イエスの父からの愛のメッセージ

真夜中に「書きなさい」の声で届けられたメッセージ。無宗教の者に届けられる、愛とはなにか、を多方面から知ることが出来ます。

173. どうして神はお一人お一人の中にいるのか・・・私はどうしてあなたなのか・・・についての言及といたしましょう

2016-11-30 17:13:23 | 自己啓発

こんにちは。今日もよくいらしてくださいました。ありがとうございます。

今回のメッセージは「自分は何者なのか?何のために生きているのか?」を考えるうえで、とても参考になるものです。

ますますの物質主義、経済第一主義の世の趨勢を感じる毎日で、本当に自分を見失いがちです。

あなた様もお忙しい毎日をおすごしでございましょう。

願わくは、ふと立ち止まり、足元を見つめられるきっかけにでもなれば、と思っております。

今日もごゆっくり、一行一行かみしめられて、お読みいただけますように。

 

今回もお出でいただき、感謝申し上げます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

それでは、今日は皆様へのメッセージということにいたしましょう。

私・・・は・・・何故あなたなのか・・・どうして・・・神はお一人お一人の中にいるのか・・・私はどうしてあなたなのか・・・についての言及といたしましょう。

 

 

人は、人として生きるために・・・神という自分の一部を忘れてみましょう・・・
人として・・・変わった・・・変化ある日常を送るためには・・・すべてと結びついた・・・神としてのクォリティーを離れた方が・・・もっと人として生きやすい・・・生きることが可能だろうと考えたわけです。


従って、神である特質は・・・皆さまの心の奥底に沈み・・・滅多に表層には浮かんでこないようにいたしました。

そうです・・・好んでそうしたのであります・・・。

赤ちゃんが赤ちゃんとしてのプロセスをしっかり味合うには・・・大人と・・・赤ちゃんという二つの・・・クォリティーを持たない方が良いのと同じことです。

 


従って・・・今のあなたは・・・ご自分が神であることを・・・お忘れになるという選択をして・・・人としてのクォリティーのみで生きているように・・・いわば、ご自分を錯覚の中に入れ込んでいるとでも申しましょうか。

ある意味・・・あなたはあなたとして・・・純粋に・・・ご自分だけの生き方・・・時の過ごし方・・・ここでの生活の仕方、楽しみ方、苦しみ方、他者とのつながり方・・・自然との関わり方、等々を・・・純粋に・・・ご自分がやりたいように・・・やれるということなのです。



さて・・・しかし・・・神という部分は、それでは・・・いつ・・・戻るのか・・・
いつ、その部分が・・・忘却から蘇り・・・また、特質の一部として・・・働き始めるのか・・・に移りましょう。

 

実は・・・あなたは・・・今でも、神という特質から離れているわけではなく・・・ただ錯覚のような・・・忘却をしたふりをしているにすぎません。

ですから・・・思い出そうとするなら・・・神としての特質で生きようとするなら・・・それは容易に可能ではあります。

 

 

ただ思い出す・・・ただ、認め・・・静かに・・・他の神である・・・私・・・または木々・・・自然、そして地球上にあるすべて・・・人々も含めて・・・をよ~く観察し・・・ご自分がその中でどういう立場であるのか・・・どういう感覚を持つか・・・どういう関係性にあるのか・・・よ~く・・・思い出すのです。

 

人として・・・生きられてこの方・・・いろいろ話され、教えられ・・・常識・・・当たり前・・・真理として・・・受け取ってきたことと多少のずれ・・・乖離・・・食い違い・・・そして違和感をお感じになるはずです。それらは人としての一部分からの発想でしかないからです。

人として・・・あなたは・・・ほんの一部の本質としか・・・結びついていない現実に生きて・・・そこでの真実を・・・すべての真実として捉えているが故に・・・本来の・・・もっと大きな真理・・・天の理・・・法には・・・届かないように仕組まれているのです。

その仕組みとて・・・もうお分かりのようにご自分で作り設けたにすぎませんから、取り払って・・・視野を広げ・・・遠くの真理まで見通そうとお思いならば、それは即刻可能なのです。

そうです、即刻です。

 

あなたには・・・永遠の時と・・・素晴らしい即時性も同時に与えられ・・・
実は、時の流れも・・・この人としての錯覚に組み込まれたものにすぎないからです。

 

あなたが本来の神性を取り戻し・・・時の流れが永遠のものであり・・・それは現象にすぎないことを悟るならば・・・その時の流れとて・・・実は見かけ上のもの・・・現象を創り出す・・・ための・・・からくり・・・工夫・・・舞台装置のようなものであるのに気づかれるでしょう。

 

私はもう一度申しましょう。

 

永遠の時を見通しなさい・・・そして・・・努めなさい・・・この短い人の一生で・・・可能なことは大変限られています・・・従って・・・出来ないことを見つめ、嘆くのではなく・・・この人生に為せること・・・味合えること・・・そして、為すべきこと・・・そして、学び・・・感じ・・・味合うべきこと・・・をしっかり楽しみなさい。

 

そうです、楽しむのです。

 

苦しみは・・・その中から・・・喜びと・・・味合いと・・・感謝と・・・そして学び、成長するためのものです。

苦しみを苦しみとしてのみ捉えず、そこからしか見えないもの、そこからのみ与えられるもの・・・を見つめ・・・味合い・・・感謝するのです。

 

やがて、その苦しみとて・・・短い・・・命であるが故に・・・しっかり去る時期が来るのです。

 

私と共にいなさい・・・。

 

私と同一であるのを思い出しなさい。

 

やがて来る・・・私との再会で・・・

「しまった、そうだった」と思うことのないように・・・今からしっかりそこでの体験を・・・味合うことです・・・神の一部であるのを知りながら・・・・。

 

そうです・・・あなたは私と同様の力をお持ちです。

 

怖れることはありません。

しっかり・・・それを心に留め・・・毎日を生きられますように・・・。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 172. 愛とは何か・・・愛とし... | トップ | 174. 家族は何故家族となるの... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

自己啓発」カテゴリの最新記事