僕が思うに。

28歳一児の父

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生きてます。

2007-12-28 02:22:55 | 日記メモ
最近大変。だけど生きてます。元気は少しあります。

仕事探してます。どこかで人手足りてないところありませんか?
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大臣とは、トップリーダー

2007-02-06 22:38:04 | 日記メモ
柳沢さんがただのおじさんか、市役所のおっさんレベルだったら、ここまで騒ぐこともないだろうと思います。
「女性は人を産む機械である」と言う主張をしているわけではありませんから。

しかし、しかーし。彼は厚生労働省の大臣。
国民の健康と福祉等々を担う、行政のトップです。しかも、民主主義によって選ばれた、シンボリックな存在という側面が非常に大きいポジションです。
その彼が、真意がそこになくとも、表現として女性を機械にたとえてしまったのは、言葉が最大の武器である政治家としては致命的なことでしょう。
政治家は、言葉、表現には常に気を使い、より多くの国民を唸らせる倫理観と人間観を持ち合わせる資質が必要条件だと、僕は強く思います。
それは、より責任感あるポジションに行けば行くほどより厳しく求められて当然だと思います。
たぶん、あの話を女性を機械にたとえるのではなく、「大地」などに例えていたらまた違ったことになったと思います。例えの違いかもしれませんが、トップリーダーにとってはこれは非常に大きな違いだと思います。
しかも、彼が政治家にとって言葉の重要性を理解していないところもあわせて致命的だと思います。


それと、関連した話で、対する野党も情けない。というか腹立たしい!
柳沢さんの発言を微妙にまげて「柳沢は女性は子どもを産む機械と位置づけている!」みたいな、彼のオリジナルの発言から飛躍させているあたりが、もうなんとも恥ずかしい。
与党追求のためには、事実を曲げるのか政治家なのだろうか。それと追加で柳沢大臣がいった「健全な若者は二人以上子どもを欲しがっている、それを支える政策が必要だ」と言う発言に対しての反応も「?!」です。
特に社民党のあの党首には、うんざりです。
女性の代表みたいな顔してウンタラ行っていますが、どうなんでしょう?
女性の皆さん、ほっといていいんですか?
彼女に言わせれば、家庭的な女性は男の奴隷ということなのでしょうか。彼女の女性観は女性性を破壊するもの、そのものだと思います。
まぁ、男性の僕が何を言っても、聞いてくれないのでしょう。
女性のみなさん、正直どうお思いですかね?

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2007-01-31 00:10:58 | 日記メモ

ちょっとした実験です、すぐに削除の予定。どうだろうかうまくいっているだろうか。ほりゃ。

上記バナーのリンクはこちら「環境問題スペシャリスト小澤徳太郎のブログ」

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ドリアン

2007-01-09 20:26:27 | 日記メモ
食べ物に関して好き嫌いはない。
何を食べてもおいしいと思う。
いままで、苦手だと思ったものは
八角(中華料理の香辛料)、白ワインだけだ。
それでも、食べられないことはない。ものがよければおいしいと思う。

だけど、ドリアンはいただけなかった。
今日はじめて本物を食べた。過去にドリアンキャラメルと言うものを食べたが、本物はすごかった。

一番苦手な匂い、卵の腐った匂いだ。
まずいワインの後味の強烈な感じだ。オエーッ。。。

だけど、奥様はうまいうまいともりもり食べていた。
換気扇はフル回転の午後八時だ。
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雑記

2006-12-13 23:39:24 | 日記メモ
ユーリード VIDEO STUDIO10到着。
久しぶりに動画の編集に着手。


息子がスプーンでご飯を口に持っていく。

息子、宇宙語をしゃべり始める。

息子、食べ物を食べさせてくれる。


妻、風邪っぽい。


部屋を模様替え。気分がいい。


風呂は相変わらず、壊れたまま。応急処置のまま年越しか。追い炊きがしたい。


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特に理由はないですが。

2006-12-08 23:06:25 | 日記メモ
息子はかわいい。

息子が生まれて一年経つが、毎日可愛いと言っている。

飽きない。

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雑記

2006-12-07 02:15:46 | 日記メモ
春にはずしたスタッドレスタイヤ(ホイール付き)がどこかへ行ってしまった。
あれ?俺どこに置いたっけ?
そんな、でかい物失くすか?
え?泥棒?リアリィー?


車のバッテリーが届いた。さぁ、自分で交換だ。送料込み¥6500也。DIYは安い。

↑折角だから、バッテリー上がりを体験してみようか。

息子、3歩、歩く!

ビデオ回すも、ビデオに興味が・・・高速ハイハイで突進。
思い出ビデオは、全て息子のどアップだけだ・・・。

環境問題の会の事務局に就任。やっと、その方向の仕事ができそうだ。がんばります。

テレビのリモコンがどこかへ行ってしまった。

夕食時テレビはつけない習慣になってきた。

給湯機が壊れた。

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命の尊さについて-一つの側面

2006-12-05 22:30:23 | Weblog
命は尊いものであることを説明すると非常に長くなると思う。
以下、昔のブログで書いたものの引用。
まだ、坊が産まれる前のもの、直前だったかな。

