。特殊なねじり方をするなどして固く結ばれていたビニール袋を破くと、中から人間の足が現れた。
④27個は、7か所のゴミ箱から発見された
⑤袋は小さい穴のある水切り用の黒い袋と半透明の袋の二重になっており、
漁師らが使う特殊な方法できつめに結ばれていた。
⑥手足の指紋はほぼ全て削り取られていたが、わずかに残っていた指紋とDNAから、
被害者を判明した。死因は不明
⑦切断されていた遺体は、関節や臓器などを無視して長さや太さも揃えられ、
●電動ノコギリのようなもので20cm間隔に切断されていた。


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↓■計算■↓


遺体は27に切断され、24個のポリ袋に入れられていた。
頭、胴体、腰は見つからなかった。

1ッのポリ袋に1本の角ブロック肉(長さ20cm×断面積)×21個
1ッのポリ袋に2本の角ブロック肉(長さ20cm×断面積)×3個
21+3=24袋
21+6=27本

①角豚肉を水に入れると沈む=豚肉の密度は1g/cm3 より大きい。
②海水の密度≒1,03g/cm3 で死体は海水に沈む。
③簡単計算で、肉密度=1g/cm3=1000g/1000cm3=1kg/L とする。


27本≒20kg
1本=20/27≒800g=800cm3

肉ブロックの長さ=20cm なので、断面積=40cm2
肉ブロックの断面は、6cm×6cm程度の角=正方形だろう。


結論=死体断片処理
肉ブロック=6cm×6cm×20cm×27本


↑■計算■↑

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遺体からの身元の確認は困難であったが、
4月22日に被害者の妻が出した捜索願いで、
被害者は公園の近くの一級建築士川村誠一(35)である事がわかった。

被害者は4月21日、勤務先で昇進した祝いに、
高田馬場でかつての同僚6人と酒を飲んだ後、山手線で新宿に行き、
午後11時半すぎに元同僚一人と駅構内で別れ、中央線乗り口方向へ歩いていったのを
最後に失跡していた。

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※井の頭公園・・・正式名称「都立井の頭恩賜公園」。日本最初の郊外公園として1921年5月に開園された。園内は四区域に分かれており、総面積38万㎡を超える敷地を持つ。JR中央線・京王線「吉祥寺駅」南口から徒歩5分のところにあり、園内には動物園、水族館などもある。2001年10月には園内に「三鷹の森ジブリ美術館」が開館し、平日休日を問わず賑わいを見せている。
公園まわり歩くと大人の足でも優に1時間近くはかかる。休日は多くの人が集まり、レジャーシートを敷いて食事をするグループもある。親子連れがやって来て井の頭池のボートに乗る、そんな公園である。

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【奇妙な遺体】

井の頭公園で回収された遺体は、市内の杏林大学病院へ送られ司法解剖された。
27個のパーツにわかれた遺体は全部合わせても体全体の三分の一程度、20数kgほどしかなかった。解剖を担当した佐藤喜宣教授が最初に気づいたのはビニール袋の遺体のひとつひとつが同じ長さで切断されていたことだった。長さだけではなく、肉を削ぐなど太さも揃えられていた。

バラバラ殺人の場合、遺体の切断は思った以上に時間がかかるし
また切断も大変なため、切りやすい関節あたりを切断するのるが、普通です。

●この事件の遺体は関節など関係なく、
時間をかけて均一の大きさに切断されていた。

また、遺体はとてもきれいな状態だった。念入りに洗われ、手がかりになるような付着物は一切残されていなかった。さらに血液までもがすべて抜かれていた。手足の部分では指紋はすべて削られ、掌紋には傷がつけられていた。

