いよいよ京大での集中講義は二日目に入る。ところが叙述は、うってかわって随筆的。タイトルは『京阪電車のこと』。交通の便がいいとはいえない京大の位置から、内田先生は、ご自分が受けた「京大入試」の日を思い出すんだ。
ときは今から三十数年まえ(推定)。京大キャンバスに火炎瓶が飛び交い、入試会場は市内各地にに分散されていた。とある予備校に振り当てられた会場へと、内田少年(笑)は京阪電車で向かおうとするのだったが。運悪く、その日は大雪。電車は遅れに遅れ、やっと乗れたのは満員御礼300%すし詰め殺人オシクラ饅頭状態の電車。当時の内田少年にとっては、グイグイと押付けてくる隣のオバハンのケツは、さぞや刺激的だったことだろう。などと下ネタに、すぐいくよなあ、おれは。
しかし非情にも、雪のために電車は遅れる。こともあろうに、ポイントが凍りついちゃったのだ。300%の乗客はいっせいにブーイングを始めた、かどうかの記述はないが。これが原因で、内田少年は入試会場の予備校に遅れて到着する。というより、「もうそろそろ終わりますかね。ちょっとだけ、そこで待っててやってくださいよ」と、心配顔で迎えに来た保護者にガードマンが話しかけている最中に、やっと到着したみたいなものだった、らしい。
これでは落ちる、天才とうたわれた内田少年だったとはいえ。いくらなんでも激しく揺さぶられた樹からは、サルだって落ちてくる。師走に生き残った蚊が、たやすく打ち落とされるよりも、もっとたやすく、当たり前のようにやっぱり落ちました。その後、少年は東大に合格するのだが。
いま、内田翁(ゴメン)の脳裏に浮かぶのは、あのときに凍りついた線路脇の粗末なポイントだ。それは少年の胸に突き刺さり、思い出すたびに心がざわめいた思い出だ。思春期の失恋体験さながらだな。そして今、翁(ゴメン)はこう思う、「ポイント凍結が人生の岐路、というのがなんとなく気持ちが片づかない。というわけで、それ以後、京阪電車には近づかないようにしているのである」。
そこで問題。
集中講義の二日目として、この随筆は、何を語ろうとしているのだろう?
そこのきみ。「関係ない」??
だったら、そこの妖精ちゃん。「わかんなーい」??
バ、バカ者ぉっ! 「ポイント」が話のポイントなんじゃわい!
だれもが無視して通りすぎていくような、線路脇にポツンと置かれた粗末な機械。内田翁(ゴメン)の華麗な人生物語において、それは「鈍い意味」(バルト)を語るシニフィアンだったのではないか、というわけじゃ。あのときに見た雪の色合い、京都市内の温度、息の白さ、道行く人々の仕草や表情などは、いかに達筆な翁(ゴメン)にしても、とても言語化できない「暗黙知」になっていただろう。
こうして先生の集中講義は三日目、が飛んで、四日目に入るのだった。
ときは今から三十数年まえ(推定)。京大キャンバスに火炎瓶が飛び交い、入試会場は市内各地にに分散されていた。とある予備校に振り当てられた会場へと、内田少年(笑)は京阪電車で向かおうとするのだったが。運悪く、その日は大雪。電車は遅れに遅れ、やっと乗れたのは満員御礼300%すし詰め殺人オシクラ饅頭状態の電車。当時の内田少年にとっては、グイグイと押付けてくる隣のオバハンのケツは、さぞや刺激的だったことだろう。などと下ネタに、すぐいくよなあ、おれは。
しかし非情にも、雪のために電車は遅れる。こともあろうに、ポイントが凍りついちゃったのだ。300%の乗客はいっせいにブーイングを始めた、かどうかの記述はないが。これが原因で、内田少年は入試会場の予備校に遅れて到着する。というより、「もうそろそろ終わりますかね。ちょっとだけ、そこで待っててやってくださいよ」と、心配顔で迎えに来た保護者にガードマンが話しかけている最中に、やっと到着したみたいなものだった、らしい。
これでは落ちる、天才とうたわれた内田少年だったとはいえ。いくらなんでも激しく揺さぶられた樹からは、サルだって落ちてくる。師走に生き残った蚊が、たやすく打ち落とされるよりも、もっとたやすく、当たり前のようにやっぱり落ちました。その後、少年は東大に合格するのだが。
いま、内田翁(ゴメン)の脳裏に浮かぶのは、あのときに凍りついた線路脇の粗末なポイントだ。それは少年の胸に突き刺さり、思い出すたびに心がざわめいた思い出だ。思春期の失恋体験さながらだな。そして今、翁(ゴメン)はこう思う、「ポイント凍結が人生の岐路、というのがなんとなく気持ちが片づかない。というわけで、それ以後、京阪電車には近づかないようにしているのである」。
そこで問題。
集中講義の二日目として、この随筆は、何を語ろうとしているのだろう?
そこのきみ。「関係ない」??
だったら、そこの妖精ちゃん。「わかんなーい」??
バ、バカ者ぉっ! 「ポイント」が話のポイントなんじゃわい!
だれもが無視して通りすぎていくような、線路脇にポツンと置かれた粗末な機械。内田翁(ゴメン)の華麗な人生物語において、それは「鈍い意味」(バルト)を語るシニフィアンだったのではないか、というわけじゃ。あのときに見た雪の色合い、京都市内の温度、息の白さ、道行く人々の仕草や表情などは、いかに達筆な翁(ゴメン)にしても、とても言語化できない「暗黙知」になっていただろう。
こうして先生の集中講義は三日目、が飛んで、四日目に入るのだった。








