観劇日記

芝居(主にシェイクスピア)の感想を綴る。個人的な記録、見る予定のない人への紹介、すでに見た人へは一つの意見として。

「間違いの喜劇」

2016-09-18 23:54:52 | Weblog
9月8日あうるすぽっとで、シェイクスピア作「間違いの喜劇」をみた(翻訳・演出:河合祥一郎)。

シラキュースの町でイージオンという商人が捕らえられ、処刑されるという日、公爵は彼の身の上話を聞く。
彼は妻と双子の息子たち(ややこしいが二人共同じアンティフォラスという名前)がいた。息子たちと同じ日に、やはり双子の兄弟が生まれたが、
その両親が貧しかったので、彼はその二人の赤ん坊を息子たちの召使にと買い取った。その後船が難破し、妻は長男と召使の長男と共に流され、
彼は次男と召使の次男と共に流され、別れ別れになってしまう。次男は18歳になると、兄を探したいと言うので、召使の次男を従者につけて
旅に出し、彼自身もまた旅に出た。ところがシラキュースの商人の入国を厳禁するエフェソスの地で逮捕されてしまったというのである。
この話を聴いて同情した公爵は、死刑までに一日の猶予を与える。
その頃次男とその従者も偶然エフェソスに着いていた。ところが何と、この地で長男が結婚して暮らしていたため、そしてどちらの双子も顔が
そっくりだったため、次々とおかしな混乱と騒動が起きる。次男は着いたばかりの土地で、まだ独身なのに「奥さんが家で待っている」と
言われたり、挙句、実際に妻と名乗るエイドリアーナがやって来て彼を強引に拉致(!)したり・・・。

ヴィオラ・ダ・ガンバの生演奏付き。
冒頭、ヴィオラダガンバの演奏が続き、役者が一人また一人と客席から舞台に上がり、奏者を囲む。
もちろん台本にはない。一体何が起こるのかなあ、と不思議に思っていると、演奏が終わり、役者たちは普通に拍手して散ってゆき、
奏者は所定の(下手の)位置につき、やおら芝居が始まる。
その一連の流れがぎこちないこと甚だしい。ここで早くもがっかり。

舞台装置は面白い。狭い舞台を工夫を凝らして場面転換していた(美術:平山正太郎)。
見知らぬ町シラキュース(シラクサ)に着いてみると、人々がなぜか皆、自分をよく知っているかのように親しげに挨拶してくる・・・という
くだりで、実際に町の色々な職業・身分の男女が会釈しながら通り過ぎるのが楽しい。

アンティフォラスという同じ名前の二人の兄弟を、一人の役者が演じる。
実は評者はすっかり騙された。すごく似ているなあ、とは思ったが。
カーテンコールでやっと気がつく有様。ちょっとくやしい。
ラストの場面は二人同時に舞台にいないといけないので不可能だと思ったが、同じ格好をした別の役者を後ろ向きに使ってうまく処理していた。
なるほど、その手があったか。してやられた。
こういうことは他の芝居でも時々見られる。
たとえば蜷川さんは、「ペリクリーズ」と「冬物語」で田中裕子に母と娘の二役をやらせたが、やはり終幕で二人同時に出ていないといけないので、
工夫を凝らしていたっけ。

ドローミオ兄弟役の梶原航と寺内淳志、そしてアンティフォラス兄弟役の高橋洋介が好演。
女優陣が頼りない。ただ娼婦役のクリスタル真希は声もよく、なかなかの好演。

2時間で終わったが、退屈なところも多く、芝居として少々たるみが感じられた。
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