資本主義の終焉?(1)―実態経済の衰退と金融への依存―
最近の世界の動向、とりわけ経済動向をみていると、尋常でない動きがあちこちで起こっています。
たとえば、欧米や日本などの先進国が、競って金融緩和政策として大量の貨幣を市場に供給したり、超低金利(事実上ゼロないしはマイナス金利)しています。
自国通貨を安く誘導するのは、それによって輸出をし易くするためですが、今や、金融緩和と低金利が先進国の基本政策となっています。
これは、国際貿易も国内経済も収縮して、世界的な景気の停滞ないしは後退)を意味します。
安倍政権は、円安と株高を狙って、異次元の金融緩和と日銀の当座預金にマイナス金利を導入しています。
理屈から言えば、異次元の金融緩和は市場に大量のお金が流れるので、貨幣価値が減少し、円安とインフレ傾向(したがってデフレからの脱却)を生みだす
ものと期待されます。
そして低金利は企業の投資と国民の消費(特に住宅の購入)を刺激し、それらが景気の回復に導いてくれるはずでした。
しかし、ある国が金融緩和などの人為的に貨幣価値を下落させると、他の国も同じように自国通貨を安くしようとするので、この競争はあまり意味がなくなっ
てしまいます。
実際、政府と日銀の狙いとは反対に、現実は円高と株安の動きが止まりません。日経平均株価でみると、昨年末には2万円に届きそうなところまで来ました
が、以後、下落を続け、現在は1万6000円と1万7000円の間を低迷しています。
こうした背景には、国際貿易の収縮、特にこれまで世界の消費需要の大きな部分を占めていた中国経済の停滞、石油をはじめ資源や農産物などの一次産
品価格の下落などがあると指摘されてきました。
たとえば現在東南アジア最大のゴム生産国、タイでは、2011年には生産者が受け取るゴム樹液の価格が2011年には1キロ当たり180バーツでしたが、15年
には35バーツと5分の1に下落し、600万の農家は借金を抱えて深刻な状況に追い込まれている(注1)。
また、鉱物資源の価格も全般に下落しています。たとえば、鉄鉱石価格をみると、2011年を境に急落し、同年1月から2016年1月に4分の1以下に下落してい
ます(注2)。
先進国にとっては資源価格の下落は好都合のように見えますが、この状態は、巡り巡って先進国の輸出をも鈍らせています。
たとえば、資源の輸出に依存している開発途上国などの経済を直撃しており、それは次に、これらの国が先進国から工業製品を輸入する購買力を奪っています。
さらに、世界の金融市場に投資しているアラブの産油国などが、収入減のため自国の資金不足が発生し、資本を引上げています。
この悪循環は、どうして生まれたのでしょうか?そして、世界経済はどこに向かっているのでしょうか? そして、一体この動きは何を意味しているのでしょうか?
これらの疑問に答えるには、少し長期的な社会経済の変化を見る必要があります。
日本大学国際関係学部教授の水野和夫氏は、著書『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書、2014)において、現代世界では、資本主義が終焉に向かって
おり、それは全般的な景気後退、実体(実物)経済の衰退、そして超低金利に現れている、と主張しています。
低金利の問題は次回に考えるとして、今回は彼の議論を参照しつつ、世界的な景気後退と異常なほどの金融依存の問題について考えてみたいと思います。
まず、なぜ世界の景気が収縮しているのか考えてみましょう。
現代世界の経済は、おおむね資本主義経済であると言えます。資本主義経済は、利益の追求を目的とする私企業による生産と販売を中心とした制度です。
ここで重要な点は、資本主義経済において、資本は常に自己増殖を求めます。去年より今年、今年より来年という風に少しでも利潤が増加すること、言い換えると
「拡大再生産」を求めます。
これにたいして、毎年同じ水準を維持すれば「単純再生産」です。中世の農業を中心として経済は、ほぼ単純再生産が基本でした。
もし経済水準が年々縮小に向かえば「縮小再生産」の経済ということになり、それは資本主義経済の「死」を意味します。
農業であっても新しい耕作方法や農機具が発明や開発されると農業生産性は大きく増加し、拡大再生産が起こりますが、農業の場合、自然条件に大きく左右され
るので生産性も限界があります。
これにたいして、産業革命は画期的な機械の発明により、自然の制約を受けない工業生産に従来とは比較にならないほど大きな生産性をもたらしました。
資本主義が開花し、拡大再生産と大量生産の時代が到来したのです。
こうして大量生産された商品が過不足なく売れて、国内で購入され消費された時代、資本と企業は十分な利潤を得ることができました。
