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『ベリー ダイナマイト』を熱く語ってみた

2011-08-13 | 読書

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 たまには頭を使って、評論めいたブログを書いてみる。

 中原アヤの『ベリー ダイナマイト』という漫画は、私にとっては世紀の名作である。打ち切られたのかと勘繰(かんぐ)ってしまうような慌ただしい完結をしたが、それでも私にとっては大傑作だ。
 ただし、こういう「特定の作品との運命の出会い」と呼ばれる物は、人それぞれにあるので、この文章は、最近の私の場合はそれが『ベリー ダイナマイト』だったという一例に過ぎない。時期や世代が違えば例えば赤塚不二夫の作品の中にそういう「運命の一冊」があったと想像できるし、百人-ish(後述)が百の属性を持つように人は「百人百様」の違った作品と運命的な出会いをするのだと思う。中原アヤの作品を、歴史に名を刻んだ赤塚不二夫と同じ次元で論じるのは過大評価だが、私が書きたい内容の方向性はそれに近い。
また、「イエス(yes)」という私の好きなロックバンドがあるが、私は過去に何かの音楽評論で「1960年代の閉塞したロックシーンに"YES"というあっけらかんとした明るさを…」というような絶賛の一文を目にしたことがあり、そのことも思い起こさせる。

 『ベリー ダイナマイト』は、少女漫画であると同時にコメディでもある。コメディの手法としては、「世の中の理不尽さを笑い飛ばす」という古典的な物だ。似たような手法で読者を幸せにする作品は漫画に限らず、世の中に数多く存在する。それでもこの漫画が私にとって名作であるのは、作者の「センス、表現の手法」が読者の一人である私の「好み」とぴたりと符合したからであって、私と同じような理由でこの作品を気に入る人は少ないかもしれない。
 この漫画の中で、主人公の天音麻衣と美空くるみが組むアイドルユニット「STAR BERRY」は、様々な理不尽に遭遇する。百人-ishは最初、二人にとっての「理不尽」の象徴として登場する。連載開始直後(平成21年6月から7月頃)に、私が最も衝撃を受けたのが、二人が「カメラの前で犬のエサを食べる」という屈辱を味わうくだりだ。そこを読んで違った感想を持つ人もいると思うが、私は笑顔でドッグフードを喰らった天音麻衣に一瞬にして恋に落ち、日々の疲れなど全て吹き飛ぶほどの元気をもらい、自分の価値観が、良いほうへ大きく揺らいだ。大げさに言えば考え方が変わって、この時を境に何かに対して「腹を立てる」ことが、極端に減った。

 腹を立てないのが良いことなのかという点には賛否両論あり、「怒らない」というのは場合によっては「物事を真剣に考えていない」のと同義でもある。ここでは、日常に於いて不快な思いをすることが減るという利点を以てそれを正当化しておく。
もちろん私は自分が殴られたり何かを盗まれたりすれば腹を立てるし、身内や親しい人が亡くなれば当然悲しむ。しかし、何らかの理不尽が自分に降り掛かっても、その害が自分一人にしか及ばず、自分や他人の生命や財産を脅(おびや)かさない程度の物であれば、それに対して腹を立てる必要はない。『ベリー ダイナマイト』を読んだのを境に、そう「感じる」ように私はなった。

 ところが、上述の「腹を立てなければ怒りを覚えずに済む」というのは「理屈」に過ぎない。ヒトの感情は理屈では説明できず、機械のように物理法則で制御できる物ではない。だから私はそのように「感じる」ようになったと書いた。
そして理屈で説明できない「何か」を感じさせ、納得させてくれる媒体の一つが「創作物」である。詩や小説や音楽などと同様に、「漫画」という表現がこの世には存在し、時として抜きん出て優れた漫画作品が生み出される。私は『ベリー ダイナマイト』がきっかけで中原アヤの既刊を全て買い揃え、登場人物の魅力もさることながら、全ての作品の根底に「肯定」という大きな物の存在を感じた。
世界や人に対する感情は、強引に単純化すれば「肯定」か「否定」かのどちらかに分類が可能だ。人間関係や恋愛に於いて、相手を好いたり愛せばそれは肯定であり、嫌ったり憎めば否定と言い換えられる。愛憎が入り交じっていて単純化できない感情に関しては、単純化させないまま持て余すか、敢えて単純化するという二つの選択肢がある。中原アヤは作品世界に於いて、おそらく後者の選択肢を意図的に描いている。

 「この世界は素晴らしく、私は誰かや何かを愛することはあっても憎みはしない」と全てを肯定できる人間など、まず現実には存在しない。しかし漫画の中では、人も世の中も何もかもを最終的に肯定する世界を、説得力を以て描ける作家がいて、『ベリー ダイナマイト』を描いた中原アヤもそういう存在に極めて近い漫画家の一人だと私は思う。

 『ベリー ダイナマイト』の主人公・天音麻衣は、一人の女性であると同時にアイドルを職業としている。一人の女性として世の中の醜さに嫌というほど翻弄されながら、水無月詩史という男性との恋を成就させる。作中で天音麻衣が現実の辛酸を嘗(な)め、世界に対して否定の感情を抱くこともありながら、アイドルとしてはファンの理想という「肯定の存在」であり続けるので、『ベリー ダイナマイト』は私の中では永遠の名作なのだ。

 「オレは天音麻衣が大すきだ!」という感情を、理詰めで書くとこういう文章になる。


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