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『惑星のさみだれ』第7巻/水上悟志

2011-09-04 | 青年漫画
 
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あの子達から見たらぼくは多分
…大人に見えてるんだ

(雨宮夕日)


 この既に完結している漫画は、私は今年になってからお財布と相談しながらちまちまと買い続け、ようやく第7巻まで揃いました。この巻の副題は「子供」。表紙に描かれている通り、「子供」とは雪待と昴と太陽のこと。ただし、良き師に恵まれ健やかに育った雪待と昴の二人と、生きる喜びを知らない太陽なので、「子供」といっても大きく意味が異なる。

 そんな太陽も、誰かと一緒に食事をしたことで初めて「うまい」と感じることができ、今はラーメン屋の常連になっている。その晩は夕日と雪待と一緒になり、ラーメンを食べながら世間話をした太陽は、夕日や雪待が騎士契約の願い事を何に使ったのか尋ねる。夕日は、自分にとって東雲さんが大人に見えたように、彼らには自分が大人に見えているのだと、「かっこつけなきゃ」ならないと本当のことを言う。
雪待と昴が、互いにナイショで互いの幸せを、騎士契約の願い事として使用していたのには真実心があたたまる。カジキマグロの騎士であった「師匠」は、最後の弟子に知識だけでなく、本当に多くを教えてくれていた。

 「強い方に付こう」と言ったロキに何となく賛同していた太陽は、11体目と入れ替わったことにより、徐々に心が変化していく。山で見た満天の星空は、太陽に「世界の素晴らしさ」を一つ教えてくれた。そして数で押される10体目の群れとの戦いの中で、太陽はついに「世界の破滅」ではない望みを持つようになる。傍観者であったロキも、自分は騎士の味方であると初めて本心を告げ泣いてくれる。
「子供だものなァ 未来が欲しいに決まっておろうにな」



お薦め度:★★★★☆

 子供が「生きたい」と望み、未来に「望み」を持てる。そんな当たり前の感情を持てない子供に、知識としてではなく大人が「楽しく生きている姿」を示す。それは東雲半月が語った「大人が笑うのは~」という持論のように抽象的で、恥ずかしい物でもあるけれど、大人に求められている物だと描かれていて、私もそう思う。まだ結末を読んでいないけど、「物語」が持つ力を感じる。
例えば「前向きに生きなさい」と明文化している法律は存在しないし、悲観的であることはその子の自由なので別に犯罪ではない。それは良識や倫理の問題であって、少なくとも子供の前で大人は「世界が滅びれば良い」と嘆くべきではない。

 ふと自分の子供時代を振り返ってみると、当時は1980年代で、小学生だった私はノストラダムスの詩を誤訳した「1999年に世界が滅びる」というインチキ予言を少しだけ信じていた。それはビスケットハンマーのように目に見える物ではなく、そもそもウソだったわけだけど、小学生だった私は「あと15年で世界が滅びるのはイヤだ」と感じられた。同じウソの情報に触れて、「それならこの世界など早く滅びてしまえ」と感じた子供も当時はいたはずだ。「世界の滅亡はイヤだなあ」と、当たり前の感情を自分が抱けたのは、「周りの大人」のおかげだったのだろうと、今は思う。
ウソに騙されていたという点では、ハレー彗星を怖がった昔の人を笑えない愚かさだけど。


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