【前編はコチラ】
「お、姫もういたのか。今日はお疲れ」
ミシェルはどさっと自分の荷物を床に下ろした。そのまま流れるような仕草で SMSのジャケットを脱ぎ捨てる。マヤン島でのSMS関連の撮影が全て終了したとき、日はとっぷりと暮れていた。アルトはシェリルと一足先に、ランカはエルモとそれぞれ島を発ち、ミシェルは先ほどルカと別れて寮にようやく到着したのだ。一日中外での撮影に付き合っていたため、軽い頭痛がする。眼鏡を外し、眉間を少しほぐしながら返事の返ってこないアルトを不審に思った。
「どうした、アルト姫」
下のベッドに腰を下ろした長い髪の美しい少年は、惚けたような、それでいて、何かを抱え込んでいるような表情で空を見つめていた。ミシェルの声が聞こえているかどうかさえ怪しい。そこでミシェルははっと気が付いた。
(あ、そうか、コイツ・・・・・)
ミシェルたち陸上組はモニター越しにそのシーンを見た。ランカとの水中の接吻。ランカがアルトの顔を引き寄せ、唇が重なったとき、ランカの決意を秘めた表情は思わず口笛を吹きそうになるほど大人っぽかったし、初めて見るアルトの演技もすごく、よかった。ミシェルにしてみれば冷たい水中の戯れのキスも、熱いシャワーの下の情熱的なキスも経験済みであるが、この彼にとってみればもしかすると人生を変える経験だったのかもしれない。ミシェルが今日のアルトに関して知らないことといえば、ランカとの演技のキスの前に、彼がシェリルから演技ではないキスを奪われていたことくらいだった。
(ちょっと話でも聴いてやるか)
ミシェルはアルトの隣にどさっと腰を下ろした。すると本当にごくごく僅かだが、昨夜の彼女の香水の残り香がした。
(あ、そうか、アレも見られたんだっけ・・・)
一瞬マヤン島に発つ前の夜が脳裏をよぎる。暗闇の中に降りてきた、鈍い光を帯びた黒い絹糸。熱に浮かされた視線でそれを辿った時、アルトの顔に辿り着いた。
(あの顔、傑作だったな。まだ目に浮かぶぜ)
ぷくく、と隣に座るアルトに気を使って笑いをかみ殺す。表情がないときにはどこぞの芸術家の美人画のようなアルトの顔だが、真に魅力が輝きだすのは彼の豊かな表情が色彩を足すとき。暗闇の中で視線が交わったとき、アルトのほうが見られてはいけないところを見つかってしまったような顔をしていた。丸腰だったのはミシェルの方だというのに。そしてその後ろめたさから、アルトは一瞬目を泳がせて目のやり場を探したが、自分の指でちょっとターゲットを与えてあげたらすぐにロックオンした。そんな欲求に素直なところも可愛かったし、アルトに見られている、という事実は柔らかな女の感触に充分沸きたてられていた炎に油を注いだ。もし、アレがルカだったら、恥ずかしくなって行為を中断していただろう。あんな無垢な瞳に大人の情事は毒だ。でもアルトなら。未経験の癖にあんなに妖艶な視線の捌き方をするアルト。ミシェルはアルトが舞台の上でどのくらい経験豊富なのか知らない。脚本の上では、激しく求め、求められ、答え、望み、破れてもなおまだ求めてしまうことをアルトは知っている。ミシェルは、隣の惚けた顔のアルトを見やった。
こんなボケたアルトは拍子抜けだが、いつもの些細なことで紅潮する頬や、女性が送る様々なサインをわかっているようで全く解っていないアルト姫は少し心配で、からかうと面白くて、少し手がかかると思っている。
―――というのが、表向きで。
(なんでだろうな、オレはコイツを・・・・・)
アルトは精一杯の虚勢を張って何かを自分の手で勝ち取ろうとしている渇望と不安を同時に抱えているように見える。だから最初はSMS入りを反対した。ミシェルは隣に座る相変わらず潔癖なくらい完璧な横顔と、女のように手入れの行き届いた黒い絹糸の髪を見つめた。アルトの女性を思わせる外見だけが理由なのだろうか。――――自分が時々、この繊細なお姫様を壊してしまいたい、と感じるのは。ミシェルは自分でも気が付かないうちにアルトの頬に手を伸ばしていた。
