イヨ、サラバ

大好きなカステラをおなかいっぱい食べられる日まで
〜胃を患ったちびママの記録日記〜

イヨ、サラバ


胃がん闘病記・・・と言うほど重い内容でもないんですが
家族や友人に支えられ、手芸や料理を楽しみながら毎日を過ごしてます。
胃がんをはじめ様々な病気と闘っている方やそのご家族のみならず
今現在健康な方にも読んでいただいて、何か感じてもらえたらいいな、と思います。
どうぞ、よろしく。
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【tikutiku*petite garden】

感想文 *さくらのうた* 子育ては自分育て

2012年11月14日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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2010年のブログ。
「注射とか痛いのは我慢できるけど
 寂しいのは我慢できんもん。だから帰ろうと思った」
年明け早々、涙を流すはなちゃん。
留守家庭保育の玄関が開いていなくて入れなかった時のことである。
私もかつて娘に同じような思いをさせたことがあるのを思い出した。
心の寂しさや痛みを我慢するのは辛い。
まして子供ならなおさら、その不安と恐怖はどれほど大きなものか。
大人の 「ついうっかり」 で
子どもをそんな思いにさせることは避けなければならないと、改め肝に命じる。

ところで、常日頃
「ありがとう」 と 「ごめんなさい」 は素直に言うよう心掛けている私であるが
「ありがとう」 と言われたときに 「どういたしまして」 は言えているだろうか?
その一言があったら相手への思いやりがより伝わるだろう。
はなちゃんに言われて気付くことが多いお父さん。
子供の言葉は素直でストレートであるがゆえに、
知らず知らずのうちに体裁を気にしたり、自分を偽ったりしている大人には
きつい一言だったりする。
子供の言葉は大切に。

この年の秋にお父さんは運命の出会いを果たした。
そのきっかけとなったのが1冊の本、鎌田實さんの 『いいかげんがいい』 。
ここに登場する 「国民的人気歌手」 の木村さんとは
もちろんのあの人のことである。
この本でその国民的人気歌手の母親の子育てについて知ったお父さんは
「この青年を育てた母親の顔が見たい」 という気持ちから
木村まさ子さんと出会うべくして出会った。
私は本の内容もまさ子さんのことも何も知らないが
国民的歌手の見方がちょっと変わった。
知らず嫌いは良くない。
機会があったら本を読んでみよう。


感想文 *さくらのうた* 食を考える~治りたいと思うこと

2012年11月03日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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2009年のブログ。
はなちゃんが小学生になり
給食や留守家庭保育でのおやつに対する疑問が出てきた。
「ポテトチップスを食べると体が強くなる」
えっ、えーっ!?
ポテチが油分と塩分の取り過ぎだってことくらい誰でも知ってるのに
何てことを言うんだろう。
それも行政の指導なのだろうか?

イリコは食べにくくてカルシウムが摂り辛いから学校では牛乳を飲むだとか、
地産地消を唱えつつ
試食会では郷土料理どころか外国の料理を出したりだとか。
「美味しく食べてくれるように
 マヨネーズやケチャップで下味をつけることがポイント」 って。
「味付けを控えめにして素材の味を楽しむ」 のが食育じゃないの?
3年前の話だから今もそんなことを言っていないとは思うけれど
あまりにお粗末過ぎてはなちゃんのお父さんでなくても給食を信頼できなくなる。

きゅうりやキャベツは熱湯消毒で栄養価は無視、
扇風機で冷ます献立は菌が飛ぶからという理由で給食から外された。
食中毒対策で細心の処置を取っているのだろうが、それでいいのだろうか?
茹でたきゅうりなんて食べたくない。
新鮮でシャキシャキなのを食べるからきゅうりの美味しさを味わえるのに。
(‘ちょん’が学校のきゅうりはふにゃふにゃでマズイと言っているのはそのせい?)

「昭和初期の食卓に戻せば二酸化炭素削減や子どものアレルギー、少子化など
 現代社会が抱えている様々な問題が解決する」
新しいものは子供の興味を引くし
ブームとなってたくさんの人が口にするようになる。
でもそれは一時のことだ。
新しいものがダメなのではないが
誰もが子供の頃から親や祖父母に当たり前に教えられてきたことも大切にしたい。

千恵さんは食を改善する代替療法を試みた。
「本当は体は治りたがっている」 「(病気は) 自分で治しなさい」
現実に落胆してばかりいては病気にも悪影響。
何より自分が治りたいと思わなければ。

