わまのミュージカルな毎日

主にミュージカルの観劇記を綴っています。リスクマネージャーとしての提言も少しずつ書いています。

そして誰もいなくなった

2003年11月04日 | 観劇記
(06年7月に整理し、掲載したものです)

2003年11月4日ソワレ シアター・アプル8列目かなり下手

アガサ・クリスティーの名作中の名作と言える小説の舞台です。あまりに有名なお話しと思っていましたが、推理小説が好きではない方はご存じないようですね。劇場でも、「誰が犯人?」「このあとどうなるの?」との声が聞こえていましたので、さらっとですがあらすじを書きます。 全3幕、3時間弱の舞台です。

 ある年の夏8月8日に8人の客が島の邸宅に招かれる。迎えたのは召使の老夫婦。島には10人。招待したはずのオーエン夫妻はやってこない。初日の夕食後、レコードに吹き込まれた声によって10人が過去に犯した罪が暴かれる。人々は弁明する。そして、突然、マーストンが死ぬ。翌朝、ロジャース夫人が死んでいることがわかる。残った8人は、二人の死が他殺か否か迷いながら、その死が壁にかけられた「10人のインディアン」の歌詞によく似ていることに気づく。その後次々と人々が死んでいく。最後に、ロンバード、ヴェラが残る。ヴェラはロンバードの持っていた銃を奪い取り、ロンバードを殺す。で、ここから舞台と原作は違います。
 原作は、ヴェラは自殺してしまうのです。というか自殺に導かれます。そして、真犯人の手紙がロンドン警視庁に届いて、真相が解き明かされるのです。
 舞台は、真犯人の元判事ウォーグレイヴがヴェラに真相を話し、ヴェラは呆然としてウォーグレイヴの言うままに、自殺しようとする。そのとき一発の銃声がしてウォーグレイヴが倒れる。そう、ロンバードは死んでいなかったのです。そして、ハッピーエンドとなります。

 配役と簡単な感想を。
山口祐一郎さんがロンバード。二幕最後の「レクイエム」。心に染み入る歌でした。髪型をもう少し考えて欲しいと思いました。

匠ひびきさんがヴェラ。しっかりした女性として描かれているので、所作はとてもきびきびしていてよかったと思います。が、もう少し目と声でも演技をしていって欲しいのです。ちょっと堅かったかな?

沢田亜矢子さんがエミリー・ブレント。独身の老婦人で、潔癖症。罪の意識に皆が迷う中、一人「自分は正しい」と言い張る役。ちょっと嫌な役ですが、とてもさらりとこなしていらっしゃいました。

天田俊明さんがヴォーグレイヴ元判事。勿論私はこの人が犯人だと知っているわけですが、 全然犯人らしくない。長年の判事の貫禄、冷静さが伺えて素晴らしかったです。犯人らしくないからこの作品が面白いんですよね。

今さんはまたあとで。

金田賢一さんがアームストロング医師。何人もの人がこの人物が犯人ではと思うには、ちょっと線が細い気がしました。一度の過ちがあったとはいえ、大成功している医者の風格がもう少し欲しかったかな。

長谷川哲夫さんがマッケンジー退役将軍。自分の妻が不倫していた相手を殺してしまったとしきりに反省する。そして、生きる望みを捨ててしまう役です。3人目の犠牲者なのですが、とても印象に残ります。沢田さんの役と対照的です。

中島ゆたかさんがロジャース夫人。テレビの印象が強いのか、この役にはちょっと合わない印象でした。もっと控えめな印象を原作では持っていましたので。ただ、舞台はラストも違うし、最初の方に死んでしまう役には、原作の数倍のインパクトを与えるような台詞があるようでした。

井上高志さんはブロア元刑事。最後の方まで生き残る役。そのしたたかさが伝わる素晴らしい演技でした。舞台を引き締めていました。が、台詞の言い直しがこの日は目立ちました。
三上直也さんはロジャース。召使役です。妻をなくしたあとの廃人のようになってしまう演技はまあよかったのですが、殺され方が斧で切られるですから、あそこまで弱々しいと、なんだか犯人にあまりにも憎悪が行ってしまうような気がしました。

