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ローカル・ジャズ・クラブで出逢った『風とともに去りぬ』/最初に聴くべきアート・テイタム

2017-05-15 22:50:22 | 地球おんがく一期一会


ジャズ史上最高のピアニストとして名高いアート・テイタム。ジャズファンに留まらず、音楽ファンなら誰もが知っている神様のような存在と言えるのだが、果たしてどのくらい真剣に聴かれているのだろうかという想いを禁じ得ない。もし、テイタムが「モダン・ジャズではないから,,,」とか「録音が古いから…」といった理由で敬遠されているとしたらとても残念だと思う。

テイタムのもっとも有名なアルバムは最晩年(1956年)に録音した『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』で間違いないと思う。「ジャズ本」でも(おそらくモダンジャズから入りやすいという理由で)必ず取り上げられるこの作品を通して、始めてテイタムの演奏に接した人も多いはず。かくいう私もその1人なのだが、果たしてそれが、テイタムの真価を味わうと言う意味で幸福だったのだろうか? テイタムが1930年代から1940年代にかけて録音した諸作品を聴く都度にそんな想いに駆られる。

つい先日、大宮にある「サコズ・バー」で久しぶりにライブ演奏を楽しんだ。大宮は我が家がある上尾から2駅目だからローカル・ジャズ・クラブといえる。東京都心の敷居が高い、もとい高級なジャズクラブとは違い、こじんまりとしたスペースでジャズを楽しめる。出演は中尾剛也(ギター)、生沼邦夫(ベース)、林伸一郎(ドラム)のトリオにボーカリストの古山祐子が加わったカルテット。ギタートリオがバックのジャズボーカルはなかなか珍しいのではないだろうか。



ちなみにギタリストの中尾さんに始めて出逢ったのは、我が家から徒歩5分で這ってでも辿り着ける超ローカルなジャズ・スポットの「エリントン」。かれこれ10年近く前になるだろうか。ピアニスト酒井順子さんとのデュオは件の箱での初ライブ体験だったわけだが、ドアを開けてお店の中に入ったらなんと私が一番乗りのお客さん。正直焦ったが、「3人だからデュオじゃなくてトリオですね。」と冗談が飛ぶ中でライブが始まったのだった。途中からメートルが上がりきった常連の方が乱入したりと散々な状況にもなったが演奏は素晴らしかった。

この日のサコズ・バーに話を戻す。スタンダードナンバーに中尾さんのオリジナル作品を交えながら、ギタートリオをバックに古山さんのボーカルと寛ぎの時間が過ぎていく。ギタリスト氏の明るくて抱擁力のあるキャラクターに依るところ大なのだが、三位一体となったトリオ演奏も悪くない。後半も残りあと数曲というところで耳に馴染みの曲が飛び込んで来た。この曲は何度も聴いているはずなのに思い出せない。遂にラストの「ナイト・アンド・デイ」まで来てしまった。

ライブが終わってから中尾さんとビールを片手に歓談していて、ふと思い出した。そうだ、件の曲はアート・テイタムが好んで取り上げた「風とともに去りぬ」だった。1930年代の曲で、まさかのテイタムでお馴染みの曲だったことが記憶を呼び覚ましこそすれ、曲名までに辿り着くことを妨げていたと気付く。ちなみに、この曲は映画のサウンドトラックで有名な「タラのテーマ」ではなく、文学の方にインスパイアされた歌曲。ヒットチューンにはならなかったが、テイタム他が取り上げたこともありジャズファンにはお馴染みのナンバーになっている。



帰宅して、本当に久しぶりにテイタムの「風とともに去りぬ」を聴いた。『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』の幕開けもこの曲だ。しかし、何かが違う。ソロでバリバリ弾きまくるテイタムの姿はここになく、印象に残るのはベン・ウェブスターのテンダーネス(優しさ)に溢れたテナー・サックス・ソロ。いみじくも油井正一氏はライナーノーツで「このアルバムは、スローに徹したベン・ウェブスターを収めているところに、絶大な価値がある。」と記している。このことは暗に「アート・テイタムを聴くなら他の作品を薦める。」とも取れる。だが、油井正一は流石というべきか、テイタム目当てにこのレコードを買った人を失望させるようなことは書いていない。

他に聴くべきアルバムがあるということを再認識した上で、私がもっとも愛している『クラシック・アーリー・ソロズ』のCDも聴いた。この作品集は、テイタムが駆け出しのころの1934年から1937年にかけて録音した演奏から20曲(同一曲の別テイクを含む)を厳選したもの。名手ハンク・ジョーンズをして、「ピアニストが3人いるとしか思えない」と言わしめた、テイタムの十八番ともいうべき「タイガー・ラグ」は収録されていない。あえて超有名どころを外した(と思われる)ところに制作者の見識の高さを感じる。テイタムの素晴らしさは超絶テクニックにあるのではなく、超絶テクニックによって表現される楽想の豊かさにあるので。

「ムーン・グロウ」で幕を開ける『クラシック・アーリー・ソロズ』。その目も眩むような超絶技巧を駆使したイントロに聴き手は一瞬たじろいでしまうかも知れない。さて、これからどんな難しい演奏が始まるのだろうかと。しかし、ホンの一瞬、絶妙な間の後でテイタムがにやりと微笑んでみせ、聴き手をハイテンション状態から一気に解放してしまう。テイタムの真髄はこの「ムーングロウ」の演奏に集約されている。「男が女を愛するとき」「ライザ」「スターダスト」「ビューティフル・ラブ」とスタンダードナンバーが続いた後、待望の「風とともに去りぬ」が始まる。やはり、ベン・ウェブスターとの共演盤とは技巧の切れ味も閃きの鋭さもまったく違う。

アート・テイタムは1930年代にデビューを飾ったピアニスト。当時のテイタムの演奏スタイルを野球に例えるなら、剛速球をビシビシ投げ込んで三振の山を気付いた速球派。しかし、球筋は完璧にコントロールされている。アート・テイタムがどんな人だったかは、デューク・エリントン楽団に在籍したレックス・スチュアート著の『ジャズ1930年代』に詳しい。テイタムはピアノを弾いていないときも、彼独自の方法で常に指を動かし続けてトレーニングを怠らなかった努力の人だった。表現したいことが無尽蔵にあったからこそ、徹底的に技巧に磨きを掛けたに違いない。

テイタムに纏わる逸話として、ホロヴィッツ、ラフマニノフ、ルービンシュタインといったクラシック界の巨匠ピアニスト達がその演奏を聴くためにジャズクラブに足を運んだことが挙げられる。このことは、いかにテイタムの技巧が素晴らしかったかを物語る証として受け取られがち。しかし、テクニックに絶対の自信を持つ彼らがわざわざテイタムの演奏を前にして白旗を挙げることはまず考えられない。音楽の中身、すなわち超絶技巧を駆使して表現されるテイタムの豊かな楽想を楽しむために貴重な時間を割いたのではないだろうか。最初にテクニックありきの人ではなかったことは間違いない。

アート・テイタムの演奏でおそらく『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』の次に聴かれているのは、1950年代前半にパブロに録音された『ソロ・マスター・ピーセズ』。剛速球を見せ球として、変化球もまじえた技巧派へと投球スタイルを変えたテイタムも味わい深い。しかし、テイタムは基本的にSPレコードの「3分間芸術」の時代に腕を磨いた人。これからテイタムを聴いてみたいと思っている方には、まずは、『クラシック・アーリー・ソロズ』に代表される1930年代の演奏に圧倒されることを強くオススメしたい。

クラシック・アーリー・ソロズ(1934-1937)
アート・テイタム
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