西洋医学と代替療法を比べてどちらがいいかは誰にも判断できないし
効果は人それぞれ。
ただチャンスがある限り積極的に受け入れて進んでいかなくては。

最後にひとつ。
はなちゃんがピアノの発表会で着た黄色のドレス。
千恵さんが買っておいたそうだ。
ドレスを着るはなちゃんの姿を思い浮かべて選んだであろうそのドレスは
とてもよく似合っていた。


感想文 *さくらのうた* 常にわが身をかえりみて

2012年10月18日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍――――――――――――――――――――――――――――――

旦那さんが見つけた心に残る言葉。

立派すぎないほうがいい
立派すぎることは 長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい

 吉野弘 『祝婚歌』

痛いところをつく言葉である。
分かっているけれどなかなか実践できないのが人間というもの。
しっかり心に留めておきたい。


感想文 *さくらのうた* 子供のたくましさ

2012年10月10日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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千恵さんの最後の書き込みから約1ヶ月、千恵さんは旅立った。
以降は旦那さんの書き込み。

2008年に入ったころから
千恵さんのブログは Whole Food &タカコさんの話題が多くなった。
それがその時最も読者へ伝えたかったことであり
仕事であったからなんだろうけれど。
半面、体の調子や治療についてはあまり触れていない。
「もしかして体調が悪いのでは」 と読みながら感じた。

これは私の予想だが、深刻な状況にあるほど本当のことは話せない気がする。
事実私の場合、病気のレベル・完治度に関して書いたのはつい最近のことだ。
怖いことは安々と口に(文字に)できない、書くことが怖い。
体調や治療について書いているときは
どこか解決できる余裕があるからなんだと思う。
希望を失ったら多分書くことが辛くなるだろう。

千恵さんが亡くなってからのブログはしばらく色のない寂しい風景。
でもはなちゃんとお父さんの絆は一層深まり
寂しいながらも楽しい生活を送っている。
美味しいものを食べ、自然を感じ、人の温もりに感謝しながら、
いつもお母さんのことを思い、祈っている。

「子供は強い」、「子供は前向きだ」
東日本大震災後、子供たちの元気で明るい様子が度々報道され、
子供は大人より強くたくましく前を向いていると感動の言葉がささやかれた。

はなちゃんもお父さんより強く明るくふるまっている。
でもそれはお母さんのことを吹っ切れているわけではない。
「思い出すのはいいけど悲しんだらいかん」
お父さんを励ます言葉がたくさん出てくるが、時々泣くこともある。
「パパが泣いたらはなちゃんもかなしくなる」「パパは100歳まで生きて」
5歳のはなちゃんが頑張っている。

東日本大震災で被災した子供だって同じ、
態度には現さなくてもあの時のことは決して忘れてない。
ストレスに悩み苦しんでいる子供も未だたくさんいる。

大切な人がいなくなったことの悲しみは徐々に落ち着いていくが
寂しさは永遠。
これも私の予想だが、子供は大人に比べて悲しい経験が少ないから
悲しい出来事にいつまでもこだわらず
新しことに進んでいけるのではないだろうか。
大人は悲しいことをたくさん経験しているから
また起こるかもしれない悲しい出来事を想像して
前に進む勇気が出ないのではないだろうか。

でも生きていたら楽しいことはたくさんある。
はなちゃんのお父さんは子育てが一段と好きになったようだ。
三つ編みをしたり、お弁当を作ったり、自然に触れたり、
はなちゃんと共に歩く楽しさが伝わってくる、素敵なパパ。
頭が真っ白になっても、もしかしたらツルピカリンになっても
頑張って長生きして欲しい。

「はなはさくら。さくらは、はな。」 とは旦那さんの言葉。
さくらさん(千恵さん)はいつも二人のそばにいる。

私も改めて食を見直して自然と共に生きたいと思う。
まずは手始めにベランダ菜園、ちょこっと野菜を植えてみた。
それから今日のおやつはすりおろしにんじん入りクッキー。
子供のおやつは、三度の食事で量を食べられない分を補うもの。
改めて、なるべく手作りを心がけよう。
にんじん苦手な‘ぼんこ’がいつかにんじん好きになってくれますように。
イリコや昆布で病気知らずのはなちゃんみたいに元気に育て!

