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『『21世紀の資本論』の衝撃(1)―資本主義社会では中間層が緩やかに消滅する―

2014-09-21 14:14:09 | 経済
『21世紀の資本論』の衝撃(1)―資本主義社会では中間層が緩やかに消滅する―

フランスの経済学者,トマ・ピケティが昨年2013に出版した『21世紀の資本論』は母国のフランスよりも,翌年に出版された英訳版は,
700ページもある大著にもかかわらずアメリカで大反響を呼びました。

この本の日本語版は今年の年末には出版される予定ですが,幸い,『週刊東洋経済』(7月26日号)は,ピケティとの独占インタビューと,
数人のエコノミストのコメントを掲載しています。

この本の大きな特徴は,資本主義が世界経済の主流になった18世紀後半から今日までの300年間に所得や資産の分配状況がどのように変化してきたかの歴史的,
数量データを集め,それを分析したことです。

もちろん,これだけの期間の,そして日本を含めて世界の主要国の経済データを一人で集めることは不可能で,世界の経済学者30人以上がかかわり15年
という歳月をかけています。

タイトルにある『21世紀の資本論』とは,言うまでもなくカール・マルクスの『資本論』(第一巻 1867年,第二巻 1885年, 第三巻 1894年)
を意識しています。マルクスの主張の中でも,

ピケティが強調したいのは,資本主義経済の下では,資本家は収益の多くを取り蓄積してゆくが,労働者の取り分は少なく,労働者は相対的に
ますます貧困化するとう点です。

以下に,インタビューの内容を中心に,彼がどんな結論を引き出し,それがこれからの世界や日本にとってどんな意味を持つかを考えてみたいと思います。
ただし,日本についての詳しい検討は,次回に回し,今回はピケティの全体的な議論についてみてみます。

15年間に集めた膨大なデータを分析した結果,ピケティは結論として3つの重要な点を指摘しています。

①経済成長率よりも資本収益率が高くなり,資本を持つ者にさらに資本が蓄積していく傾向がある。

②この不平等は世襲を通じて拡大する。

③この不平等を是正するには,世界規模で資産への課税強化が必要である。

結論だけをみると,このために15年もかけてきたのか,と思うかもしれませんが,この著作が欧米の知識人に与えた衝撃は,とりわけアメリカで強烈でした。

英訳版が出た今年の4月からわずか3か月で英語版は40万部を売り上げるベストセラーとなりました。うち,75%はアメリカでの販売でしたが,その背景には,
アメリカでは貧富の格差が極端に進んでしまっているという事情があるからです。

19世紀末から第一次世界大戦の勃発(1914年)までの,もっとも繁栄した「ベル・エポック」(文字通りの意味は「美しい時代」)は欧米の消費社会が頂点に
達した時期です。

この時期,アメリカでは,上位10%の富裕層が国全体の富の80%を占めていました。

しかしピケティの分析では,この現象はアメリカだけではなく,現代の先進資本主義国では「ベル・エポック」の時代に近づきつつあり,中産階級は緩やかに消滅
しつつあると指摘しています。

今年,ニューヨークで,「99%」(写真参照)と書かれたプラカードをも持ち,「ウォール街を占拠せよ」という激しい抗議デモがニューヨークで起こりました。

あるいはつまり,ごく少数(つまりわずか1%)の富裕層が株などで巨額の利益を得ているのに,99%の国民は貧困にあえいでいることに対する反乱です。


                           
           
              「我々99%の国民は貧しい」というプラカードをもつ,ウォール街でのデモ参加者 (画像をクリックすると拡大できます)


ところで,ピケティの膨大な論考の中で特に重要なのは,資本を持つ者はさらに資本が蓄積していくのはなぜか,という問題です。これは逆にいうと,
普通の労働者は資本の蓄積はできないか,できたとしても極めて緩慢で,富裕層との所得と富の不平等がますます拡大してゆくことを意味しています。

上記のメカニズムは次のような事情によってもたらされている,と説明されています。これをピケティは r>g という単純な式で表現されます。
この式は,資本収益率(r)が経済成長率(g)をつねに上回るという意味です。

この式をもう少し具体的にいうと次のようになります。資本収益率(r)というのは,株や不動産,債権などへの投資によって得られる利益の収益率です。

例えば1000万円投資して100万円の収益があれば,資本収益率は10%ということになります。

現代では,資産のなかでも,とりわけ金融資産の収益率が高く,それを運用する余裕のある人たちに,さらに利益を得るチャンスと大きくしています。
というのも,金融のグローバル化が爆発的に進み,世界中の動向をいち早く察知し瞬時に資産を移動させて利益を得ることが可能なったからです。