血液を抜き取り、指紋まで削られた遺体だったが、
事件から3日後、掌紋の一致やDNA鑑定などから遺体は
公園の近くに住む一級建築士・川村誠一(35歳)と判明した。

●死因についてはついに確定することはできなかった。
①毒物で殺害された場合、骨髄に何かしらの物質が発見されるはずだが、
それらは検出されなかった。
②交通事故などの場合、手足にも傷が残るだろうが、
発見された遺体には傷らしいものはなかった。
③そうなると頭部損傷や窒息死が考えられるが、
頭部が発見されなかったので分からなかった。

④しかし、1ヶ所だけ、生きている間に受けた傷が発見された。肋骨の一部に付着している筋肉組織に、ほんのわずかながら出血があったのだ。
だが肋骨が損傷しているわけでもなく、なぜその部分から出血したのかは分からない。

⑤死亡推定時刻も不明。
佐藤教授によると「そんなに古いものではない」ということくらいだった。

吉祥寺周辺では
「川村の妻が新興宗教にはまり、川村が脱退させようとしたところ殺害された」
というような噂が根強くあるが、
●川村も奥さんも宗教団体とは何の関わりもなかった。
 
●翌1995年1月11日の通報届けで、
①川村が行方不明になる直後の2009年4月22日(金)午前0時過ぎに、
自宅に近いJR吉祥寺駅そばの近鉄百貨店脇で、
2人組の男に川村が殴られていたという目撃情報が届けられた。
また
②1994年4月23日午前4時頃に井の頭公園内をポリ袋を持った不審な男2人が歩いていたという証言もあった。ポリ袋の目撃されている2人はいずれも30代と見られる。

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5月には三鷹署が川村誠一の”顔写真つきのビラ”1万枚を用意し、
吉祥寺駅を中心に配布して情報提供を呼びかけた。
6月の終わりには園内の池の中に遺体が捨てられている可能性があるとして、
スキューバ隊が投入されての本格的な捜査までが行われてた。

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①最初、川村の妻が疑われた。捜索願いの届け出が早すぎたためだ。

バラバラ殺人は、顔見知りの犯行というのが捜査の常識だったという事もある。
被害者に対する怨恨や死体に対する恐れから、犯人は遺体をバラバラにするのだという。

②妻だけでなく、川村の同僚、大学の同級生、地元で参加していたボーイスカウト関係者などが事情聴取された。

川村には金銭や男女関係をふくむトラブルも一切なく、
怨恨を招くようなふしもなかった。

警察は、結果的に初動捜査に失敗した。
この初動捜査のミスが、ただでさえ不可解な事件の捜査を迷走させたと言える。

事件の特徴はバラバラにした死体処理の仕方にある。
バラバラにされた死体はすべて、約20センチの長さに切りそろえられていた。

普通、バラバラ殺人では、切断しやすい関節で切るのだが、
関節に関係なく、20センチにそろえられていた。

また、太さもそろえられていた。肉の厚い部分は削いであった。
井の頭公園のゴミ箱は、縦20センチ、横30センチの開閉ブタがついたものだったが、
これに合わせて切断したものと思われる。

だが、長さだけでなく、太さまでそろえてある。
遺体はよく洗われており、手がかりになるような付着物は何も残されていなかった。
それだけでなく、遺体から血液が抜かれていたのである。
血は一滴も残っていなかったという。

この手際にまず特徴がある。
体の組織の深い部分にある血液は、ただしぼり取るだけでは抜くことは出来ない。
一滴も残さずに血を抜き取る事が出来る者は、ごく限られているという。
深い部分の血を抜く事のできる知識と技術を持っているのは、医療関係者など、一部の人たちだ。遺体の切断の仕方にも特徴がある。

●いきなりノコギリで切断をした場所があったり、
鋭利な刃物で肉を切り、骨を出してから切っている場所がある。
●切り方も、ノコギリで骨を完全に切っている場所があったり、
途中まで切って折っている所もある。