野本博さんはナラコットという船頭です。最初の方に登場しますが、殺されないです。 この作品の面白さは、事件がおこっている間は誰が犯人なのか全然わからないという点にあります。が、犯人のヴォーグレイヴ元判事はそれを臭わせることを言います。そして、私はこの台詞が好きです。 ブレント婦人が自分の行動は間違っていなかったと言い張り、死んでしまったのは「天罰が下ったのよ。神の裁きです。」というようなことを言います。それに対し元判事は「神はその裁きを人間の手に委ねたのではないだろうか。」と応えるのです。 長年の判事生活で、法律上有罪ではないけれど、道徳的には許されない行為の多さを見てきたのだと思います。勿論、この元判事は異常性格も手伝ってこの犯罪を計画するわけですが、自分の胸に手をあてて、罪を犯していないか、問い直さなければならなくなる作品です。 「オリエント急行殺人事件」と対をなすような作品ですよね。本当にアガサ・クリスティ作品は何度も読みたくなる魅力がたくさん詰まっています。

そして、舞台では、犯人探しは目的ではないと思うんですよね。自分が殺人犯に疑われている。殺されるかもしれない。という極限状態で、人間はその本性をあらわしたり、人間関係の別の面を見つけたりするのです。私は、それが楽しくて推理物の舞台を観ています。 ですから、今回で言えば、長谷川さんや沢田さんの演技は心に残りました。
そして、もう一人心に残った方と言えば、今拓哉さんですね。 今さんに惹かれて観劇したわけですから、まあ、こういう感想かとも思いますが、時には期待はずれだったりもするので・・・

マーストン役と聞いて、「最初に死んでしまう!」と悲しい気持ちになっていました。原作を何度も読んでいるから、また、今さんがなさった役だからということもあるのですが、このマーストンというのはとても重要な役なんですよね。 まあ、色男ですぐ若く美しい女に声をかける、道徳心のない軽い人物として書かれているわけですが、まあ、ここまでかっこいいなら許してしまえます。ロンバードとヴェラは最初からかなり意気投合していたようで、二人だけで舟に乗ってやってくるのです。マーストンは後からやってきますが、ヴェラをすぐに気に入ります。「10人のインディアン」の歌をロンバードがピアノで弾き語り始め、ヴェラも仲良く歌っているところに割り込んで入ってきて、歌います。そして、ヴェラが踊り始めると、マーストンが相手を務めます。ロンバードは寂しそうにピアノを弾き続けています。時々相手が男になっていたりと、とても楽しい雰囲気がここで出来上がっていました。今さんの笑顔が本当に光っていました。そして、マーストンは子供を二人ひき殺した罪を暴かれるわけですが、「あれは事故だった。運が悪かったんだよ、俺は」と言い切ります。他人が「運が悪かったのは子供たちでは?」と言われ、「まあ、そういうこともいえるな。」というような答えしかないのです。 レコードからの告発に皆が動揺し、「一刻も早くこの島から出よう」とパニックになっているのに、「俺はそうは思わない。犯人を捜してからだ。」と声高らかに言い放ち、ウィスキーを飲む。ちょっと咳き込んでそのまま死んでしまいます。 その様子を見ていた人は、「自殺」と考えます。が、こんな人間が自殺をするだろうか?と迷うわけです。殺人の始まりなのか、それとも偶然なのか。人々の心を不安に陥れるのは、今さんの演技、つまりマーストンの明るく、世界は自分のためにあるという態度に掛っているのです。今さんは、本当にそんな感じでマーストンとして生きていらっしゃったと思います。本当に印象的でした。
犯人は、人々の心理状態を先回りして読み取って、殺人の順番も決めているわけです。最初の意外な死、の効果は犯人にとっても、舞台の運びにとってもとても重要だと思います。 というわけで、短い出番か・・・、そして、何だか好きになれない役柄だなぁ、と思いつつ出かけたのですが、何だか今さんの演技力を思い知った舞台となりました。

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