「・・・・・・・・・なぁ、ミシェル」
ミシェルの指がアルトの頬に触れる前にアルトが口を開いた。アルトの視線は幸いにもまだ空を見つめていた。
(なっ何をするつもりだったんだ、オレは)
思わず手を引っ込めたが、軽く胸が騒いでしまったので、急いで平静を装う。
「なんだい、お姫様」
「姫って呼ぶな・・・・・・・・・なぁ、キス、ってどうやるんだ?」
「はっ・・・・・・?」
どんな推測も飛び越えたアルトの質問に、ミシェルが固まる。まさか先ほどの自分の行動を誤解されたのだろうか。いや、見えていないはずだ。それにアレは無意識だ。無実だ。大体そんな見た目のお前が悪い――――。様々な言い訳が一気に頭を駆け巡る。そんなミシェルをよそに、アルトの考えは別のところにあった。
「・・・・・今日、あんなのでよかったのかな」
「え、あ、ランカちゃん、今日の・・・・・」
ミシェルがほーっと胸をなでおろしていたとき、アルトは今日のくちづけを思い出していた。ふわりと蝶々が止まったようなシェリルの不意打ちのキス。頬に続いて、二度までもしてやられた。平凡な形容の仕方だが、ほんとに唇の感触は柔らかくて、昔ロッカーに閉じ込められたときと同じ、シェリルのいいにおいがした。なのにこともあろうに自分はバカ見たいにぼけっと突っ立ったまま、唇がぎこちなくわなないて、離れる瞬間さえ自分で選ぶこともできずに。離れた後、数秒だけ間近で見た上目遣いのシェリルはなんだか自分からの返答を求めていたように感じたのだが、金縛りにあったように身体は動かなかった。すぐにシェリルが茶化してくれたお陰で元に戻れたのかもしれない。考えれば考えるほど情けない。もし、ミシェルだったらどうしていただろうか。昨夜の滑らかなミシェルの動きを思い出すと、アレが確実に今の自分にできない芸当なのだということがはっきり解って少し悲しかった。
「あのシーンだろ?ランカちゃん、あんなこともできるんだな。彼女の度胸にはほんと驚かされるよ。いやほんと、隊長いなくてよかったよ」
確かに。アルトはミシェルの言葉に大きくうなずいた。ランカとのキスではアルトはすごく落ち着いていた。何より、自分は演じていた。どんなに否定しても、アルトは演技には絶対の自信があるのだ。撮影直前まで不安そうなランカを思いやる余裕すらあった。何がどのように起こるかも把握していたし、歌舞伎の舞台では実際に唇を重ねることはないとしても、似たようなことは兄さんと散々こなしている。水中で目を合わせたランカも確かにマオの顔をしていた。本当のような虚構―――その前提がほんの少し揺るいだのは、ランカの唇が小さく震えていたからだ。それに気づいて、シンの感情からアルトに立ち戻る。自分の頬を包む小さな手も細かく震えているランカを思うと、愛おしさに胸が溢れた。しかし、どうにかしたいような衝動は台本の通り唇越しに流れ込んできたランカの暖かい空気に打ち消され、そのとき、ランカの震えは止まっていた。そのあと、マオのランカに手を引かれて浮上するとすぐにたくさんの、お疲れ様!の言葉が浴びせられて、アルトとランカは目を見合わせて笑った。
まだランカのことだけを話していると思っているミシェルが足を組み替えて、自分の膝に頬杖をつく。
「でも、演技だろ?ああ以外、どうにもやりようがなかっただろう」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「モニターで見た限り、よかったよ。お前もランカちゃんも」
「・・・・あのさ、ミシェル。もし、もしもだ」
「ああ」
「女から唇を奪われたら、どうする?」
