ひとりしばい

日記になれば良い

埋没

2016-11-26 00:25:07 | Weblog
仙人夫に作ったラーメンがとっても美味で、私も食べたくなり、この時間にラーメン。
夫には、みじん切りにした生姜と九条ネギを濃いめにつくった昆布と椎茸の出汁でウォーターソテーにし(出汁ソテー?)、香りがしてきたら、タヒニと人参とキャベツに玉ねぎを入れて、お味噌とすりおろしたゴマと潰した蒸し大豆、それに先ほどの出汁を足して作ったスープを。
自分用にこれだけ手間をかけてられんので、インスタント麺にしてしまったが(それでもオーガニックのもの。添加物入ってない。砂糖も入ってない。優秀。)、タヒニと鰹節とをたしてお野菜たっぷりいれたら美味でした。
ヴィーガン生活しているんだけど、今日は鰹節も入れてしまった。
鰹は鹿児島で水揚げされたようだが、大型回遊魚だからどこ泳いできたか分からん(放射能汚染気になる)、かつ、ホールフードじゃない、かつ重金属がーーーーとか思ったが、嗜好品と割り切って、私はたまに食べます。
美味しかった。いのちをありがとう。



やっと金曜日。
年賀状つくんないとなー年末年始の挨拶回りに持参するものもそろえていかないとなーいやその前に師走だぜ駆けずり回るあの季節だぜ忘れてるけど大掃除とかどうすんの家めちゃくちゃ♡
の現実逃避でラーメン作って食べてる。お前暇か。いえまったく。
現実逃避ついでにネットの海を泳いでいて最近大笑いした言葉は、トランプが大統領になったからってなんだ、日本なんてABEだぜ です。わろたわ。いや笑えんわくそ。







子どもをいつ作るのか、という話題で我々夫婦は結婚前から議論を重ねていた。
私の主張はしばらく待ってほしい、で、夫の主張はできるだけ早くつくる(そして4月産まれにこだわる)。
私は闇の中で学生時代を送ってきていたので、夫という光に出逢い、人生が明るくなって、その明るさをもっと謳歌したかった。
働き始めてお金を得て、自由に使えるお金がたくさんあることの楽しさを知ったし、好きな服を買うこと、百貨店で美容部員さんにお化粧をしてもらうこと、なんというか、今まで自分が俗っぽいとどこか敬遠していた世界の輝きを知った。
もっと自分のために、楽しい時間を使いたかった。
仕事も、もっと、続けたかった。
当時、趣味は授業準備と学級通信を書くことで、仕事のためにたくさんの時間をかけていた。
そうした生活を、もう少し続けていたかった。
しかし、私の主張を受け、夫は怒ったのだった。
夫からすれば、それは怒りではなかったのかもしれないけれど。

自分は子育てが怖い。
1人の人間を産み育てることは、それだけ責任があることだと思う。
だから、子どもが産まれたら、自分の時間なんてものはいらない。
自分の時間を持つことが怖い。
その時間、かけられるものすべてを、子どもに捧げても、
それでも不確かなのが子育てで、
だから、自分は、持てる時間のすべてを、子どもに捧げるつもりだ。
そのくらいの覚悟がないのなら、親になんてなりたいなんて言うべきじゃない。


というようなことを言われて、私は、ガーンとショックを受けたわけです。
わたし、自分のすべてを子どもに捧げるなんて無理だわ、と思ったのですよ。
自分の時間だって欲しいわ、と。
自分の100を子どもに注ぐなんて無理だわ、と。




で、ふたを開いてみたら(子どもが産まれてみたら)、
夫よりも私の方がはるかに、子どものために身も心も時間も捧げているのですわ。
自分の時間ないと無理やわとかのたまうので、
おいこらてめえ、と私は思うわけです。
(口に出すときはオブラートにつつみます)
いやいいねん、それ当然やねん、当たり前やねん、けどほんなら妊娠前のあの強い言葉はなんやねんコラー!!!と思うわけ。
結局私の方が現実みてたってことやんか!!と。
(はい出た。正しい を求める私の癖。
 だから、自分がいかに正しかったかに固執してしまい、相手をねちねち責めたり根にもったりする。
 今度掘り下げて考えてみよう。インナーマザーの影響もありそう)
夫のその言葉がなかったら、私は子どもを作る時期をもう少し遅らせたかもしれなくて、
そうすると、子どもが産まれていたとしても、この子ではきっとなかったので、
この子の存在は100%肯定できるから、それはいいんだけど、
でも、その言葉がなかったらもう少し、夫に感じる憤りが少なかったかもしれない、とも思う。



自分の時間がほしい、とはいっても、私は自分が遊びに行ったり、自分の個人的な時間のために、子どもと離れたことはなくて、そこは少し自分を褒めてもいいような気がしている。
人事の関係で職場復帰が決まっていて、寂しい思いをさせることが分かっていたから、それ以外の時間で寂しい思いをさせることがないように、心掛けてきた。
子どもが寝た後に家事放棄して本読んだりするくらいです。
いや家事しろよってか。
通勤時間に電車の中で逃げ恥の動画見て、星野源演じるひらまささんにときめくくらいです。
その時間に本読めよってか。




家事は放棄しているが、子どもの料理は頑張ってる、とおもう。
既製品には頼っていない。
レンコンと干し椎茸すりおろしてハンバーグにしたり、ヒヨコマメと根菜類でグラタン作ったり(クリームは雑穀でつくる)、
出汁も全部いちからとるし、
子どものための料理はちゃんとしている。
仕事しながら頑張ってる、とそこだけは褒めてもいい、かな、と、おもう。






私は結局、自分に自信がない。
自己肯定感が極端に低い。
だから、他人からの評価を必要以上に求めるし、その評価が自分にはついているのだ、ということを、アピールしたがってしまう。
自分で自分にOKサインを出せないのだ。
料理のことも、頑張ってるなんて思ってなかったんだけど、
姑が、舅に、褒めてくれていたらしく、
それをきいて、あ、これは私ちゃんと娘にとってプラスのことをしているんだ、これでいいんだ、と気が付いた。

夫は自分で自分にOKサインを出せる人なので、私のこの自己肯定感の低さが理解できないらしい。
え、いっぱい頑張ってるやん、そんなん大前提やん、と。
でもね、自分でそうは思えないのよ、だから毎回言って欲しいのよ。
夫が私に改善してほしいことを話すとき、前提として頑張ってるってことは頭にあるというのだが、
毎回まずそれを言ってほしいと私は思う。
共通認識部分でしょ、省いていい時もあるでしょ、が夫の言。(効率重視タイプ)
子育てしながら仕事をしながら家事をするってめっちゃ大変でしょ、そこは共通認識部分でしょ、と。
もっと褒めてほしい。何度も取り出して納得できるように、褒め言葉のシャワーがほしい。
でもじゃあ私は夫に褒め言葉のシャワーをかけてあげてるのかっていうと、そうではないからな。



と自分を振り返る余裕も普段はなく。






吐き出すことの大切さ。
しかしその改めて気付いたことも、日常に埋没していくわけで。
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