ちなみに、はなちゃんはパパのお弁当が大好き。
お米の中には7人の神さまがいると言って残さず食べる。
私も‘ぼんこ’にそう言って、茶碗のご飯粒を残さず食べさせることにした。


感想文 *さくらのうた* 一応考えて書いてます

2012年10月08日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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口頭 or 文章にかかわらず、発言は発してしまったら取り返しがつかない。
なので、ブログは日記でありながら
何でもかんでも思ったままを感情的に書くことはしないよう心掛けている。
「そんなの日記じゃないじゃん!」 て言われそうだけれど、
別に嘘を書いたり偉そうにしているわけではないので誤解のないように。
なるべく客観的に、間違えのないように、そう、常に配慮が大切である。
「知ったかぶり、偉そうなふり、
 自分本位、わがまま、押し付けがましい、不快にさせる」
時々振り返ってみよう。

あとは愚痴は書かない!
(どうしようもない時はたまに書いてるけど)
愚痴や文句だらけのブログなんて面白くないでしょ?
ブログは楽しく書いて楽しく読みましょう ♪

千恵さんははなちゃんにたくさんのことを教えている。
それは実生活での行いのみならず、食べ物や生き物、社会人としての心構え、
幼児のはなちゃんには難しのでは?と思う方もいるだろうが
子供は余計な知識がないので、新しいことをどんどん吸収していく力がある。
難しくても言葉や状況は記憶に残って
いつか実際に体験した時に理解できるんだと思う。
「裏返しで服を脱いだら裏返しで戻す」
ぷぷっ =33 私も同じなので笑えた。
我が家もお出かけ前の身支度、家事手伝い、どんどんやらせてますよー
でも、歯ぎしりには気を付けよう。
子供のストレス表現なんだそうだ。

食べられることのありがたさは何度も書いているが、
「食べてくれる人が側にいてくれること」 家族がいることは何より幸せ。
美味しいものをいくら食べても、ひとりきりじゃ生きられないから。

「ソファとお友だち」、私も大の仲良し。
そんなだるい生活は辛いけれど
がんになったのが自分で良かったという気持ちには同感。
自分の辛さは自分の頑張り次第で乗り越えられるけれど、
大切な人が苦しんでいる姿を見るのは切なすぎて、自分の無力さが苦しくなる。
第一、うちの旦那がもしがんなんかになったら絶対うろたえると思う。
落ち込んで生きる気力を失いかねない。
やっぱり私で良かったのだ。

そして今日読んだブログ、
「ムスメから、ママ目が黄緑色だよ。だいじょーぶ?、と聞かれました。」 とある。
黄疸、肝機能の低下による症状である。
私はこの黄疸が怖い。
母が亡くなるちょっと前、黄疸が出始めた。
黄疸の治療薬はない、多分。
だから黄疸=覚悟の時が来たと気付く。
どうしようもなく怖い。
この月が千恵さんの最後の書き込みだった。


感想文 *さくらのうた* 愛する命

2012年10月06日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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「神様、あなたがいい子から順番に天国へ連れて行っていることを知っています。
 これから悪いことをたくさんしようと企んでいます。全然いい子じゃない。
 だからどうかどうか連れて行かないで。」
千恵さんの切なる願い、叶えて欲しい。

神さまはあるときは残酷であり、しかし常に誰に対しても平等であると思っている。
命あるものすべてに平等の愛を注いでいる。
その愛は日々の平穏であったり勇気であったり、慈しみであったり、
試練であったり、個々それぞれに形を変えて与えられているんだと思う。
・・・ とか言ってカトリックでもその他の神教でもなんでもないけれど。
でも神さまはいると思う。
根拠はない。
サンタを信じてるのと一緒?
(違うか)
私も千恵さんと同じ思いで願っている。
大切な人を連れて行かれる悲しみは、和らぐことはあっても消えることはない。

でもそのあとに千恵さんは書いている。
「自分の命がすぐに消えてしまったとしてもムスメには私より長く生きていてほしい」
娘たちの命を救えるのなら私の命は消えてもいい。
旅立つ順番は入れ違ってはいけないのだ。

娘を残していく悲しみ、娘の命を救う使命、そのどちらを最後に思うのだろう。
その時には娘たちの 「見逃してきた姿」、もう一度見たい。
「人生経験に一つも無駄はない」、そんな最後でありたい。

ある時期、子供を残して亡くなった女性の話が多いところがある。
そんな中、「正しい?食べ方」 と題した日のはなちゃんの写真。
千恵さんの愛情がいっぱいいっぱいつまっていて、切ない、ただ切ない。
他に言葉が見つからないので、こんなお決まりの言い方しかできないけれど、
愛おしい我が子を残して旅立つのはどれだけ心残りだったことだろう。
切ない、切ない。