「はぁ?」
ミシェルにはアルトが演技考察を始めたかのかと思った。しかしそのわりに顔は深刻だ。これは普通の恋愛指南ととっていいのだろうか。もしそうなら。
(なんだ、オレの知らない間に・・・・・)
ほんの少し自分の知らないシチュエーションをアルトが持っていることにかちんときたが、すぐに、もしかしてシェリル、と思いついた。
(彼女ならやりかねない、か)
ふっとミシェルが軽く笑うのを見て、アルトはもう一度聞いた。
「なぁ、お前ならどうする?」
「そうだなぁ~、オレなら思い切り楽しむね。全部向こうにリード任せて。どうにでもして、って感じかな」
「どうにでもして」は自分もわかる感情だ、とアルトは思ったが、シェリルの羽のようなキスと、矢三郎兄さんの力強い抱擁はどうもつながらなかったし、それでは自分がよしとする男としての行動にそぐわないのではないか、という不安もあった。昨夜のミシェルの流れるような動きと歓喜に悶える女が脳裏によぎる。そんなアルトの葛藤に気付かずミシェルは続ける。
「実際、やる気の女の子は楽でいいよ」
数をこなしているミシェルにしてみれば、何から何まで手取り足取りしないとダメな女の子は少し面倒くさい。しかもそんな子に限って迂闊に手を出してしまえば「一生責任とって」と言われかねない。そこまでは純真なアルトに説明する必要はないと思った。
「されるがままでいいだろ」
「そういうもんか・・・・・・じゃあさ、ミシェル」
「うん?」
「自分から奪う・・・というか、するときにはどうやるんだ?」
アルトはものすごく真剣だった。もしかすると、「立ち役」のための演技指南に近い好奇心なのかもしれない。矢三郎兄さんはぐいっと自分の手首か腰を引き寄せて、どちらかの頭がお客様の視線をさえぎるように重ねる。唇が重なるわけではないのだが、至近距離で兄さんと熱い視線を絡める。お互い役柄に入り込んでいるし、それがその場面で一番正しいことだからそうするのだが、本当に唇を重ねるときもそうするのだろうか。アルトの頭の中で兄さんの立ち役はそれこそ男らしさの見本のように思っていた。でも、昨夜のミシェルの男として自信にあふれた実践の仕草は衝撃的で。
「そーだなぁ・・・・その時によるさ。いつもこう、見たいなのはあるほうがおかしいんじゃないのか」
もともと奉仕好きのミシェルは、できる限り解りやすく説明しようと言葉を探した。かわいそうな迷える子羊を拾ってあげるようなボランティア精神である。
「好きな女なら相手がどんなのが好きかも大体解るだろ?押しが強いほうが好き、とかさ」
「どういう意味だ?」
「たとえば・・・・・・」
いたずらっぽい光がミシェルの瞳に一瞬閃いて、その瞬間、無防備に座っていたアルトはベッドの上に押し倒されていた。上には自分を見下ろすミシェル。
「文字通り、強い押し」
それはあまりにも鮮やかで、アルトは怒ることも忘れてしまった。昨夜のテクニックと合わせて、「ベッドの撃墜王」のあだ名の理由がわかる、と感心すらした。
兄さんとは違う、鮮やかでスマートなミシェルのやり方。再び目撃した情事が頭を掠める。ミシェルはきっとこうやって女性を思うが侭にしてきたのだろう。現に今、この自分でさえ目を伏せてしまいそうになる。アルトが合わせていた視線をついと横に反らした時、ミシェルの視線がつられてアルトの首筋を辿った。ほんの一瞬のことだったが、百戦錬磨のミシェルにも、それは誘いのように見えた。ベッドに無防備に広がった艶やかな黒髪が蜘蛛の糸のようにミシェルの理性を絡めとる。
「な、なんだこれ、どうやったんだ!?」
急に素っ頓狂に響いたアルトの声に、ミシェルは我に返った。
「なに、ちょっとした体重移動だよ」
何事もなかったように装うミシェルはアルトの腕を引っ張って、上半身を起こす手伝いをした。