●切断の仕方に、少なくとも3つのパターンがあるというのである。
これは複数の犯行を思わせる特徴である。

また、成人男性の血液を抜き取り、バラバラの遺体を洗うのには、
一般家庭の風呂場などでは、とうてい水の量が足りないという。
どこか大量に水が使え、複数の人間が動けるような広い施設が必要なのである。


井の頭公園は広い公園で、木々もうっそうとしている。
もし、夜中にバラバラ死体を捨てに行き、中にまで入って行き、
池の周りのゴミ箱に死体のゴミ袋を捨てて行く事を考えたら、
とても一人では出来ないだろうと思う。
夜中の井の頭公園は、怖い場所だろう。
ただでさえ怖い場所に、バラバラにした死体を捨てに行くのだ。
1人では恐ろしくて、分散して捨てていくほどの落ち着きを保てるとは思えない。
やはり複数の人間が手分けをして、何とかやりとげられる事だろう。
もちろん、見張りの者も必要になる。

この事件の最大の特徴=死体処理の仕方
捨てやすくするにしても、この死体処理は過剰なのだ。この過剰さは何なのだろうか。
死体を捨てるために、仕方なくバラバラにしたという以上のものがある。

言葉をかえれば、バラバラにする死体処理が手段ではなく、
目的であるかのような過剰さではないだろうか。

人を殺害し、血を抜き取る事、バラバラにする事自体を目的としていた。
その目的を達成すると、あっさりと捨てたのではないだろうか。

井の頭公園のゴミ箱は、どれもいっぱいで汚れていた。

またゴミ袋以外の遺留品も見つかっていません。

検死医によると、遺体の切断パターンから、
少なくとも3名程度が解体に関わっていると推定されるそうです。
さらに解体済みの遺体から、丁寧に水洗いして、
血を抜く作業をほぼ1日程度で完了していることから、
入念に準備した上での流れ作業が想像されるそうです。


20cm角に切り刻んだ後に、
指から1つ1つ指紋を削ぎとって、
掌紋も切り刻んでます。
血液も1滴も残らないように入念に手もみ洗いをしていて、2重の袋に入れています。
(一説によると100枚以上のゴミ袋を使ったのではないかとの説もあります)


この事件自体は、完全犯罪寸前だった。
ゴミ掃除のおばさんは決して、袋を不審に思って開けたわけではなく、
猫の餌にしようとして無理やり開けたところ足が出てきた。
もし、井の頭公園で発覚しなければ、
単なる蒸発もしくは失踪事件として警察も処理した。

当時の報道では、川村がスケジュールや連絡先の全てを入力していた
電子手帳が行方不明になっています。


事件翌日に近所のコンビニでゴミ袋を買い占めた不審な二人組みの防犯ビデオを
警察が手に入れたとの報道が当時ありました。
しかし、その店で販売していたゴミ袋は井の頭公園で発見されたものとは異なるとも
報道されていました。

犯人は
①死体から完全に血を抜く方法や漁師がやる特殊な結び方を知っていた
②井の頭公園のゴミ箱に合わせたサイズに死体を切り刻む計画性
③作業者は作業に熟練していなかった、また作業に無駄
(厚みまできちんと揃える必要はない)がある
④作業は複数の人間によって行われた可能性
⑤作業は1日半以内、早ければ4月22日朝までにで完了
作業を指示するリーダーと実作業者が複数いたか?
少なくとも死体を20cmに切り刻んで公園に捨てるという点は最初から計画されていた?
解体作業用の設備はあらかじめ準備されていたか
⑥遺体から血を抜いたのは血液型を隠す
・死亡時間を隠す
・腐敗を遅らせて腐臭が漏れるのを防ぐ・薬物の痕跡を消す?
(身元を確認できないようにというのは結局あまり意味無かった訳だから他の理由か)
⑦特定の個人を狙ったんじゃなく、
犯行手順がすべて用意された上で必要なのは死体だけだった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

