イエスの父からの愛のメッセージ

真夜中に「書きなさい」の声で届けられたメッセージ。無宗教の者に届けられる、愛とはなにか、を多方面から知ることが出来ます。

177. 死について(1) 死のプロセスと・・・その決め方について申しましょう

2016-12-27 19:36:05 | 自己啓発

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は死についてです。
Fatherからの死についての説明は、大きな価値あるもの、素晴らしいプレゼントのようなものと感じ、
ここにご紹介できますのをとても嬉しく思います。


「なぜ死は決して怖れるものではないのか」が繰り返し読んでいくと分かってまいります。これまでの概念が正され、
死と生との意味と目的がしっかり見えてくるようです。

生きる上で、大きな勇気と力をいただけるように思います。

 

これを含めてこれから3回、ごゆっくり、時間をかけてお読みいただけますよう願っております。

何回も、折にふれお読みいただき、心に思い起こすことで、あなた様ご自身の人生の出来事、あり様をより深く理解し、
歓びをもたらすものとなりますように。

次回はこの続きです。またのお越しをお待ちしております。
ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

死について・・・死のプロセスと・・・その決め方について申しましょう。

 

死とは・・・移行することです。

そちらからこちらに戻ることであります。

しかし・・・それは単に・・・還る・・・移行する・・・場所を移す・・・というだけでなく、もっと深い・・・意味を持ちます。

 

それをこれから話しましょう。

 

死とは・・・一つの大きな・・・区切り・・・いわばある一連の・・・続いてきた様式、存在形態から・・・

元の・・・元々の・・・存在様式に戻り・・・そして・・・元々の・・・形態に・・・落ち着くまでの・・・

経過、筋道のようなもの・・・をひっくるめたものを指します。

 

私達は・・・この一連の・・・経逸・・・経過の中で、特に・・・気にするもの・・・皆さまが今から・・・

いろいろ心を悩ませ・・・心配されることの中の大きなものであると承知しています。

しかし・・・このプロセスは・・・皆さまが思われ、憂慮されるようなものではないことを、

まず初めにお伝えいたしましょう。

 

死とは・・・一種・・・喜びの・・・行事・・・出来事であるのです。

 

すべての、そちらでのやるべきこと、体験すべきこと・・・などの・・・複雑な・・・一連の・・・体得が終了し、

こちらに戻ってくるという、大切な喜ばしい出来事なのです。

 

そちらからご覧になると・・・

消えて・・・無くなる・・・どこかへ・・・移動して・・・見られなくなる・・・触れることのできない別の何か・・・

得体のしれぬ知らない所へ・・・あるいは、何もなくなって、姿、形がない・・・おかしな・・・別の・・・分からな

い・・・ものに変わってしまう・・・とのような概念をお持ちのようです。

が、それは全くの・・・誤解・・・怖れからくる・・・思い違いにすぎません。

 

死とは・・・ある意味・・・美しい・・・最終のそちらでの・・・しめくくり・・・であります。

そうです・・・美しいのです。

 

「ご遺体が変形し、変態し・・・滅び行くのを・・・美しい・・・と言いますか?」とのご反論があるのを承知で・・・

わたしは・・・敢えて申しましょう。

 

そうです、美しい・・・聖なる・・・清らかな、とも申しても良い・・・

私から見たら・・・変容のプロセスなのです。

 

あの・・・つらい地球上での様々な試練を・・・しっかり生き抜き、還って来る・・・仲間をどんなに・・・

嬉しく歓迎することでしょう。

 

どんなに・・・おつらいことがあったろうかと察し・・・私たちからのねぎらい・・・が待っているのです。

そうです・・・

待ちわびていた・・・その時が・・・やっと訪れたのですから・・・これは誠に喜ばしいことと・・・

言えることなのであります。

 

あなたは・・・今、そこで・・・身体を持って、今朝はここが少し痛い、腕も少し疲れてきた・・・などと・・・

常に、身体のどこかに痛い、かゆい・・・しんどい等々を感じながら・・・生きておられます。

 

それとも・・・全く関係を持たなくなり・・・

常に快適な美しいエネルギーだけの・・・

波動の動きですべてが表現可能、存在可能な領域での生活が始まるというのは・・・

完璧ともいうべき・・・奪還・・・脱・・・ご苦労・・・苦痛・・・なのです。

 

そして、これから、私達との・・・快適で・・・美しく、優しく・・・そして、

思いやりに満ちた・・・毎日が始まるのです。

それを悲しいと表す・・・ことは決してないでしょう。

そうです、全くのお祝いすべき・・・喜ばしい出来事なのです。

 

ただその移行がどんなものなのか・・・どうなされるのか・・・不明な故に・・・

そして、その前に訪れるかもしれない病・・・への不安が・・・

この美しかるべき一連の出来事を・・・ある種忌まわしいトーンにしているのです。

 

その病とて・・・皆さまが好まれて体験しているのすぎない・・・

本来、喜ばしいものではありますが・・多々、苦痛が伴い・・・

惜別の情・・・遺憾の思いが・・・そこに在る場合がほとんどである故に・・・

死とは・・・避けたい・・・

出来るものなら・・・なるべく遠くへ・・・忘れていたい・・・将来の・・・体験なのでしょう。

 

そこで、次回は・・・このプロセス・・・

そちらからこちらへの移行のプロセスをより詳しくご説明し・・・

準備すべきことがあるとしたら何なのか、

心すべきことがあるとしたら・・・どんなことなのか、について・・・

もう少しく述べましょう。

 

 

 

 

 

 

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