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安部恭弘 : コ―リング・ユー

2016-02-19 06:36:27 | 日記


安部 恭弘(あべ やすひろ、1956年1月13日 - )は、日本の歌手、作曲家、音楽プロデューサー。

東京都文京区出身。早稲田大学理工学部建築学科卒業。

建築設計士の家庭に生まれる。自身もかなり真剣に建築設計士の道を目指しており、大学も建築設計科を選択していた。また、大学時代には家庭教師をしており、その教え子の一人が野々村真だった。

一方、高校時代に音楽に目覚め、大学時代より本格的にアマチュア音楽活動を始める。大瀧詠一は大学の先輩である。

早稲田大内の軽音楽サークルには傾向の合うものがなかったため参加せず、銀座のライブスポットで演奏をしていた他大学のサークルやアマチュアバンドに接触。その中で慶應義塾大学のサークルで活動していた杉真理、竹内まりやらと出会う。

音楽のジャンルではボサノヴァが好きで、初期にはボサノヴァのリズムをベースにした曲ばかり作曲していたため、「ボサアベ」というあだ名をつけられた。後年の稲垣潤一への代表的提供曲『ロング・バージョン』のリズムもやはりボサノヴァである。

大学在学中に、杉真理のバンド「リアルマッコイズ」の活動に参加。リアルマッコイズはやがて「杉真理&レッドストライプス」としてメジャーデビューを果たし、2枚のアルバムを発表するが、ヒットに恵まれず、杉の急病に伴い事実上の解散(後に杉のライブにて限定復活をしている)。

その後、ソロで出場した1977年のヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)第14回大会ではつま恋本選会まで進んだが、受賞は逃した。

大学卒業後、大手ゼネコンに就職するが、音楽が忘れられず意を決して退職。しばらくの間はディレクターやスタジオミュージシャンとして、スタジオレコーディングを手掛けたり、他アーティストのライブにコーラスとして参加しつつ、クリスタルキング、大橋純子、竹内まりや、稲垣潤一等への作曲提供をしていた。

ポプコンやレッドストライプスでの挫折から、当初は作曲家・スタジオミュージシャンとしての活動に専念し、ソロアーティストとしての活動には消極的だったが、1981年の寺尾聰の「ルビーの指環」の大ヒットに触発されてデビューを決意した。

ステージ・パフォーマーとしてはギター、キーボードなどのプレイを披露。特に小田和正のソロ初期のステージにおけるギタリストぶりは印象深い。これはかねてより小田と親交があっただけでなく、「リードが弾けてコーラスがとれるギタリスト(ついでに、キーボードもできれば尚可)」という小田サイドの意向が大きかったと言われている。

現在は、ライブを中心とした活動を行っている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


♪安部恭弘 : コ―リング・ユー

作詞:田久保真見  
作曲:安部恭弘
編曲:清水信之

今日もまた会えないね 仕事に追われてる
「5分だけ会いに来て」 消えそうなつぶやき
守れない 約束を 増やしてばかりだね

心はドアをすり抜けてく 君の部屋へと
見えない腕がいつも君を抱きしめてる
淋しさも切なさも 二人のものだよ

オフィスから君も今帰ったばかりだね
切らないで その部屋が温かくなるまで

一人で生きた時間よりも長い時を
僕ら二人で生きてくこと 忘れないで

月曜の真夜中に君の声を聞く・・

「ごめんね」と言わないで 尚更気にかかる

心はドアをすり抜けてく 君の許へと
見えない腕がいつも君を抱きしめてる
何度でも囁くよ 君を愛してる

何度でも囁くよ 君を愛してる


https://www.youtube.com/watch?v=7M4x4LB4bV0
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