①4月23日(土)事件の3日後の1994年4月26日に、
名古屋空港(現・名古屋飛行場)で264人の死者を出す中華航空140便墜落事故が起きて
マスコミがこの航空事故に集中報道したことで、
バラバラ殺人事件に関する報道が一気に激減した。
その後も、新たな情報に乏しいことなどからあまり大きくは報道されなかった。

また、
②事件の約11ヵ月後の1995年3月20日には、
オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きたことから、
警視庁捜査1課の当事件の捜査員も招集され捜査本部は解散となり、
三鷹署に単独で引き継がれた。その後、捜査1課が当事件を担当することはなかった。
三鷹署が”通常業務の中で”細々と捜査をしている状況となっていた。


③川村誠一は東京都高井戸のある宗教施設に通っており、
その宗教団体と何らかの関わりがあるとも言われている。
一方で、「被害者が宗教を入信していた」という話を否定する報道も別に存在する。

そのある宗教施設=『新潮45』1999年10月号 に記載されている。

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川村誠一とAが瓜2ッで似ているので
▼間違われて殺害されたと言う説▼


👇時効から6年「井の頭公園バラバラ殺人」の驚くべき真相👇
2015/3/19DMMニュース[取材・文/猪俣進次郎]

K=建築士川村誠一
A=露天商A

多くの謎を残したまま2009年に公訴時効となった「井の頭公園バラバラ殺人事件」。
2015/4月で事件から21年、時効から6年が経つことになる。
この事件は、発生当時から謎が多く、
未解決事件としては、
「世田谷一家殺害事件」や
「八王子スーパーナンペイ事件」
と並んでミステリーが多いことで知られている。

事件は1994年4月23日に発覚した。
女性清掃員が、都内にある井の頭恩賜公園のゴミ箱にポリ袋に入った人間の足首が捨てられているのを発見した。
通報した後、警察官らが公園をくまなく調べたところ、
公園内の7つのゴミ箱から、切断された人体が27個も見つかったのだ。
手にわずかに残っていた指紋とDNAから、殺害されたのは付近に住む一級建築士の男性K(35歳=当時)だったことが判明。

しかし、
目撃証言が皆無で、犯人像がまったく浮かばず、懸命の捜査にもかかわらず公訴時効成立を迎えた。
今回、この事件に関して驚きの“新事実”が浮かびがってきた。
取材により、驚くべき真相が明らかになったのである。

***

一方の男性Kは建築士、そしてもう一方の男性は露店商A――
だが、2人には信じられないような共通点があった。

➊顔は瓜二つ――。
❷年齢と背格好もほぼ一緒。
❸同じ生活圏。

そして、この奇妙な、そして必然めいた偶然が、
後にとんでもない悲劇を生むことになろうとは、誰も予測できなかった……。

■Kと瓜二つのAが本当のターゲットだった?■

周囲からの評判もすこぶるよかった被害者・建築士のKが、何の前触れもなく殺害された挙げ句、
遺体を全27箇所に切断された上に、公園のゴミ箱へと遺棄されるという、
前代未聞の猟奇的な犯行が行われた――それが、
1994年4月に発覚した「井の頭バラバラ殺人事件」である。

発生直後から現在に至るまで、実に様々な説や、憶測の類が浮上したのであるが、
それらの多くは、結局、事件の全貌を明らかにするものではなかったし、むしろそれらは、捜査を撹乱し、当局の目を真犯人から遠ざけてしまいかねないものばかりであった。
事実、事件は「公訴時効撤廃」の法案が施行されるのを待たずに、2009年4月に迷宮入りした。

実は、この事件の背後には知られざる衝撃の事実があった。
殺害されたKの自宅近くに、彼Kと瓜二つの容姿をした露店商・Aがいたのだ。
そのAが、某国の諜報機関の活動を“はからずも”妨害してしまったことにより、
殺害の標的とされていたという事実があったというのだ。

