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快速A・快速B・快速Cと準急A・準急B

2016-10-19 20:48:01 | 鉄道

前のブログからデーターを移行していなかったかもしれませんので、ちょっと備忘録です。

たいへんくだらない内容!

昭和61年ころの営団地下鉄東西線の運用番号。

営団5000系 7両編成:13S~53S 「S」は白文字

         10両編成:55S~99S

                00S~04S 「S」は橙文字

試運転電車:        98S

国鉄103系1200番台ならびに

   301系 7両編成:01K~11K

   301系 10両編成:13K~17K

平日の国鉄車の三鷹行き最終電車は17K(301系10両編成)。 バイト帰りはいつも国鉄車最後の西船橋行のA1917K(日本橋20:10だったでしょうか)に乗車。

 

乗務員の仕業表の運用番号(種別)表示は・・・

快速A(浦安通過:平日) の例

 A501KRAであれば 先頭のAはA線(西船橋方面):Kは国鉄車両:Rは快速:末尾のAは浦安通過。

快速B(浦安停車:平日日中・土曜休日)の例 

 B1455SRBであれば、先頭のBはB線(中野方面):Sは営団車:Rは快速:末尾のBは浦安停車。

快速C(浦安から各駅停車:平日朝)

 平日朝のB線に大手町行が1本だったでしょうか? 要は営団車ですのでSRC。

 浦安から各駅停車(今の通勤快速)。 高校在学中の中間テスト・期末テスト時の御用達電車。 南砂町に快速が停車するなんて画期的でした。

※このころの朝の国鉄三鷹電車区から出区の国鉄車の大半は快速で、中には三鷹発、東西線経由、総武線直通快速津田沼行も。 13Kが各駅停車行徳行(妙典はありませんでした)だったと思います。 同時期の総武・中央緩行線と中央快速線の運用番号の記号は、A(西ミツ:中央快速)・B(西カノ:総武中央緩行)・C(千ツヌ:総武中央緩行)・H(西ムコ:中央快速)・K(西ミツ:営団直通車)・S(営団車)・T(西トタ:中央快速)。 

 

wikiにA快速・B快速・C快速と表記していますが間違えでしょ。 それっていつぞや(205系運用開始後?)の阪和線でしょ!!

 

 

東武伊勢崎線に準急A・準急Bがありましたね。

「じゅんきゅうーー、  いせさきゆきです。

 きたせんじゅまでかくえきにとまります。

 きたせんじゅからは、  にしあらい、そうか、こしがや、せんげんだい、かすかべ、とうぶどうぶつこうえん。

 くき、かぞ、はにゅう、たてばやし、あしかがし、おおた。

 おおたから、しゅうてんいせさきまでのかくえきにとまります。」

なんてアナウンス。 ちなみに準急Aです。 1時間に1本で浅草15時までだったでしょうか。 いやあ乗ってみたかったです。 

残念ながら伊勢崎線の東武動物公園から先に初めて乗ったのは2年前でしょうか。  旧無線機のゾーンでは”伊北野”になります。 もうひとつ”伊南日”というゾーンがありました。 この文字の並びを解明できた貴殿は通です。 

ヒント:当時の特急(DRC)けごん・きぬ、快速急行だいや、準急東武日光・・新鹿沼・東武宇都宮・新栃木・幸手行などは無線切換が不要ということになります。

 

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