資本収益率に対比される経済成長率(g)とは,一般的には,たとえばGDPの伸びが昨年比で2%というような場合に使う意味での経済成長率のことですが,
ここでは少し違った側面を含んでいます。

つまり,経済成長で得た利益は,労働者の賃金,株主への配当,法人として企業の収益(企業利益,内部留保金など)に分配されます。

ここで,株や債券などの資本(資産)ほとんどもたない一般の労働者は賃金所得という形で経済成長の利益を受け取ることになります。

ピケティはフランス,イギリス,アメリカ,日本など20か国以上の税務統計を,統計が得られる過去200年さかのぼって収集し,富と所得分配の変遷を検討しました。

その結果,資本収益率は平均すると5%であったという。これにたいして,資本主義先進国における経済成長は平均して1~2%(平均して1.5%ほど)
の範囲で収まっていました。

したがって,仮に資本収益率が5%で経済成長率が1%だとすると,多くの富(資本)をもっていれば,その利益の5分の1を再投資するだけで,
あとは消費することができます。

もし富裕層が継続して再投資すれば,さらい富を増やすことができます。

これに対して労働者の賃金は,仮に経済成長に合わせて上昇したとしても,資本収益率よりはるかに低いので,賃金所得者との格差はますます拡大してゆきます。

しかも歴史上,賃金は常に経済成長に遅れて,しかもそれより小さい範囲でしか上昇してきませんでした。

こうして歴史的にみると,先進国では,資本を多く持つ富裕層は再投資によって富を雪だるま式に膨らませ,労働賃金によって生活している人の富は増えず,
結果的に格差は広がってきました。

ただ格差が広がるだけでなく,中間層やそれより下の階級では失業や病気などをきっかけに,簡単に貧困に陥ってしまいます。ピケティは,そこには主に二つの危険
(彼は「リスク」と呼ぶ)があるといいます。

一つは,「就業のリスク」です。良い仕事に就くためには良い高等教育を受けたり,高度の職業資格(例えば弁護士資格や医師免許など)を持っていたほうが
圧倒的に有利です。

しかし,そのためには,そもそも経済的にある程度恵まれていなければなりません。この点で,中間層は不利な立場に置かれます。アメリカの教育は信じがたいほど
不平等なシステムになっているようです。

もう一つは,金融の規制緩和がもたらす中間層没落のリスクです。さまざまな資産の中でも金融資産は高い収益を見込めます。多額の富を持つ人はリスクを
おかすことの許容度が高いし,個人の資産を管理してくれる優秀な財務管理人を雇えるなどの理由で,平均的により高い収益率を得られます。

これにたいして中間層にとって,利益を得るのは現在の状況では非常に難しい。というのは,中途半端な資産はほとんど利益を生まないことが多いからです。

ピケティは富の不平等を是正するためには,世界的規模で資産に対する累進的な課税をすべきだと提案しています。そうしないと,世界の先進国では中間層は
緩やかに消滅してゆくだろう,との展望を示しています。

ピケティの主張は,さらに根本的な問題へと及んでゆきます。世界的な規模で進行する不平等や格差が拡大すると,社会に危険な緊張を生み,第一次大戦までの
ヨーロッパにおけるように,外国人や移民労働は,他人種のせいだ,といったスケープゴード(身代わりの犠牲者,犯人)を求めようとする危険性があります。

ピケティは,今年5月の欧州議会議員選挙で極右やポピュリズム政党の得票が増えているのは,グローバリゼーションの恩恵を受けていないと感じている人たちが
いることを示している,と語っています。

彼はまた,こうした状況が,過去において第一次世界大戦に結びついてしまったという歴史的事実に強い危惧を表明しています。

彼によれば,資本主義の力は,イノベーション,経済成長,生活水準の向上を可能にするものであるが,当然ながら道徳的(倫理的)な規律がありません。

これをピケティは,次のような例で示しています。たとえば,ある人の庭で世界中の人が使えるほどの石油が発見されたとする。それを独占してしまい,
世界中の他の人間は彼のために働き続けなければならないとしても,資本主義ではそのような独占は許されるのです。

つまり,資本主義と民主主義とは必ずしも同じではないのです。

次回は,日本の事情を見てみましょう。



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