しかしその陰で、その繁栄を根底から覆す危険な種が蒔かれていたのです。それは、国内市場が飽和状態になってしまうと、大量生産された商品が売れなくなって
しまうことです。
帝国主義の時代には海外植民地という未開拓の空間(フロンティア)を拡大してきましたが、第二次大戦後はそのようなフロンティアを獲得することはできません。
そこで先進諸国の企業や資本家は、開発途上国という新たな投資空間を開拓し、20世紀後半から末までは、開発途上国を発展の軌道に乗せてNIEs(新興工業国)
を、21世紀にはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの成長が著しい国々を生みだしました。
水野氏はこれを、経済の「中心」である先進資本主義国が、その他「周辺」(私の言葉では「フロンティア」)へ投資することで利潤を得る構造として捉えます。
この過程では、先進資本主義国の資本も実体(実物)経済―実際のモノとサービスの生産と販売―への投資で利潤を確保することができたし、同時に雇用者の報酬
も増えてゆきました。
ただし、BRICsでさえも、必ずしも順調とは行かず、近年では中国でみられるように生産設備の過剰や、資源価格の下落などで経済は縮小傾向にあります。
しかし、先進資本主義国内では、物作りをはじめとする実物経済はやせ細ってしまい、かといって、開発途上国の実物経済への投資も思うような利潤が得られなく
なってしまったのです。
このような状況で、利潤を求める資本は、二つの新たな「空間」を造り出しました。
一つは金融空間です。実体経済におおけるフロンティア、水野氏の言葉を使うと「地理的・物理的空間」(実物投資空間)に見切りをつけた先進国の資本家たちは、
「電子・金融空間」という新たな投資空間を作り出しました。
「電子・金融空間」とは貨幣(為替)、株、債券、種々の金融商品、資源や食料などの売買をインターネット上で行う、一種の仮想市場で、現金や債券、商品が動く
わけではありません。この中心がニューヨークのウォール街でありロンドンのシティです。
この取引は、金融工学という手法で予めコンピュータにプログラム化され、自動的に行われます。しかも、投資家は自ら保有する金額の50倍、60倍という額の取引
ができる仕組みになっています。
しかも、この空間では途方もない巨額の資本が、信用取引という形で、世界のインターネット上で24時間絶え間なく国境を越えて移動します。
こうなると、投資というより「マネー・ゲーム」「ギャンブル」といった方が適切かもしれません。こうした経済を「カジノ経済」と呼ぶことがあります。リーマン・ショックに
みられるように、ギャンブルには大きなリスクがあります。
ところで、いわゆるグローバリゼ―ションとはヒト、モノ、カネが国境を越えて移動するので、それぞれの国では資本家と雇用者とは直接の関係を失ってしまいます。
これによって、一方では金融取引で、実体経済では得られない巨大利益を得る、ごくごく一握りの資本家・投資家が出現しますが、他方で、犠牲になっているのが
雇用者です。
二つは、「周辺」の枠組みを変えることです。各国内部では新たな「周辺」を作ることです。水野氏によれば、それがアメリカで言えばサブプライム層(借金をしても
返済能力のない貧困層)であり、日本で言えば、非正規社員、EUで言えばギリシャ、キプロスです。
こうして考えると、日本の安倍政権がなぜ、一方で、労働の自由化(規制緩和)とうい名目で、低賃金の非正規雇用を促進しているかが良く分かります。
安倍政権が「異次元の金融緩和」を推進しているのは、もはや実体経済では成長を望めないことを告白しているのです。
グローバリゼーションの進行とともに起こっているのは、中間層の没落です。本ブログの2014年9月21日と26日の「21世紀の資本論」の記事でも説明したように、
日本は、労働賃金の長期下落、貧困層の増加傾向がはっきりしています。kろえがさらに、国内消費を減らし、景気の停滞をもたらしています。
世界経済が実態経済からますます離れ、金融に依存せざるを得なくなっている現状は、資本主義経済が機能していないこと、資本主義が終焉に向かっている状況
の中で、それでも生き残るために必死にもがいている一つの延命手段です。これは病の根治ではなく、延命処置にすぎないのでどこかで破綻せざるを得ません。
次回は、資本主義の終焉と、世界的な超低金利とがどのように関係しているのかを考えます。
(注1)http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK18H37_Z10C16A2000000/?n_cid=MELMG001,2
(注2)http://ecodb.net/pcp/imf_usd_piorecr.html
