Cosmos

 徒然に委ねて自己と宇宙との対話メモ

時 間

2017年08月13日 | Weblog

 これは数千年来未解決のまま確定していないようだ。哲学と物理学の世界では色調が異なる。観念営為と実在営為とでは前者の証明は不可能に近く、後者では実証が必須要件だからより困難だと思う。門外漢がこれ以上の言及は僭越で能力もないので立ち入らない。

 時間について自己流の情緒的な理解を披瀝するとその存在は物・事の変化の産物である。それがなければ時間は存在せず変化の影である。変化とは運動つまり移動であるから直截表現をすれば時間はすべての移動現象がつくる。時間は実在しないけれども日常においてこれなくば著しく便宜を欠く故に指標として不可欠である。

 

 

 

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