「これは確実に落とせるときだな。・・・・・・もう少し口説き落とさなきゃいけないようなときは」
親切なミシェルは次のテクを披露するために足を組み替えて、アルトとの身体の距離を縮めた。足を開いて座っているアルトの膝を数回叩いて、女役を要求する。アルトは素直に足を閉じた。
(全くカワイイなぁ、姫は)
ミシェルはアルトに気付かれずに口角を上げた。いちいち突っかかってくるくせに時々驚くほど素直なのもアルトの魅力だ。時々、このまま強引に奪っても応じてくれるんじゃないかと一瞬思い、いやいやいやいや返り討ちだと思いなおすことがあるのはアルトには口が裂けても言えない。ミシェルがまたもう数インチ、二人の距離を縮める。ミシェルはアルトの睫毛が見分けられるくらいの距離で、視線を絡める。
「・・・・・好きだよ、とか言って」
そのまま、指でアルトの頬をなぞり、形のよい唇に到達する。
「ココまでさせてくれれば、もういけるな」
「そんなもんか」
いまや向学心に燃えたアルトは、ノートを取る勢いでミシェルの言葉に耳を傾けた。二人は友達の距離まで離れたものの、まだびっくりするくらいの至近距離で会話を続ける。
「そういう雰囲気に持っていきづらい子もいるんだよ、友達っぽいような」
「友達ねぇ」
ミシェルはアルトの肘に手をかける。柔らかい力でこれ以上距離が開かないように固定する。
「二人の間にテンションは確実にあるんだけどね。その場合」
「その場合?」
近くで見つめているのでアルトの瞳が潤んでいるように見える。それはそれで色っぽい。
「こう、自然に会話を続けつつ」
ミシェルは瞳を少しだけ伏せると、アルトの唇を見つめた。ホントに男なのが疑いたくなるほど滑らかな上唇。
「ああ」
アルトが答えると、迎える準備をするかのように唇が少し、開く。
「近づいて・・・・・」
「ピピピピピピピ!」
二人の唇の間が紙一枚になった時、ミシェルの携帯が音を立てた。はっと、我に返る二人。
「あとは、やっぱり自分がやりたいようにやるしかないだろ。とりあえず姫、君はいろいろと無防備すぎる」
ミシェルは立ち上がると、携帯を見た。
「あ、これからオレ、本業に行ってきます。姫、ちゃんと復習しとけよ。あとでまたレッスンしてやる」
いそいそとした口調から、女であることが想像できる。
「起きて待ってんなよ。遅くなるから」
仕事に出る前の旦那さんみたいなセリフを吐くと、バサッとジャケットを肩に掛け、ミシェルはさっさと部屋を出て行った。取り残されたアルトは無防備?と首を傾げ、足を開いて座りなおすと、唇に手をやった。なんて一日だ今日は。シェリル、ランカ、ミシェル。全員にしてやられた。自分だけされるがままで、主導権も何もあったもんじゃない。すると、出て行ったはずのミシェルがドアから顔をのぞかせた。
「それから―――いくら無防備でも、姫の寝込みを襲ったりしないから安心しろ」
最後の一言にはさすがにムカッときて、手元近くにあったタオルを投げつけたが、既にドアは閉まった後だった。
「寸止めアーティスト」ミシェル&変にまじめな姫(≧∀≦)
バカップルで決定!と思った人はクリックよろしこ(゜∀゜)
「お、姫もういたのか。今日はお疲れ」
ミシェルはどさっと自分の荷物を床に下ろした。そのまま流れるような仕草で SMSのジャケットを脱ぎ捨てる。マヤン島でのSMS関連の撮影が全て終了したとき、日はとっぷりと暮れていた。アルトはシェリルと一足先に、ランカはエルモとそれぞれ島を発ち、ミシェルは先ほどルカと別れて寮にようやく到着したのだ。一日中外での撮影に付き合っていたため、軽い頭痛がする。眼鏡を外し、眉間を少しほぐしながら返事の返ってこないアルトを不審に思った。
「どうした、アルト姫」