最近の世界の動向、とりわけ経済動向をみていると、尋常でない動きがあちこちで起こっています。
たとえば、欧米や日本などの先進国が、競って金融緩和政策として大量の貨幣を市場に供給したり、超低金利(事実上ゼロないしはマイナス金利)しています。
自国通貨を安く誘導するのは、それによって輸出をし易くするためですが、今や、金融緩和と低金利が先進国の基本政策となっています。
これは、国際貿易も国内経済も収縮して、世界的な景気の停滞ないしは後退)を意味します。
安倍政権は、円安と株高を狙って、異次元の金融緩和と日銀の当座預金にマイナス金利を導入しています。
理屈から言えば、異次元の金融緩和は市場に大量のお金が流れるので、貨幣価値が減少し、円安とインフレ傾向(したがってデフレからの脱却)を生みだす
ものと期待されます。
そして低金利は企業の投資と国民の消費(特に住宅の購入)を刺激し、それらが景気の回復に導いてくれるはずでした。
しかし、ある国が金融緩和などの人為的に貨幣価値を下落させると、他の国も同じように自国通貨を安くしようとするので、この競争はあまり意味がなくなっ
てしまいます。
実際、政府と日銀の狙いとは反対に、現実は円高と株安の動きが止まりません。日経平均株価でみると、昨年末には2万円に届きそうなところまで来ました
が、以後、下落を続け、現在は1万6000円と1万7000円の間を低迷しています。
こうした背景には、国際貿易の収縮、特にこれまで世界の消費需要の大きな部分を占めていた中国経済の停滞、石油をはじめ資源や農産物などの一次産
品価格の下落などがあると指摘されてきました。
たとえば現在東南アジア最大のゴム生産国、タイでは、2011年には生産者が受け取るゴム樹液の価格が2011年には1キロ当たり180バーツでしたが、15年
には35バーツと5分の1に下落し、600万の農家は借金を抱えて深刻な状況に追い込まれている(注1)。
また、鉱物資源の価格も全般に下落しています。たとえば、鉄鉱石価格をみると、2011年を境に急落し、同年1月から2016年1月に4分の1以下に下落してい
ます(注2)。
先進国にとっては資源価格の下落は好都合のように見えますが、この状態は、巡り巡って先進国の輸出をも鈍らせています。
たとえば、資源の輸出に依存している開発途上国などの経済を直撃しており、それは次に、これらの国が先進国から工業製品を輸入する購買力を奪っています。
さらに、世界の金融市場に投資しているアラブの産油国などが、収入減のため自国の資金不足が発生し、資本を引上げています。
この悪循環は、どうして生まれたのでしょうか?そして、世界経済はどこに向かっているのでしょうか? そして、一体この動きは何を意味しているのでしょうか?
これらの疑問に答えるには、少し長期的な社会経済の変化を見る必要があります。
日本大学国際関係学部教授の水野和夫氏は、著書『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書、2014)において、現代世界では、資本主義が終焉に向かって
おり、それは全般的な景気後退、実体(実物)経済の衰退、そして超低金利に現れている、と主張しています。
低金利の問題は次回に考えるとして、今回は彼の議論を参照しつつ、世界的な景気後退と異常なほどの金融依存の問題について考えてみたいと思います。
まず、なぜ世界の景気が収縮しているのか考えてみましょう。
現代世界の経済は、おおむね資本主義経済であると言えます。資本主義経済は、利益の追求を目的とする私企業による生産と販売を中心とした制度です。
ここで重要な点は、資本主義経済において、資本は常に自己増殖を求めます。去年より今年、今年より来年という風に少しでも利潤が増加すること、言い換えると
「拡大再生産」を求めます。
これにたいして、毎年同じ水準を維持すれば「単純再生産」です。中世の農業を中心として経済は、ほぼ単純再生産が基本でした。
もし経済水準が年々縮小に向かえば「縮小再生産」の経済ということになり、それは資本主義経済の「死」を意味します。
農業であっても新しい耕作方法や農機具が発明や開発されると農業生産性は大きく増加し、拡大再生産が起こりますが、農業の場合、自然条件に大きく左右され
るので生産性も限界があります。
これにたいして、産業革命は画期的な機械の発明により、自然の制約を受けない工業生産に従来とは比較にならないほど大きな生産性をもたらしました。
資本主義が開花し、拡大再生産と大量生産の時代が到来したのです。
こうして大量生産された商品が過不足なく売れて、国内で購入され消費された時代、資本と企業は十分な利潤を得ることができました。
