アルバニトハルネ紀年図書館

アルバニトハルネ紀年図書館は、漫画を無限に所蔵できる夢の図書館です。司書のWrlzは切手収集が趣味です。

『超人ロック 嗤う男』第4巻(完結)/聖悠紀

2012-01-28 | 青年漫画
 
にほんブログ村 漫画ブログ コミックス感想へ


やれやれ
いいかガービッツ
世の中は変化していくんだ
エア・バイクレースも
まっとうなスポーツとして生まれ変わるんだよ

(ウーツェイからガービッツへ)


 聖悠紀は素晴らしいストーリーテラーだ!と改めて感激させられる一方、題名の「嗤(わら)う」を軸に解釈すると、皮肉と取れる部分は相当きつい。「時代は変わる」とうそぶいて、変革をもたらすふりをする行為の「ウソ」を暴く、痛烈な皮肉になっている。制度に対する失望と呼んでも良いかもしれない。独裁者を倒してもその場しのぎにしかならないし、民主主義は理想のシステムではなく欠陥だらけだ。もしもガービッツが21世紀の現代に生きていたら、中東の「アラブの春」もミャンマーの「民主化」も、全て茶番だと嗤うに違いない。

 作中のエア・バイクレースが、支配者と奴隷だけで成る世界の縮図だとしたら、ウーツェイは辺境を統べる君主で、ガービッツが隙あらばその地位を乗っ取ろうとしている。スポンサーのアマダは、疲弊した辺境を弄び蹂躙(じゅうりん)する。
 ヴァン・ベイルが星間犯罪を告発したことにより、最初の経営者は起訴され、資産も凍結される。新たな運営者として君臨したガービッツも、惑星の法律ではなく星区(セクター)の法律で捕らえられ、全ての権利がヴァン・ベイルに戻る。
 ロックの変身に注目すると、彼がセテ・マイノックとして成したことは、銀河連邦という体制が崩壊することの阻止(=エスパーコントローラーの封印)だけで、それ以外はヴァン・ベイルの姿で成している。破壊に「良い破壊」も「悪い破壊」もないけれど、敢えて分類すれば、セテ・マイノックがやったのは「維持するための破壊」で、ヴァン・ベイルがやったのは「変えるための破壊」になる。

 刑の執行前にガービッツが嗤(わら)ったのは、形だけの「変革」を行って、「管理」を「合議」と言い換えたり、「奴隷制度」の表面だけを壊しても、世の中の本質は変わらないという意味だろう。世界は常に、勝者と敗者がいて、富める者と貧しい者で構成されており、中央と辺境との格差をなくすことは不可能だ。それでも、レディGとして再来したミリアムが、ヴァン・ベイルの契約書を破り捨てたように、希望は存在する。
 印象的なのは、『アストロレース』に於けるイライザ・シムノン同様、正体を知られたヴァン・ベイルも、「カメラ」に記録されなかった所。この世に希望が存在するという物証(=記録)はないが、それでも希望は存在すると思える箇所だ。

 こうなふうに、「嗤う」をキーワードに勝手な解釈も楽しめながら、ヴァン・ベイルがウーツェイやガービッツを相手に、まるで詐欺みたいなことをやらかす終盤の展開が痛快。「人類には絶望したよ」という切り口で物語を進めても、最後に「希望」を描いてくれる。そこが聖悠紀というストーリーテラーの、そして『超人ロック』という大作の、最大の魅力だ。
 ロックは最後に、ミリアムと一度だけ「正々堂々」と勝負をしてくれたレーサーとして、彼女の心に刻まれて、消息を絶つ。女神(ディーバ)であるミリアムに、永遠の片想いをさせてしまったかのようなラストは最高だ。



お薦め度:★★★★★


にほんブログ村 漫画ブログ コミックス感想へ
にほんブログ村 トラコミュ 漫画、マンガ、まんが、コミックへ
漫画、マンガ、まんが、コミック
にほんブログ村 トラコミュ 青年マンガへ
青年マンガ

【検索用】超人ロック嗤う男 聖悠紀 4
『マンガ』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『さよならチョコレート』/音... | トップ | 耳紙を残す »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

あわせて読む

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。