阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

チェ・ゲバラに学ぶ

2007年10月11日 10時32分05秒 | 政治
 今日はJR粉河駅で早朝の駅立ち活動をして、今、戻ってきたところです。

 三高さんが書いて下さったように、10月9日は、キューバ革命の英雄、エルネスト・チェ・ゲバラの没後40年の記念日でしたね。私は大のチェ・ゲバラファンですが、ひとりの人間として、チェ・ゲバラの生き方から学ぶことは多いと思います。

 アルゼンチンの名家に生まれ、才能ある医師として将来を約束されていたチェ・ゲバラ。モーター付き自転車に乗ってラテンアメリカを放浪し、凄まじい格差と弱い者いじめの政治に強い憤りを感じた若きチェは、貧しい民衆が米国の傀儡である軍事独裁政権に搾取される社会構造自体を変えなければ貧困は解決できないと痛感します。

 メキシコで出会ったフィデル・カストロとともに、小舟「グランマ号」に乗りこみ、嵐の中キューバに上陸。激しい迎撃を受けますが、奇跡的に生き残った17人の仲間とともにシエラ・マエストロ山脈で活動を開始します。医師として貧しい村人を治療し、学校やラジオ局を作っての啓蒙活動を行い、武器を奪った貧しい軍人を味方にして、ハバナに進撃。腐敗した政治を倒す強い意志と、貧しい民衆に対する温かさが圧倒的な支持を得て、3年後の1959年、ついにバティスタ軍事独裁政権の打倒に成功するのです。

 弱冠31歳で国家No2の地位と絶大な人気を得ながら「権力」には何の関心もなく、カストロ議長と「決別」。コンゴやボリビアに潜入し、再び革命を目指しますが、ついにボリビア軍政&CIAに捕えられ、銃殺。39歳の生涯を閉じるのです。

 私が彼の生涯に興味を持ったのは、19歳の時、「瀬古はサラザールに勝てない」という中村監督のエッセイを読んだことがきっかけでした。当時、世界最強のマラソンランナーと言われた瀬古利彦が、世界記録保持者アルベルト・サラザール
に及ばない理由として、彼の父親が、キューバ革命の闘士であった「血」を挙げ、理性を超えたプライドと理想に邁進する狂気-サラザールが持つ「真のラテン的情熱」に対し、中村監督の指導の元、純粋培養で育った今の瀬古では「命のやりとり」をするような勝負ではかなわない。この点を乗り越えるには、走るだけではなく、武士道的な精神の高みに達する不断の努力を続けなくてはならない…。このような内容でした。

 チェ・ゲバラを生んだ土壌を知りたいと思った私は、古本屋を回り、英文や読めもしないスペイン語の文献まで集めた挙句、その後1996年にはついにキューバまで、チェ・ゲバラの足跡を辿る旅に出かけてしまったのでした。

 男のダンディズムを感じさせる容姿もあいまって、彼の顔がプリントされたTシャツは世界中で人気です。(私もグアテマラ、キューバ、ロシア、タイ、コスタリカなどで買って10枚近く持っています!)また、千葉ロッテマリーンズの応援席にもゲバラの旗がはためいていますね。

 チェ・ゲバラに対する評価は、その人が立つ位置によって違うと思いますが、卓越したヒューマニストとして見た時、現代に必要なのは、まさにチェ・ゲバラのような政治家だと思います。


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