ところで、読書好きの千恵さんのブログには色々な本が紹介されている。
以下は「ここ」 という1冊の本に対する千恵さんのコメント。
「子どもがいる人は産まれてきてくれたことに心から感謝するでしょう。
 子どもがいない人は自分のそばにいてくれる大事な人に感謝し
 日々を大事にすることでしょう。
 旦那は妻と子どもに愛情を惜しみなくそそぐでしょう。
 妻は旦那と子どもが安心して暮らせる家を作るように努力するでしょう。
 小さな子どもはその命を生き生きと日々輝かせるでしょう。
 大きな子どもはお父さんとお母さんに心から感謝するでしょう。
 犬は変わらないでしょう。猫も変わらないでしょう。鳥も変わらないでしょう。
 でも飼い主が今まで以上に優しくなったことに気がつくことでしょう。」
こんなことに気付かさせくれる素敵な本は千恵さんのイチオシ。


感想文 *さくらのうた* 財布は寂しくても心は豊かに

2012年10月04日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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お金は還元しなければ生かせないし、棺桶に入れて灰になるんじゃもったいない。
はい、我が家も貯金なし、借金あり。
千恵さんの言う通り、治療代は容赦なく毎月何万円も飛んでいく。
かと言ってその分を補うべく働きに出ることもできず。
(無理すりゃ日に数時間くらい働けないことはないが、気力がついていかない)
だから切り詰めて切り詰めての生活。
娘たちもそれを分かっていてくれるけれど、不自由な思いはさせたくない。
贅沢はさせてあげられないけれど、心が寂しくならないようにしてあげたい。
そのためだったら母は二十うん年前の服着ていようが
かかとがすり減った靴履いていようが、じぇ~んじぇん、気になりませんよー
お金がなくても 「心は幸せ」

ここ1年位買い物は “ネットポイントが溜まったら“ と決めている。
幸運にも数千ポイント溜まった月には
「ポイントいっぱいあるから何か欲しいものある?」 と‘ちょん’に声をかける。
(欲しいもの無限大の‘ぼんこ’は聞かない)
すると 「たまにはお母さん自分で欲しいもの買ったら?お母さんのポイントだし」 と。

泣けますな~

母は欲しいものなんてないからいいのいいの。
でもその言葉が、気持ちがなんとも嬉しい。

中学生になり、どんどん成長していく‘ちょん’。
早ければあと5年もすればお嫁行くなんてこともあったりなかったり!?
(本人 「それはありえない」 と冷静)

そんな未来を楽しみに思ってみたり、
千恵さんみたいに 「もうこれ以上大きくならなくてもいい」 と思ってみたり。
ただ、今の楽しみができるだけ長く続いて欲しい。


感想文 *さくらのうた* がんになったからこそ見える幸せ

2012年10月03日 | ■がんを考える感想文

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33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
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「思い続けていれば願いは叶う」。
私はこれと同じ言葉を20数年前に聞いた。
すごい偶然。
それは専門学校時代の友人が私にかけてくれた言葉。
言われた場所も覚えている。
別に何か悩んでいたとか夢を描いていたとかではなく
非常に子供じみた願望について。
(あまりにこっぱずかしいことなので書かないけれど、恋愛関係ではない)
そんな、本人以外にとってはどうでもいいようなことに彼女がかけてくれた言葉。
それがまた奇跡的にかなったからびっくり!
あの時はドキドキだったな ・・・ ふふっ、それは秘密秘密。
冷静沈着な方だと自負する私が震えるほどドキドキしたのは
あの時と、手術室で看護師さんに肩を抱かれたときの2回だけかも。
この言葉は今も大事に胸にしまっている、ありがとうMちゃん。

千恵さんの言葉。
「今日も無事に過ごすことができ、たくさんの人に支えられてここにいることを実感。
 来年もさ来年もこの月を見ようと思う。
 あなたのお陰でママは人生何倍も得してる、何かひとつやり遂げる毎にそう思う。」
「また来年も運動会で元気に走る姿を見れますように」
「来年の演奏会も素晴らしい演奏を聴けますように」
桜を見られますように、セミの鳴き声を聴けますように、雪を眺められますように
海に一緒に行けますように、誕生日やクリスマスを一緒に過ごせますように
娘たちの笑顔をたくさん見られますように、温かい温もりを感じられますように。
その一日が終わる毎に感謝し、次へ期待を寄せる。
そう、「人生何倍も得」 してる。

健康や愛は、がんのように生死を考える病気にならない限り気付かない。
私もそう思う。
だからと言って気付かないから悪い訳ではなく、仕方のないこと。
気付かないままに一生を終えるのもそれはそれで幸せなのだと思う。
ただ、がんになったからこそ見えてくる幸せもあるということ。