下のベッドに腰を下ろした長い髪の美しい少年は、惚けたような、それでいて、何かを抱え込んでいるような表情で空を見つめていた。ミシェルの声が聞こえているかどうかさえ怪しい。そこでミシェルははっと気が付いた。
(あ、そうか、コイツ・・・・・)
ミシェルたち陸上組はモニター越しにそのシーンを見た。ランカとの水中の接吻。ランカがアルトの顔を引き寄せ、唇が重なったとき、ランカの決意を秘めた表情は思わず口笛を吹きそうになるほど大人っぽかったし、初めて見るアルトの演技もすごく、よかった。ミシェルにしてみれば冷たい水中の戯れのキスも、熱いシャワーの下の情熱的なキスも経験済みであるが、この彼にとってみればもしかすると人生を変える経験だったのかもしれない。ミシェルが今日のアルトに関して知らないことといえば、ランカとの演技のキスの前に、彼がシェリルから演技ではないキスを奪われていたことくらいだった。
(ちょっと話でも聴いてやるか)
ミシェルはアルトの隣にどさっと腰を下ろした。すると本当にごくごく僅かだが、昨夜の彼女の香水の残り香がした。
(あ、そうか、アレも見られたんだっけ・・・)
一瞬マヤン島に発つ前の夜が脳裏をよぎる。暗闇の中に降りてきた、鈍い光を帯びた黒い絹糸。熱に浮かされた視線でそれを辿った時、アルトの顔に辿り着いた。
(あの顔、傑作だったな。まだ目に浮かぶぜ)
ぷくく、と隣に座るアルトに気を使って笑いをかみ殺す。表情がないときにはどこぞの芸術家の美人画のようなアルトの顔だが、真に魅力が輝きだすのは彼の豊かな表情が色彩を足すとき。暗闇の中で視線が交わったとき、アルトのほうが見られてはいけないところを見つかってしまったような顔をしていた。丸腰だったのはミシェルの方だというのに。そしてその後ろめたさから、アルトは一瞬目を泳がせて目のやり場を探したが、自分の指でちょっとターゲットを与えてあげたらすぐにロックオンした。そんな欲求に素直なところも可愛かったし、アルトに見られている、という事実は柔らかな女の感触に充分沸きたてられていた炎に油を注いだ。もし、アレがルカだったら、恥ずかしくなって行為を中断していただろう。あんな無垢な瞳に大人の情事は毒だ。でもアルトなら。未経験の癖にあんなに妖艶な視線の捌き方をするアルト。ミシェルはアルトが舞台の上でどのくらい経験豊富なのか知らない。脚本の上では、激しく求め、求められ、答え、望み、破れてもなおまだ求めてしまうことをアルトは知っている。ミシェルは、隣の惚けた顔のアルトを見やった。
こんなボケたアルトは拍子抜けだが、いつもの些細なことで紅潮する頬や、女性が送る様々なサインをわかっているようで全く解っていないアルト姫は少し心配で、からかうと面白くて、少し手がかかると思っている。
―――というのが、表向きで。
(なんでだろうな、オレはコイツを・・・・・)
アルトは精一杯の虚勢を張って何かを自分の手で勝ち取ろうとしている渇望と不安を同時に抱えているように見える。だから最初はSMS入りを反対した。ミシェルは隣に座る相変わらず潔癖なくらい完璧な横顔と、女のように手入れの行き届いた黒い絹糸の髪を見つめた。アルトの女性を思わせる外見だけが理由なのだろうか。――――自分が時々、この繊細なお姫様を壊してしまいたい、と感じるのは。ミシェルは自分でも気が付かないうちにアルトの頬に手を伸ばしていた。
「・・・・・・・・・なぁ、ミシェル」
ミシェルの指がアルトの頬に触れる前にアルトが口を開いた。アルトの視線は幸いにもまだ空を見つめていた。
(なっ何をするつもりだったんだ、オレは)
思わず手を引っ込めたが、軽く胸が騒いでしまったので、急いで平静を装う。
「なんだい、お姫様」
「姫って呼ぶな・・・・・・・・・なぁ、キス、ってどうやるんだ?」
「はっ・・・・・・?」
