アルバニトハルネ紀年図書館

アルバニトハルネ紀年図書館は、漫画を無限に所蔵できる夢の図書館です。司書のWrlzは切手収集が趣味です。

『いとしのニーナ』第4巻(完結)/いくえみ綾

2011-09-23 | 少女漫画
 
にほんブログ村 漫画ブログ コミックス感想へ


とりあえず 今 俺らって
切迫した問題もなく
ゆるーく幸せな?
こんなのもいいな?

(外山厚志)


 最終巻まで購入して読了。突き刺さるようでもあり、深く染み込んでくるようでもありながら、同時に滑稽さも楽しめる作品だった。第3巻の記事は書いていないけど、第1巻・第2巻に関する感想は→こちら

 牛島の弟の、小学生らしからぬ言葉を聞いて、ニーナは「ぶちキレる」が、厚志は、世の中は被害者と加害者が重複しあってできているのだと考え込む。おそらく実際に拉致されたニーナの言い分は、「被害者である時点で、報復も含めた己の行為は全て正当化される」という物。しかし厚志には、誰もがある部分では加害者であり、別の面では被害者であるように見える。それでも、厚志は己をも被害者に分類する自分のことは許せない。

 己をブタだと貶めてハンバーガーをむさぼるマサと、己を汚い豚だと言った牛島とが、厚志の内で重なる。そして厚志は、牛島も根本の部分では自分やマサと同じなのではないかと自問する。「行為」が伴うか否か、その度合いの違いだけで、「ニーナに焦(こ)がれてる」という部分で三人は同じかもしれないと。

 「フツー」という世の中で最大の価値は、簡単に失われてしまうことがあるが、奇跡など存在しないこの世に於いては、人は常に「フツー」を追い求める。きっとこの結末の受け取り方は、人によって大きく異なる。何かや誰かを、善と悪とに、幸と不幸とに、幼稚で単純な分類をしないためにも「フツー」という言葉が存在するのだと、私は思う。
「………どれも違うかな…」と言いながら伏し目で髪を後ろに払ったニーナが、私には怖いほど綺麗に見えた。その後、厚志が年齢を偽って参加した合コンで再会したニーナは、驚くほど「フツー」に見えた。


お薦め度:★★★★☆

 この漫画は、定義の存在しない「フツー」という言葉や状態の意味を、三人三様の視点から見事に掘り下げている。牛島もマサもニーナも、明らかに「フツー」ではない(なかった)が、他者の目には「フツー」に映る厚志が最も「フツー」の意味に悩む。そして明確な結論を下さないことで、かえって「フツー」という概念を、重々しくも軽快にも、えぐり出している。
「キモい」という形容や、「シネ(死ね)」という罵りも、「語彙(ごい)が乏しい」と切り捨ててしまうのは簡単だ。しかし、「このような経緯があり、このような感情の吐露としてこの人物は『キモい』と言った」と、その背景を丹念に描くことによって、「その言葉の意味」を感じさせてくれる。それは間違いなくこの漫画の「面白さ」の一つだ。見方によっては、この漫画は物語とは別に、1巻ごとに一つの言葉の、一つの核心をさりげなくついている。
第1巻では「キモい」(主にニーナが多用)、第2巻では「うざい」(厚志)、第3巻では「ムカつく」(牛島)、そして最後の第4巻で「フツー」(全員)という言葉の意味を掘り下げる構成にもなっている。私がここに書いている「面白い」というのもありきたりな称賛の言葉に過ぎないが、こういう「面白さ」を感じさせてくれる漫画は、本当に「面白い」のだ。



にほんブログ村 漫画ブログ コミックス感想へ
にほんブログ村 トラコミュ 漫画、マンガ、まんが、コミックへ
漫画、マンガ、まんが、コミック
にほんブログ村 トラコミュ 少女マンガへ
少女マンガ

【検索用】いとしのニーナ いくえみ綾 4
『マンガ』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『花とゆめ』2011年20号 | トップ | 『ビッグコミック』2011年19号 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

あわせて読む

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。