感想文 *さくらのうた* 抱っこ~人生は最後まで悲観しない

2012年10月01日 | ■がんを考える感想文

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33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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残念なこと、抱っこできなくなったこと。
病気発覚当時‘ぼんこ’は3歳、まだ抱っこして欲しい年頃。
私も千恵さんのように 「お腹痛いから抱っこできないの、ごめんね」」 と言った。
‘ぼんこ’は抱っこをせがむこともなく、膝の上に乗るので我慢してくれた。
小さくても伝わるものは伝わる、子供は侮れない。
下手なごまかしや嘘はその一時しか通用しないから
私はなるべく事実を話すようにしている。

そう、私も座ってぎゅ~、してるしてる。
昨日は座っておんぶしたら、嬉しそうにしがみついてきた。
その細く柔らかい体の温もりに安らぎを感じる。
愛情の注ぎ方はどうであれ、気持ちさえこもっていれば伝わるのだ。
出来る範囲で、それでいい。

そして私は今日もぐうたら過ごす。
「 『よかねー、あんたは』 と言われそうな生活 」。
そうです私もこれで幸せ、感謝してマス。

千恵さんは言う、「あなたがそこにいるだけでいい」 と。
「あなたがあきらめたら大切な人も人生の意味を失う。自分を責め苦しむ」
私は母のことを思うと今でも後悔することがたくさんある。
母はあきらめたわけではないけれど、
もっと何かしてあげられたのでは、もっと一緒にいてあげられたのではと思う。
がんは本人も周りの人間もみんな辛い。

「自分の身におきる出来事は最後まで悲観しない」
千恵さんのお父さまの言葉。
忘れないようにしよう。
大切な人を悲しませないためにも。

さてさて、すっかり秋めいて朝晩寒くなってきた今日この頃。
油断して風邪をひかないように気を付けなくては。
でも千恵さんち同様、私も娘たちも風邪を引かなくなったことはありがたい。
インフルの集団感染以外、ここ数年小児科とは縁遠く過ごしている。
これはやはり食生活が変わったお蔭だと思う。
(同じもの食べてるのに旦那だけはなぜか風邪を引くところだけは疑問)


感想文 *さくらのうた* 生きる

2012年09月28日 | ■がんを考える感想文

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33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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「うらやましい」、「家族がいて、仕事もできて、ご飯が食べられて」
いいないいな ・・・
千恵さんは一部の人からそう思われていたらしく
かなりお怒りの様子だった時がある。
「何をどう基準に人を羨ましがるのか理解に苦しむ」、そりゃそうだ。
もし私がそんなこと言われたら 「じゃあ、がんになってみたら?」 と言いたい。
本当に羨ましいんだったら
添加物の入った食品いーっぱい食べて、タバコプカプカ吸って
がんになりゃいいんだ。
そしたらきっと後悔するだろうけど。

私は人を羨ましく思うようなことがあるだろうか?
うーん ・・・ 特にない。
自分の人生に満足しているし、病気になったことは不運だったけれど不幸ではない。

人を羨ましがる人。
羨ましがるというか、発言がいつもネガティブな人がいたなぁ。
「こんなに頑張ってるのに」 度120%って感じに話すんだけれど
それに対してこっちが同感しても意見を言っても返事は 「でも」 「だって」 ばかり。
毎日ごはん食べてお風呂入って、温かい布団で寝て、仕事も収入もあって
全然不幸じゃないじゃん。
世の中にはもっと苦労している人、それでも前向きに生きている人がたくさんいるのに
何甘えたこと言ってんだ、と。

病気でも病気じゃなくても頑張って生きなければ。
どんなに悲劇のヒロインを気取っても、誰もが地球上のちっぽけなひとつの点。
遠くから見たらそんな点がかぞえきれないほどあるだろう。
でもちっぽけでもみんな懸命に生きている。
「思い悩んだらその通りになる」、「死ぬ準備ばかりしている人は本当に死ぬ」
親と国籍は自分で選べないけれど、
生まれたあとのことは自分の力で向かう道を変えることができる。

もし誰かに応援して欲しいなら、倒れて嘆いているよりも這ってでも進んでいかなくちゃ。
頑張っている姿は、同情ではなく感動と勇気をもたらす。

でも、「私頑張ってます」 なんて自分で言っちゃいけない。
「頑張ってる」 なんて言わなくても本当に頑張っている人は見ればわかる。
頑張っている姿は絶対に誰かが見ていてくれるから、前進あるのみ!