つまり、
井の頭公園バラバラ殺人事件は、いわゆる「人違い殺人」である可能性があるということだ。
➊顔は瓜二つ、
❷年齢も背格好もほぼ同じ、
❸そして同じ生活圏――
KとAという“極めて特異な巡り合わせ”がもたらした、

あまりに奇怪なこの事件の背後関係について、検証してみたいと思う。

そもそも、この事件においては、大手マスコミが再三に渡って報じ続けてきたように、
殺害されたKに、“殺される要素”と言えるものはいっさい存在しなかった。
しかもそれでいて、全身を細かく切断した挙げ句に指紋すら削り、血抜きまでするという、
あまりに徹底した隠蔽工作が行われていることを鑑みれば、
それが単なる場当たり的な犯行であったと言いがたい。

これが、この事件において、当局の捜査を撹乱した「1つ目の謎」と言うべきものである。
そして、結果として当局の目を犯人から遠ざけ、事件を迷宮入りさせてしまった
もう「2つ目の謎」が、事件を知った一般市民から数多く寄せられた「おかしな目撃情報」だった。

事件後、目撃情報が次々に報告されたのだが……
当日、建築士として働いていたKは、
同僚たちとの飲み会があり、それを終えて帰途につく中で、被害に遭ったされる。
だが、なぜかその日に限ってKは、
いつもとは違うルートで帰宅したと思しき痕跡がある。
というのも、本来であればKがいないような場所で、
彼Kに関する目撃証言が相次いで寄せられたからだ。

しかも、事件がテレビなどで報じられると目撃談はさらに増え、それこそ、
「Kさんの影武者が何人もいたのではないか」と思えるくらいに、
それらの情報は錯綜する一方であった。
無論、こうした捜査における初動段階での情報の混乱が、この事件を、未解決のまま闇に葬ってしまった一因であることはほぼ間違いないのであるが、
そこに、あるキーパーソンの存在を重ね合わせると、Kの身に予期せぬ不幸が訪れるキッカケとなった、
ある種の“必然めいた偶然”が重なっていたことが判明する。

そう、それは、
■近くに店を構える露店商・Aの存在だ■

事件21年目にして判明した新事実があった。
殺害された建築士のK(35歳=当時)は、
「人違い」によって殺された可能性があるのだ。
本来、被害者となるはずだったのは、顔も背格好も年齢も瓜二つの露店商・Aだった。
一体、どういうことなのか。真相の核心に迫る!

▼時効から6年「井の頭公園バラバラ殺人」の驚くべき真相は判明▼

1994年当時、日本の繁華街の至るところには、ヒッピー風のツーリストを装った外国人露店商がなぜか激増していた。
その多くは某国の若者たちで、彼らは兵役を迎えるまでの間の余暇を利用して世界中を旅し、現地でにわか露天商をやっては、旅費を稼いで旅を続けるというスタイルで過ごしていたのである。

今回、取材リポーター(猪俣進次郎)はAに直接、当時の話を聞くことができた。
「当時、私Aは露店の仲間内ではいわばこの界隈では顔役だったんです。そうした中、外国人がいきなり現れたら商売敵でしかないよね。早い話が縄張り争いみたいなものが起きた。あいつらはルールも何も無視して、どこでも商売を始める。露店商とはいえ、ルールがあるからね」(A)

そこで彼らを、自分たちの縄張りである都心部から締め出すために、
Aは“その筋”の関係者の力を借りつつ、徹底抗戦を試みたのだという。
だが、その最中でAはあることに気づく。
Aらが“単なる露店商”であると考え、排除しようと考えていた相手は、なんとヒッピーを装った、某国の特務機関に属する工作員たちだったのだ。
要は、情報収集や特殊工作のために、身分を偽って入国していた“プロ”の活動を、はからずもAは妨害するという、実に大それたことをしでかしてしまっていたのである。

