阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

東ティモール情勢に思う

2006年07月09日 18時50分58秒 | ボランティア
 東ティモールのシャナナ・グスマン大統領は、8日、新首相にラモス・ホルタ氏を指名しました。東ティモールは、今後、どのような方向に向うのでしょうか。

 アルカティリ前政権による国軍兵士の大量解雇をきっかけに、4月から首都ディリで断続的に騒乱が発生。5月には、除隊された兵士と国軍が衝突し、一般市民も巻き込んだ騒乱に発展してしまいました。グスマン大統領は、騒乱の原因を作ったとされる首相に退陣を要求。国民的人気、国際的な名声を背景に「応じなければ自分が辞める」と問題解決への強い覚悟を表明したことが新たな局面を作り出す大きな契機になったようです。

 私はこのグスマン大統領と一緒に活動をしたことがあります。

 彼は2002年2月、自分自身の大統領選挙の僅か2ヶ月前に、アジアの民主化支援NGO(ANFREL)の一員としてカンボジアの地方選挙監視活動に参加しているのです。この時は私も同じチームだったのですが、一市民として他国の選挙支援活動に参加するところなどは、市民と共に歩む姿勢を象徴していますよね。彼の絶大な人気の理由を垣間見た思いでした。

 私が会ったことのある人の中で、カリスマという言葉が真っ先に浮かぶのが、ビルマの民主化運動指導者・アウンサンスーチー氏とともに、このシャナナ・グスマン大統領です。このブログの最近のコメント欄ではチェ・ゲバラの話題でも盛り上がっていますが、彼はまさに東ティモールのチェ・ゲバラと言えるでしょう。

 若き日のグスマン大統領は、詩人、ジャーナリスト、そしてサッカー選手だったそうですが、インドネシアからの独立運動に身を捧げ、勇気と人望の厚さで20年あまりゲリラ戦士を統率。総司令官として、独立に向けた中心的な役割を果たしました。

 ところが、1999年8月、独立住民投票によって独立が実現した直後、併合派民兵による大規模な破壊活動が発生。多国籍軍の展開とUNTAET(国連東ティモール暫定統治機構)の統治のもと、2001年8月の制憲議会選挙、2002年の大統領選挙を経て、ようやく新国家東ティモールが誕生したのでした。

 私はこの両方の選挙支援にかかわり、2002年4月の大統領選挙では選挙監視チームの責任者を務めました。選挙戦最終日の夜、全ての選挙活動を終えたグスマン候補者をインタビューしましたが、2ヶ月前に同じチームで活動していたグスマン氏が、圧倒的な支持を得て東ティモールの初代大統領になろうとしている姿を目の当たりにしたのは何とも感慨深いものでした。

 新首相のラモス・ホルタ氏がノーベル平和賞を受賞した際、インドネシア軍に逮捕されて当時獄中にあったグスマン氏こそ最も賞にふさわしいとの理由で「うれしいと同時に悲しくもある」と語ったのは有名な話です。

 圧倒的な議席を占める与党フレテリンに指名されたアルカティリ前首相が実権を握り、大統領としては十分な指導力を発揮したとは言えない状態が続いていました。今回の「政変」がどのような結果をもたらすのか、我々が市民としてできることは何か、念頭に置きながら見守りたいと思います。

 
 写真: カンボジア地方選挙に参加した東ティモール現大統領シャナナ・グスマン氏と。私が持ってるのは彼が描いた「tree」という絵の絵葉書です。写真では光ってよくわかりませんが・・・。(2002年)  


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