「誰か私を必要としてくれている人はいるんだろうか?」
「生きている価値があるんだろうか?」
「生まれてこなきゃ良かった」
「死にたい」
こういうこと言うのが流行なのか、
大人はもとより、思春期の子供のつぶやきやブログによく出てくる言葉。

辛いこと悲しいこと、切なくなること、どうにもならないこと、生きてたら山ほどあるし
行き場のない思いを抱える状況もよくわかる。
そこで気持ちを吐き出したところで楽になるならいい。
けれど、中には明らかに辛い自分に浸ってる?ってのもある。
こんなこと言ったら誰か優しくしてくれるだろうなんて下心ありの不幸気取りは許せない。

「死にたい」???
なんてこと言うんだ!
自分で勝手に生まれてきたわけじゃない、天から授かった命、母が産み出してくれた命。
「何かをする使命が必ずあるはず」、そう、それが生きていく意味。

子供だったら親に叱られて納得いかないこともあるだろう。
私だってそうだった。
でも、誰も自分を愛してくれていないなんて勘違いしちゃいけない。
親が子供を叱るのは子供が大切だから。
大切じゃなきゃ関心なんて持たないし、間違ったことしても注意しないし心配もしない。
納得できないのはただ親の接し方が子供に合わないだけ。
親だって悩んだり考えたりしながら子育てしている、完璧なプロじゃない。
子供には難しいことだけれど
「もし自分が親の立場だったら自分の子供にどう接するか」
ちょっと考えてみてもいいと思う。

友人に裏切られたり、陰口叩かれたりすることもあるだろう。
矛盾ばかりの上司に納得いかないこともあるだろう。
だけど 「自分がいなくなったら、周りがどれだけ悲しむか」、必ず悲しむ人がいる。
残された人は生きている限り苦しむことになるのだ。
苦しさの限界にいるのならもうそれより下はない、上を見上げて手を伸ばそう。
きっと誰かが、誰か一人でもが手を掴んでくれる。

ちなみに。
自殺した人は死んだあと木になって動けなくなる、というのを聞いた事がある。
自分の人生を、使命を全うしなかった人には死後の自由はないということ。
私はこれを信じている。
木になんかなりたくないでしょ?


感想文 *さくらのうた* 娘たちへの思い

2012年09月27日 | ■がんを考える感想文

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33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
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この命が続く限り、娘たちを未来に導く手助けをしたい。
「子供は天からの授かりもの。いずれ手を離れて旅に出る」 とは千恵さんの言葉。
そう、子供は誰のものでもない一人の人間。
生まれた時はまだ何もできないから
自分の力で生き、社会の役に立てるよう育てるために私に預けられたものだと思う。
そうして親となった人間は育てる喜びや難しさを学び、子育ての喜びを知る。
人生は日々勉強、大人になっても学びは続く。
人間は子供から大人になるのではなく、
人生の過程を色々な立場で経験して豊かなになっていくのではないだろうか。

娘たちの幸せを願い育て、世に送り出してあげたい。
そして私の幸せもちょっとずつ増えますように。
「今日の楽しい時間に感謝。来年も無事に・・・」、日々そう思う。

しかし心配なのはがんが遺伝するかどうかだ。
千恵さんが書いている通り遺伝の根拠ははっきりしていないが
私の母は乳がん&胃がん、祖父も胃がん。
親戚にも肺がん、大腸がんなど発症者が身近に多い。
(遺伝は祖父母の代までとも聞くが)

それ故、体調が悪い時は早目の受信&検査を願う。
内視鏡検査は苦しくて嫌だろうけれど
検査を受けずに病気が進行してしまっては後悔してもしきれない。
早期発見&早期治療、がんにかかわらず病気になったら戸惑っている暇はない。
母のがんは無駄じゃない。
娘たちは母を見て、世の中の頑張っている人を見て
心も体も一段とたくましく、生きる力を身に付けていくだろう。

人は誰でも毎日がん細胞が発生していて
それでも発病しないのは免疫力でがん細胞を消し去っているからだとか。
しかし体調を崩していると免疫力が下がって発病するのだそうだ。

「3日でリンパ腋が、3ヶ月で血液が入れ替わり、3年で体中の細胞が入れ替わる。」
へぇ~、そうなんだ!
てことは、私はちょうど細胞が全て入れ替わった時期ということか。
ここのところの変調はそのせい?
とにかく健康なリンパ腋、血液、細胞を作るために努力、努力。


感想文 *さくらのうた* がん~ブログを書く意味

2012年09月26日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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医学的なこともそれ以外の治療方法も
「これなら効く」 なんて確実なものは存在しないし、安易に薦めることはできない。
でも私の数少ない経験が誰かの生きる希望の小さな源になるのなら
そう思って私はブログを書いている。