どんな推測も飛び越えたアルトの質問に、ミシェルが固まる。まさか先ほどの自分の行動を誤解されたのだろうか。いや、見えていないはずだ。それにアレは無意識だ。無実だ。大体そんな見た目のお前が悪い――――。様々な言い訳が一気に頭を駆け巡る。そんなミシェルをよそに、アルトの考えは別のところにあった。
「・・・・・今日、あんなのでよかったのかな」
「え、あ、ランカちゃん、今日の・・・・・」
ミシェルがほーっと胸をなでおろしていたとき、アルトは今日のくちづけを思い出していた。ふわりと蝶々が止まったようなシェリルの不意打ちのキス。頬に続いて、二度までもしてやられた。平凡な形容の仕方だが、ほんとに唇の感触は柔らかくて、昔ロッカーに閉じ込められたときと同じ、シェリルのいいにおいがした。なのにこともあろうに自分はバカ見たいにぼけっと突っ立ったまま、唇がぎこちなくわなないて、離れる瞬間さえ自分で選ぶこともできずに。離れた後、数秒だけ間近で見た上目遣いのシェリルはなんだか自分からの返答を求めていたように感じたのだが、金縛りにあったように身体は動かなかった。すぐにシェリルが茶化してくれたお陰で元に戻れたのかもしれない。考えれば考えるほど情けない。もし、ミシェルだったらどうしていただろうか。昨夜の滑らかなミシェルの動きを思い出すと、アレが確実に今の自分にできない芸当なのだということがはっきり解って少し悲しかった。
「あのシーンだろ?ランカちゃん、あんなこともできるんだな。彼女の度胸にはほんと驚かされるよ。いやほんと、隊長いなくてよかったよ」
確かに。アルトはミシェルの言葉に大きくうなずいた。ランカとのキスではアルトはすごく落ち着いていた。何より、自分は演じていた。どんなに否定しても、アルトは演技には絶対の自信があるのだ。撮影直前まで不安そうなランカを思いやる余裕すらあった。何がどのように起こるかも把握していたし、歌舞伎の舞台では実際に唇を重ねることはないとしても、似たようなことは兄さんと散々こなしている。水中で目を合わせたランカも確かにマオの顔をしていた。本当のような虚構―――その前提がほんの少し揺るいだのは、ランカの唇が小さく震えていたからだ。それに気づいて、シンの感情からアルトに立ち戻る。自分の頬を包む小さな手も細かく震えているランカを思うと、愛おしさに胸が溢れた。しかし、どうにかしたいような衝動は台本の通り唇越しに流れ込んできたランカの暖かい空気に打ち消され、そのとき、ランカの震えは止まっていた。そのあと、マオのランカに手を引かれて浮上するとすぐにたくさんの、お疲れ様!の言葉が浴びせられて、アルトとランカは目を見合わせて笑った。
まだランカのことだけを話していると思っているミシェルが足を組み替えて、自分の膝に頬杖をつく。
「でも、演技だろ?ああ以外、どうにもやりようがなかっただろう」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「モニターで見た限り、よかったよ。お前もランカちゃんも」
「・・・・あのさ、ミシェル。もし、もしもだ」
「ああ」
「女から唇を奪われたら、どうする?」
「はぁ?」
ミシェルにはアルトが演技考察を始めたかのかと思った。しかしそのわりに顔は深刻だ。これは普通の恋愛指南ととっていいのだろうか。もしそうなら。
(なんだ、オレの知らない間に・・・・・)
ほんの少し自分の知らないシチュエーションをアルトが持っていることにかちんときたが、すぐに、もしかしてシェリル、と思いついた。
(彼女ならやりかねない、か)
ふっとミシェルが軽く笑うのを見て、アルトはもう一度聞いた。
「なぁ、お前ならどうする?」
「そうだなぁ~、オレなら思い切り楽しむね。全部向こうにリード任せて。どうにでもして、って感じかな」