しかしその陰で、その繁栄を根底から覆す危険な種が蒔かれていたのです。それは、国内市場が飽和状態になってしまうと、大量生産された商品が売れなくなって
しまうことです。
帝国主義の時代には海外植民地という未開拓の空間(フロンティア)を拡大してきましたが、第二次大戦後はそのようなフロンティアを獲得することはできません。
そこで先進諸国の企業や資本家は、開発途上国という新たな投資空間を開拓し、20世紀後半から末までは、開発途上国を発展の軌道に乗せてNIEs(新興工業国)
を、21世紀にはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの成長が著しい国々を生みだしました。
水野氏はこれを、経済の「中心」である先進資本主義国が、その他「周辺」(私の言葉では「フロンティア」)へ投資することで利潤を得る構造として捉えます。
この過程では、先進資本主義国の資本も実体(実物)経済―実際のモノとサービスの生産と販売―への投資で利潤を確保することができたし、同時に雇用者の報酬
も増えてゆきました。
ただし、BRICsでさえも、必ずしも順調とは行かず、近年では中国でみられるように生産設備の過剰や、資源価格の下落などで経済は縮小傾向にあります。
しかし、先進資本主義国内では、物作りをはじめとする実物経済はやせ細ってしまい、かといって、開発途上国の実物経済への投資も思うような利潤が得られなく
なってしまったのです。
このような状況で、利潤を求める資本は、二つの新たな「空間」を造り出しました。
一つは金融空間です。実体経済におおけるフロンティア、水野氏の言葉を使うと「地理的・物理的空間」(実物投資空間)に見切りをつけた先進国の資本家たちは、
「電子・金融空間」という新たな投資空間を作り出しました。
「電子・金融空間」とは貨幣(為替)、株、債券、種々の金融商品、資源や食料などの売買をインターネット上で行う、一種の仮想市場で、現金や債券、商品が動く
わけではありません。この中心がニューヨークのウォール街でありロンドンのシティです。
この取引は、金融工学という手法で予めコンピュータにプログラム化され、自動的に行われます。しかも、投資家は自ら保有する金額の50倍、60倍という額の取引
ができる仕組みになっています。
しかも、この空間では途方もない巨額の資本が、信用取引という形で、世界のインターネット上で24時間絶え間なく国境を越えて移動します。
こうなると、投資というより「マネー・ゲーム」「ギャンブル」といった方が適切かもしれません。こうした経済を「カジノ経済」と呼ぶことがあります。リーマン・ショックに
みられるように、ギャンブルには大きなリスクがあります。
ところで、いわゆるグローバリゼ―ションとはヒト、モノ、カネが国境を越えて移動するので、それぞれの国では資本家と雇用者とは直接の関係を失ってしまいます。
これによって、一方では金融取引で、実体経済では得られない巨大利益を得る、ごくごく一握りの資本家・投資家が出現しますが、他方で、犠牲になっているのが
雇用者です。
二つは、「周辺」の枠組みを変えることです。各国内部では新たな「周辺」を作ることです。水野氏によれば、それがアメリカで言えばサブプライム層(借金をしても
返済能力のない貧困層)であり、日本で言えば、非正規社員、EUで言えばギリシャ、キプロスです。
こうして考えると、日本の安倍政権がなぜ、一方で、労働の自由化(規制緩和)とうい名目で、低賃金の非正規雇用を促進しているかが良く分かります。
安倍政権が「異次元の金融緩和」を推進しているのは、もはや実体経済では成長を望めないことを告白しているのです。
グローバリゼーションの進行とともに起こっているのは、中間層の没落です。本ブログの2014年9月21日と26日の「21世紀の資本論」の記事でも説明したように、
日本は、労働賃金の長期下落、貧困層の増加傾向がはっきりしています。kろえがさらに、国内消費を減らし、景気の停滞をもたらしています。
世界経済が実態経済からますます離れ、金融に依存せざるを得なくなっている現状は、資本主義経済が機能していないこと、資本主義が終焉に向かっている状況
の中で、それでも生き残るために必死にもがいている一つの延命手段です。これは病の根治ではなく、延命処置にすぎないのでどこかで破綻せざるを得ません。
次回は、資本主義の終焉と、世界的な超低金利とがどのように関係しているのかを考えます。
(注1)http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK18H37_Z10C16A2000000/?n_cid=MELMG001,2
(注2)http://ecodb.net/pcp/imf_usd_piorecr.html