ここで間違って欲しくないこと。
私がブログを書くのも、さくらさんのブログを紹介するのも
私の切ない気持ちを聞いて欲しいとか、がんになった自分に同情して欲しいとか
そんな悲観的・自己中心的なとこは更々思っていない。
そんなことばかり並べたブログを読んでも楽しくもないし、前向きにもなれない。

がんは 「治る」 という確信は誰も持てないけれど
必ずしも治る見込みがないとか 「がん=死」 とかいう病ではないということ
それを伝えたい。
転移・再発の恐怖は一生付きまとうだろうけれど
がんになっても嬉しいこと楽しことは日々いくらでも存在する。
それがどんなに些細なことでも当たり前と思って見逃すことなく
ひとつひとつをしっかりと受け止めて生きたいと思う。
美味しいもの食べて、笑って、歌って、自分の体と免疫力を信じて。

がんに限らず病気を安易に「治る」とは言えない。
でも「治る」という言葉をかけられると嬉しくて 「そうかもしれない、頑張ろう」 と思う。
マイナスに考えてはいけない。

「マイナスの言葉や思いからはマイナスの波動が出る」、その通りだ。
「面倒だから」、「怖いから」、「嫌だから」 で終わらせたら
せっかくのチャンスを逃してしまう。
例えば苦手なタイプの人がいても 「嫌いだから付き合わない」 と決めつけないこと。
だからって好きになれとかイヤイヤ付き合えとかいうのではなく
この人にもどこかいいところがあるかもしれない、
話してみたら共通点があるかも知れない、
そう心の片隅に可能性を残しておく余裕を持ちたい。
付き合わなければ嫌な思いはせずに済むけれど
もしかしたら人付き合いが苦手なのかも、思ったことを正直に言えないのかも
そんな風に相手の気持ちを考えたらどうだろう?・・・ 難しいことだけれど。


感想文 *さくらのうた* 腸の掃除の時間~食べることは生きること

2012年09月25日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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朝=腸の掃除の時間、私もなんとなく体でそれを感じる。
午前中はお腹を休ませたい時間。
でも薬を飲まないとなので、朝食(おやつ)は少々のパンと果物がメイン。
チーズや卵をプラスしてゆっくり食べる。
果物はもちろん旬のものを。
今だったら甘くてちょっと酸味があってジューシーな梨が食べたい。

季節の食材には体を健康に保つ働きがある。
春:香味 (苦味) 野菜で体を目覚めさせる (山菜)
夏:身体を冷やす (きゅうり、トマト、なす、スイカ等々)
秋:食欲の秋!体力をつける (いも類)
冬:体を温める (根菜)
四季があるということは幸せなこと。、日本人でよかった。

食事とはいかに大切か。
高級な服やバッグを買うより、海外旅行に行くより、贅沢な食事を食べるより
(収入があった時でも私はしたことないけれど)
美味しいものを美味しく食べられることほど幸せなことはないと思う。

季節の物を食べて素材の味を感じる。
「大人向け」 「子供向け」 にこだわらない。
そうすると、娘たちが苦手な食材もスタンダードに食卓に出しているうちに
いつの間にか食べられるようになることもある。
これには味付けや調理法を色々試すという母の努力も必要であるが。
そのお蔭か娘たちは味覚・嗅覚が結構するどく、よく料理の素材を嗅ぎ当てる。
そしたら多分きっと料理も得意になってくれると思う、これは母の希望。

と、料理とは新鮮な食材を見分けたり、定番の味を身に付けたりと
ちょっと大変そうって思うかもしれないけれど
そこは経験するうちに段々体が覚えていくので心配無用。
そうなって来ると料理も好きになる。

頑張った甲斐あって娘たちからは
「お店で食べるよりもうちのごはんの方が美味しい。」
「このパン、お店のより美味しい!お母さんお店出せるよ。」
「お母さん、明日もこれ作ってー」
なんて嬉しい言葉をもらえるから、母はより一層頑張ってしまうのだ。
自画自賛。

それにしても子供とは好きな食べ物に出会うとなぜ
「明日も作って」 と言うのだろう?
「また作ってね」 とか 「また食べたいな」 とかならまだしも
同じものを続けて食べたい?
千恵さんのブログにも同じことが書いてあったからつい笑ってしまった。

最後に。

そう! がんとはお金のかかる病気だ。
手術&入院は一時の出費で済むが、
長期の治療は月何万円もかかり、貯金なんて使い果たしてしまう。
みなさん、通院治療の保障もついたがん保険に入りましょう!

