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『超人ロック ニルヴァーナ』第4巻(完結)/聖悠紀

2010-12-06 | 青年漫画
 
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君を転向させるためには
ミラ ファニールが不可欠と思ったのだが
どうもそれが失敗の
原因だったようだ

(カムジンの台詞)



完結しました。帯に「新作」の予告がなければ、(『嗤う男』の連載が続いているのでそれは有り得ないけど)、聖悠紀はこの『ニルヴァーナ』を最後に『超人ロック』を描くのを辞めるのかもしれないと一瞬思わされてしまうような、印象的で感動させられる最終巻でした。


世の中の停滞や閉塞感は「暴力革命」を正当化し、「今」を維持することが悪なのだと人々に信じ込ませることがあるが、聖悠紀はそれを誤りだとこの最終巻で断言している。


国(=銀河連邦)が衰退し、争いごとに疲弊して人々が飢えればそれは暴動を引き起こすか、そのまま国(=人類)を滅亡させる。それを回避するために「秩序」を破壊して新世界を創造しようという愚行が「革命」だ。
千数百年前にニケを使ってロック・リヴィングストンに復讐しようとしたビクトル・ストロハイムは、テロリストを「ゲリラ」と呼び、彼らには「信念」があると錯覚した。レナード・フリーマンはカル・ダームIII世の治世に人類は「緩慢な死」に向かっていると説いたが、銀河帝国の崩壊は更なる混乱と殺戮を招いた。

カムジンの正体・本質はレーニンや毛沢東のような「悪のカリスマ」で、作中で抽象化されている「ニルヴァーナ」は革命を正当化するための「教義」のような物かもしれない。
革命思想を礼賛し信奉することと、邪教の教義を盲信することには、多くの共通点がある。
また、共産主義も宗教も、人類の「不幸」を苗床に誕生し、初期の段階では人を「救う」ことを目的としながらも、やがて凶悪な洗脳用プログラムにその姿を変える。
カル・ダームIII世(書を守る者)によって時間庫に組み込まれたカムジンは、「神の目」を以て時空を超越し過去の記録に触れ、やがて自分の「使命」と、それを果たすための「神の手」を見付ける。

しかし「信仰」と「信念」との間には決して交わることのない隔たりと違いがある。前者は自己を正当化する所から出発し、掲げた「理想」のために他者を殺すが、後者は自己を正当化しないという謙虚さを起点とする。
ロックが「創造者」を自称していたラヴェンドラに最後のニルヴァーナを「創って」くれないかと頼んだ時、人類は「管理」を伴う継続的な進化か、「衰退」を自覚する謙虚さかの選択を迫られたのだと思う。


最後まで「転向」しなかったジェイン・ドレイク提督を説得するためにロックは己の過去を彼女に見せる。
それは太陽系連合の圧政からロンウォールを救うためにリヴィングストン将軍として破壊の先鋒になったことへの猛省から始まり、探査船が「トア」を発見した時の感動、「行動」すると言った、後の初代皇帝ナガトとの会話と続き、汎銀河戦争の記憶で締めくくられる。
彼のような恐ろしいほどの信念を持つことはできないが、近づくことはできるかもしれないと、ドレイクは連邦軍残存艦隊の射程に入る前に先方の司令官に向けて、話し合いたいと通信を送る。

そしてロックは壊さなかった船を兵站屋のジッツォに返し、彼でなくては言い切ることのできない「希望の言葉」を言う。


第3巻の記事では「過去作品を知らないほうが先入観なしに楽しめるかもしれない」と書いたけど、この感動はこれまでの全作品を読んでいないと味わえないかもしれない。


お薦め度:★★★★★



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