「どうにでもして」は自分もわかる感情だ、とアルトは思ったが、シェリルの羽のようなキスと、矢三郎兄さんの力強い抱擁はどうもつながらなかったし、それでは自分がよしとする男としての行動にそぐわないのではないか、という不安もあった。昨夜のミシェルの流れるような動きと歓喜に悶える女が脳裏によぎる。そんなアルトの葛藤に気付かずミシェルは続ける。
「実際、やる気の女の子は楽でいいよ」
数をこなしているミシェルにしてみれば、何から何まで手取り足取りしないとダメな女の子は少し面倒くさい。しかもそんな子に限って迂闊に手を出してしまえば「一生責任とって」と言われかねない。そこまでは純真なアルトに説明する必要はないと思った。
「されるがままでいいだろ」
「そういうもんか・・・・・・じゃあさ、ミシェル」
「うん?」
「自分から奪う・・・というか、するときにはどうやるんだ?」
アルトはものすごく真剣だった。もしかすると、「立ち役」のための演技指南に近い好奇心なのかもしれない。矢三郎兄さんはぐいっと自分の手首か腰を引き寄せて、どちらかの頭がお客様の視線をさえぎるように重ねる。唇が重なるわけではないのだが、至近距離で兄さんと熱い視線を絡める。お互い役柄に入り込んでいるし、それがその場面で一番正しいことだからそうするのだが、本当に唇を重ねるときもそうするのだろうか。アルトの頭の中で兄さんの立ち役はそれこそ男らしさの見本のように思っていた。でも、昨夜のミシェルの男として自信にあふれた実践の仕草は衝撃的で。
「そーだなぁ・・・・その時によるさ。いつもこう、見たいなのはあるほうがおかしいんじゃないのか」
もともと奉仕好きのミシェルは、できる限り解りやすく説明しようと言葉を探した。かわいそうな迷える子羊を拾ってあげるようなボランティア精神である。
「好きな女なら相手がどんなのが好きかも大体解るだろ?押しが強いほうが好き、とかさ」
「どういう意味だ?」
「たとえば・・・・・・」
いたずらっぽい光がミシェルの瞳に一瞬閃いて、その瞬間、無防備に座っていたアルトはベッドの上に押し倒されていた。上には自分を見下ろすミシェル。
「文字通り、強い押し」
それはあまりにも鮮やかで、アルトは怒ることも忘れてしまった。昨夜のテクニックと合わせて、「ベッドの撃墜王」のあだ名の理由がわかる、と感心すらした。
兄さんとは違う、鮮やかでスマートなミシェルのやり方。再び目撃した情事が頭を掠める。ミシェルはきっとこうやって女性を思うが侭にしてきたのだろう。現に今、この自分でさえ目を伏せてしまいそうになる。アルトが合わせていた視線をついと横に反らした時、ミシェルの視線がつられてアルトの首筋を辿った。ほんの一瞬のことだったが、百戦錬磨のミシェルにも、それは誘いのように見えた。ベッドに無防備に広がった艶やかな黒髪が蜘蛛の糸のようにミシェルの理性を絡めとる。
「な、なんだこれ、どうやったんだ!?」
急に素っ頓狂に響いたアルトの声に、ミシェルは我に返った。
「なに、ちょっとした体重移動だよ」
何事もなかったように装うミシェルはアルトの腕を引っ張って、上半身を起こす手伝いをした。
「これは確実に落とせるときだな。・・・・・・もう少し口説き落とさなきゃいけないようなときは」
親切なミシェルは次のテクを披露するために足を組み替えて、アルトとの身体の距離を縮めた。足を開いて座っているアルトの膝を数回叩いて、女役を要求する。アルトは素直に足を閉じた。
(全くカワイイなぁ、姫は)
ミシェルはアルトに気付かれずに口角を上げた。いちいち突っかかってくるくせに時々驚くほど素直なのもアルトの魅力だ。時々、このまま強引に奪っても応じてくれるんじゃないかと一瞬思い、いやいやいやいや返り討ちだと思いなおすことがあるのはアルトには口が裂けても言えない。ミシェルがまたもう数インチ、二人の距離を縮める。ミシェルはアルトの睫毛が見分けられるくらいの距離で、視線を絡める。