だが時すでに遅し。彼らの徹底排除を目論んでいたAは、
逆に四六時中監視され、その命を狙われることとなる。

「隠密行動だったはずなのに、情報が漏れたようで。結局、その筋の関係の人たちもこの件から手を引いてしまったんです……」(A)

そこで、Aは身の危険を察知するや、当時、倉庫として借りていた吉祥寺界隈には立寄らず、
都内にある数箇所のビジネスホテルを転々とし、
以後、ひっそりと息を潜める生活を余儀なくされたというのだ。…


事件前からAは、
Kの知人に何度も声をかけられていた(Kと間違われて声をかけられる)。
それでも“追っ手”の影は、Aの行く先々に姿を現せ、その機を狙う素振りを見せていたという。
東北の催事場で店を開いたときに監視されたかと思えば、翌日、九州の縁日で店を広げるなり、おかしな外国人たちが自分を監視している。
日本中、どこへ出向いても、
Aの周囲には、必ず彼らの姿があった。
「もう駄目だと思った」(A)と、感じることは少なくなかったという。

だが、そんなAが日を追うごとに緊迫した状況へと追い込まれる中で、ある事件が発生する。
それが、、「井の頭公園のバラバラ事件」である。

事件の当夜、工作員たちから逃れるべく、
Aはそれまでと同様、都内のビジネスホテルに潜伏していた。
そのため、A本人は、この件の事件について、警察報道がなされた後で、テレビで知ったそうである。

「ワイドショーか何かで見て、私Aが事務所として使っていた家のすぐ近くが画面には映っていて……被害者の方の映像を見たときは、背筋が凍る思いだったよ。
そして、“あぁ~、この人Kは私Aと間違われて殺された”と確信しました」(A)

Aが本来いるはずだった吉祥寺界隈には、
事件の被害者となってしまったKが居合わせてしまったのである。

そもそも、殺害されたKの自宅と、Aが倉庫代わりに借りていた物件は目と鼻の先。
地元・吉祥寺駅界隈では事件前からAは、
何度もKの知人らに声をかけられ、その間違えを指摘した後でも、
「こんなにそっくりな人がいるなんて……」と驚かれたという。

つまり、こうした背景から鑑みれば、
KはAの代わりに、外国人工作員らの手によって、
殺害されたのではないかという疑惑が浮上するのだ。

■Aにまつわる驚きの後日談があった!■
巷では、死期の近くなった人間が、自分と瓜二つの人間を目撃するという「ドッペルゲンガー現象」が、都市伝説的に広まり、定着している。
そういう意味でAは、Kにとって、同時期にそれも自分の生活圏の中に、明らかに実在するというドッペルゲンガー的な存在であったと言えるだろう。
事実、それを一方的に目撃してしまったであろうKは死んで、事件発生までKの姿を見たことすらなかったAは、今なお、ひっそりとその余生を過ごしている。


▼後日談について、付記しておきたい。▼

Aは井の頭バラバラ事件から数年後、家族X,Yが殺人事件に巻き込まれるという事態に遭遇している。
Aの家族Xが殺害されてしまったのだ。

殺されていない方の、もう1人のAの家族Yは容疑者Zの“情婦”と報道されたものの、
実は容疑者Zグループに誘拐された状況、つまりは被害者であり、報道とは大きく異なるものだった
(しかし、不可解な裁判によって、Aのこの家族Yには有罪判決が下された)。

容疑者Zは、海外に逃亡中でいまだ逮捕されていないが、
殺された被害者Xの遺体はバラバラにされたうえに遺棄されていた……

奇しくも、
Aは再びバラバラ事件と関係することとなってしまった。
2つのバラバラ事件[井の頭事件とX事件]の関係性はまったく不明であるが、はたして本当に偶然だったのだろうか……。

(取材・文/猪俣進次郎)
猪俣進次郎=実話誌を中心に活躍しているフリーランス・ライター。

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大須田勉・北海道大学理学部物理学科(CiNii結晶解析)卒業
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