-----------------------
いやね、何がすごいってさ

命ってものを考えたときに、その背後にある当たり前だがすごい事実。

わかりやすく自分の命で考えてみれば、そのすごさに誰しも圧倒されるはず。

父母から誰しも生まれ。

父母も父母から生まれ。

爺婆も父母から生まれ。

祖先であろう、あの恐竜から逃げ惑っていたネズミにも父母がいる。

当たり前だが、これはすごい。

「親はいなくとも子は育つ」

いや、これはウソウソ。

親がいなきゃ、子は生まれず、ほとんど育たずが本当のこと。


誰しも、20年ぐらい生きていれば

「人生なんてどうでもいいや、死にたい」

と、理由はどうあれ、言ったり、思ったりしたことはあると思う。

たぶん、僕の億万といるご先祖様も、少なくない数で

あきらめの気持ちを持ったり、

絶望したりしたと思う

だけど、本当の所は

誰一人として

あきらめなかった

といことだ。

これが、僕の命の事実。

これをすごいと思わず、なんと感じよう。

で、今まさに僕は新しい命をつなごうとしているわけだ

--------------------------
上の、続き。
--------------------------
しかもさ

自分の命って、なんの努力もなしに手に入ってしまった。

よくよく考えてみれば、人生でもっとも大切な自分ってやつが

なんの対価、お金と努力なしに手に入ってしまったんだ。

しかも、命だけじゃなく、人生に必要な能力と、人生を楽しむ感性まで

無料で手に入れてしまった

こいつはラッキーとしか言いようが無い。


しかも、現在、マイベイビーが彼女のお腹に宿っているが

このベイビーを作る能力=キャンタマも自分で用意したわけじゃない

生まれたときから、ついていたモノだ。

子を授かる能力まで、いただいてしまったというわけだ。

これを幸運といわずしてなんと言おうか。


父母に感謝。

だが

彼らの人生もいただきものなわけだ。

こいつは面白い。


命の連鎖

こいつは奥が深そうだ。
--------------

で、現在、宇宙開闢すべての歴史が詰まった息子がやっと二本足で立ち上がっては、しりもちをついている日々を過ごしています。


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いじめからとりあえず逃げた君へ

2006-12-05 02:45:10 | Weblog
前回のブログに<みち>さんからコメントをいただいたことをきっかけに今一度考えるところがあったので書きます。


障害者は不幸であるか。

僕の思うところでは、不幸な障害者もいれば、幸福な障害者もいるというところが本当の所だとおもう。

幸福な金持ち。

不幸な金持ち。

幸福な障害者。

不幸せな障害者。

幸福なデブ。

不幸なデブ。

幸福な大卒。

不幸な大卒。

幸福な中卒。

不幸な中卒。

たぶんすべてこの世に存在すると思う。
確かに、全てが同じパーセンテージだとは思わない。
幸福な金持ちの方が、不幸な金持ちより多い気がする。僕はなったことがないからわからないけど。

しかし、絶対ということはない。

 
事故で腕をなくした。

「私は人生の半分を失った」と嘆くべきだろうか。

「私は腕一本で助かった」と喜ぶべきだろうか。

それは誰が決めるのか。
たぶん「私」のはずだ。

しかし、何故だか「私」は「私」を幸福に導くチョイスを出来ない場合が多い気がする。

苦労が、人より多いと不幸せな気がする。

しかしながら、「私」のチョイスが「私」の幸福にダイレクトに関係しているのは事実のようだ。

キッカケが「私」の幸福を決めてしまっているわけではない。


この事実は、人生を歩む上で重要なヒントだと僕は思う。

しかも、この「私のチョイス」は、誰にも奪うことはできず、最後の最期まで自分のものでありつづける。

自分を幸せにするかしないかのツールを最期まで持ち続けられることが、人生の標準装備なのは、幸せに値することだと思う。しかも、何人にも標準装備なのだから。



「いじめから逃げることが出来た」と思うか

「いじめから逃げてしまった」と考えるか

そのチョイスは君にあるが、どうする?



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おい、お前死ぬ前にとりあえず逃げろ!の続きの巻き

2006-12-03 01:28:32 | Weblog
自殺の連鎖は少しはスピードダウンしたのでしょうか。
それとも、マスコミに報道自粛があったのでしょうか。
どちらにせよ、悲しいかな、いじめっ子(犯罪者)もいじめられっ子(被害者)も相変わらずなのでしょう。

そうそう、僕が「逃げろ!」言ったのは、生きるか死ぬか切羽詰って考えている被害者へのメッセージでした。
子どもって(大人もそうだろうけど)今この瞬間が人生の全てって思い込む節があるようで。
今いじめられていると一生このままだと、思って「自殺」まで考え込んじゃうではないかと。
だけど、学校は卒業するところだし、人間関係も変わるはず。
実は一瞬でいじめられている状況を変えることも出来るはず(実は学校に行かないという選択肢も、君の人生の選択肢にあるはず)。
だけど、それが出来ない。自分の能力を低く見積もっているからだろうか。そんなことないのに。

で、「とにかく逃げろ!」言ったのは、正確に言うとこういうメッセージなのです↓。

「死ぬことはない、君が死ななくていい理由はちゃんとある。だけど、今この瞬間自殺を本気で考えている君は、それどころじゃないだろう。わかる、その気持ちわかる。だけど僕は君が死ななくていいということを伝えたい。
だから、今一言だけ言わせてくれ。

『今は逃げろ!全てをかなぐり捨てて逃げろ!かまうことはない!誰も追ってこないところまで逃げろ!』

落ち着いたら、連絡をよこしなさい」


僕の真意としては、逃げるのは緊急避難で、一生使える手とは思っていません。逃げ続けて大人になったらそれはそれで困った人生になる気がします。

だけど、本気で死を考えている者、切羽詰った者に対しては、非常に勇気を与える一言だとも思っています。

ニュースを見ていると、とりあえず「逃げ」が必要そうな子どもたちがいっぱいいそうだったので、ブログに書いてみたのでした。

無理することは美徳じゃないと思いますが、人生がんばることはいいことだと思います。


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