「・・・・・好きだよ、とか言って」
そのまま、指でアルトの頬をなぞり、形のよい唇に到達する。
「ココまでさせてくれれば、もういけるな」
「そんなもんか」
いまや向学心に燃えたアルトは、ノートを取る勢いでミシェルの言葉に耳を傾けた。二人は友達の距離まで離れたものの、まだびっくりするくらいの至近距離で会話を続ける。
「そういう雰囲気に持っていきづらい子もいるんだよ、友達っぽいような」
「友達ねぇ」
ミシェルはアルトの肘に手をかける。柔らかい力でこれ以上距離が開かないように固定する。
「二人の間にテンションは確実にあるんだけどね。その場合」
「その場合?」
近くで見つめているのでアルトの瞳が潤んでいるように見える。それはそれで色っぽい。
「こう、自然に会話を続けつつ」
ミシェルは瞳を少しだけ伏せると、アルトの唇を見つめた。ホントに男なのが疑いたくなるほど滑らかな上唇。
「ああ」
アルトが答えると、迎える準備をするかのように唇が少し、開く。
「近づいて・・・・・」
「ピピピピピピピ!」
二人の唇の間が紙一枚になった時、ミシェルの携帯が音を立てた。はっと、我に返る二人。
「あとは、やっぱり自分がやりたいようにやるしかないだろ。とりあえず姫、君はいろいろと無防備すぎる」
ミシェルは立ち上がると、携帯を見た。
「あ、これからオレ、本業に行ってきます。姫、ちゃんと復習しとけよ。あとでまたレッスンしてやる」
いそいそとした口調から、女であることが想像できる。
「起きて待ってんなよ。遅くなるから」
仕事に出る前の旦那さんみたいなセリフを吐くと、バサッとジャケットを肩に掛け、ミシェルはさっさと部屋を出て行った。取り残されたアルトは無防備?と首を傾げ、足を開いて座りなおすと、唇に手をやった。なんて一日だ今日は。シェリル、ランカ、ミシェル。全員にしてやられた。自分だけされるがままで、主導権も何もあったもんじゃない。すると、出て行ったはずのミシェルがドアから顔をのぞかせた。
「それから―――いくら無防備でも、姫の寝込みを襲ったりしないから安心しろ」
最後の一言にはさすがにムカッときて、手元近くにあったタオルを投げつけたが、既にドアは閉まった後だった。
「寸止めアーティスト」ミシェル&変にまじめな姫(≧∀≦)
バカップルで決定!と思った人はクリックよろしこ(゜∀゜)
らんまさんの作品と比べると、私のはBLではなくパラレルだな、と思いますた。
ええ、もちろん例の場所でwwwww
凄いミハ優しい~♪♪(*´艸`)
アルト色っぽい♪♪(≧▽≦)
二人の紙一重のシーンで……吸い込まれそう(←こら)
続き楽しみ~~~
先日、マイミクさんのコメ欄で繰り広げられた、ある夜のバカップルの会話:
ミ 「姫、まだ寝ないのか」
姫 「ん、ああ、お前先に寝ろよ」
ミ 「いや、お姫様が先だろ、何事も」
姫 「姫って呼ぶな!いいからお前寝ろ」
ミ 「いやだね、姫の寝顔を見てから寝る」
姫 「くっ、たまにはお前の寝顔見せろよ」
ミ 「いや、やっぱり姫が・・・」
ボビ男 「どっちでもいいから早く寝なさいっ!!」
やっぱりボビ男で落としちゃう(´∀`)
前後編読ませて頂きました~♪
姫ったら純情で可愛くて、
でもでも、エロ事にも興味津々で・・
("▽"*) イヤン♪
なんだかいじくりまわしたくなっちゃうよ(o^-^o) ウフッ
面白くて早く後編を見たかったのに、
前編の最後に後編へのリンクが無かったので、
次回からはリンクつけて下さ~い♪
↑
スミマセン、要望が多くて。。_(^^;)ゞ
勉強になります!さすが師匠!!