水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

中学校訪問

2016年10月14日 | 日々のあれこれ

 

 来年度入試に向けての動きが一気に加速する秋。
 担当する中学校に、資料の配付やご挨拶に回る。営業ですね。
 何年同じところを回るので、少し雰囲気が変わったなとか、この学校はいつも合唱が上手だなとか(合唱コンクールの季節でもある)、よく挨拶してくれるなとか、変化を感じるときもある。
 十数年前に、学校での業者テスト廃禁止、偏差値による指導をひかえるという指導が入って以降、中学校の先生方もいろいろと苦労されていたようだが、このごろは「偏差値を口にできない」的な風潮はなくなってきているようだ。
 進路指導のイニシアチブが塾一辺倒になったことへの反省もあるだろうし、実態とかけ離れた理想論にだけ従っているのでは結局生徒たちに負担をしいるだけと気づいた関係者も多いからだろう。
 今年感じた一番の変化はそれだ。
 偏差値の問題は、通知表の評価の問題とも関わる。
 中学校の学校での成績は、内申点という形で合否判定の重要な資料となるが、学校によってかなり大きな差があると感じられるこの数字が、県立高校の入試では比重が大きすぎないかと思うことはある。
 「絶対評価」は、その理念に従って正しく評価されるのならば、相対評価よりも正しくその人物を反映するものだろう。
 ただ、設けられている評価の観点が、主観が入らざるをえないものである以上、みんなが納得する形にするのは難しい。もし自分がいま中学生だったら、「意欲・関心」の点を上手にとりにいく自信はあるが、やりすぎて自己嫌悪に陥ることもあるかもしれない。
 アピールの得意不得意はある。そこで評価されるのが社会だと言ってしまうのは簡単だが、入試に大きく影響させるのは酷だ。就活ならしかたないが。
 という自分のような考え方は、たぶん世の中的にはマイノリティになりつつあるのかもしれない。
 大学入試でさえ、学問する基礎力より、人間性を重視するという流れなのだから。
 自己アピールが苦手な「まじめ」な子は、ぜひ本校にきてほしいものだ。
 
 
 ~ 「今、私、すっごいジェネレーションギャップを感じました。やっぱ、上田さんて世代がちがいますよね」
 四つしかちがわない阿里の言葉に一郎はきょとんとした。
「なんで」
「私が中三のときでしたけど、それまで相対評価だった内申書の評点が、絶対評価に変わったんですよ。例のあの文科省が唱えている『生きる力』とかなんとかの延長線上なんですど」
「へえ」
「へえってのんきに言いますけど、絶対評価って、早い話が、主観ですよね。入試の選抜資料になる内申点だから、極端な話、担任に嫌われたら高校受験で不利に働く怖さもあるんです。それって、ものすっごいストレスなわけですよ」
「なるほど」
「あれからいやあムードが広がって、いい子を演じなきゃってプレッシャーがかかってきたっていうのかな。みんなの輪から外れちゃいけない、空気を読まなきゃいけない、みたいな流れが加速したのも … 」  (森絵都『みかづき』集英社) ~

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