毎日節約節約の日々。
こうなったら私も自給自足生活、始めようかな。
まずは手始めにほうれん草とか ・・・


感想文 *さくらのうた* ぐうたらの事情~お通じと睡眠

2012年09月24日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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しょっちゅうパソコンをしている私は
旦那から見たら遊んでいるように見えてるのかも、と思っているけれど。
私のパソコンタイム=お食事タイムだから仕方ない。
ゆっくり食事するには “ながら” 食べがいちばんで、それがパソコン。
手芸など道具を使う作業は食べる手が止まってしまうので
“ながら” 食べには向かない。
テレビを見たり本を読んだりは手が空いているのでつい早く食べてしまう。
その点、パソコンは向かうだけであとは合間に食べたり飲んだりできるので
間を取りながら食事するにはもってこいなのだ。

メール、懸賞、ピグ、レシピ投稿、ブログと一通りやって1食終了。
それでもつい食べ過ぎてお腹が苦しくなったり眠気が襲ってきたときは
パソコンはお休みしてソファで横になる。
日中はとにかく食事第一なので、この繰り返し。
そんなんだからダラダラしてるように見えてるんだろうなぁとは思うが
自分の体の為だから気にしていられない。
イメージはパソコン=オタク (死語?) ですか?
別にいいんだー、だって私、家にこもってぬくぬくしてるオタクだもん!

ただ、娘たちがいるときは極力パソコンは短時間で済ませるので
おのずと食べる時間も食べる量も減る。
食べる量が減ると腸の動きが悪くなりガスが溜まる → お腹が重い → 動けない。
そんなんで、休日は体調が悪くなることが多いのだ。
これは悪循環。
せっかくの休日なのに動けないんじゃ意味ないじゃん!
矛盾してるよなぁ。

でも便通は調子がいい。
朝は必ず便意をもよおして目が覚める。
術後は便秘には無縁になった。
これはやはり食べ物の変化のお蔭だと思う。

千恵さんの睡眠は 「火事が起こっても幸せに焼け焦げる度満点」。
大げさなようだけど、私の睡眠もそれ、「どこかに行って帰ってきている感覚」。
私の感覚としては、
手術時に全身麻酔で眠って (意識がなくなって) 目が覚めたときみたいな。
睡眠は無意識の集中だけど、
「どこかに行ったきり」 になるまでは何事にも集中して取り組みたい。

集中するって疲れることだと思うかもしれないけれど
本当に集中した後は何とも言えない爽快感を感じたりするものだ。
100%集中するってことは思いを後に残さないこと、前へ進むこと。


感想文 *さくらのうた* 本物との出会い~大切な命

2012年09月21日 | ■がんを考える感想文

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はなちゃんのみそ汁(ブログ:早寝早起き玄米生活)
33歳、がんで亡くなった安武千恵さんの闘病記、また幼い娘への遺言
日々の食事や食育についても考えさせられる書籍
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本物との出会い、そして会いたい人。
人が私を見る目が変わったのか、私の人の見方が変わったのか、
今まで関係のあった人、新しく出会った人の中に “本物” を感じることは確かかも。
「必要な時に、必要な人に」、それは運命なのだろうか。

がんになる前の生活がどれだけいい加減で甘えた生活だったか。
がんになってみて分かる、今の生き方はとても充実していて濃く深い。
体調は悪くても、家計は厳しくても、確実に病気になる前より充実している。
それを一番実感するのはやはり娘たちの成長。
この3年半で強く優しく、たくましく育った。
そして何より
娘たちが新しいことにチャレンジするのをたくさん見てこられたことが嬉しい。
そしてこれからも2人を一人立ちさせるまで何としてでも生きなければ。
できれば家庭を持つことを見届けるまで、孫をこの手に抱く日まで。

はたまた現実の娘たちは二人とも学校が楽しくて大好き。
お友だちとも楽しそうに過ごしている。
‘ぼんこ’は自転車に乗れるようになり、水泳が得意になり、料理のお手伝いが大好き。
‘ちょん’は心も体も大人っぽくなり、体は確実に私より大きくて力も強い。
家事を進んで手伝い、勉強も自主的に取り組むようになった。
部活では楽器をたくさんこなし、ドラムができるようになったのにはびっくり!
パートリーダーとしての責任感も芽生えて、とにかく部活大好き。

こんなに楽しく嬉しい毎日でいいんだろうかとさえ思う。
濃く生きている分、寿命が縮まったらどーしよー!とか。

そんな娘たちを守るためには母は生きなければ。
娘の命も大切、私の命も大切。
「母親がいなくなった小さな子供の将来は気にかかる」、気にならない親なんていない。