極楽のぶ

~酔生夢想~
中途失明を越えて

極楽のぶと『詩仙堂』(9)

2017年06月14日 | アート
 さてさて、教如(きょうにょ)は、寄進された一寺「信淨院」を「本願寺本山」と宣言、初代ではなく、本願寺12世を表明した。正信たちの予想通りだった。

 前回までのとおり、七条(六条?)堀川 には、秀吉寄進の「龍谷山本願寺」(りゅうこくざん)が存在し、12世には准如上人(じんにょしょうにん)が既に継承している、いよいよ「本願寺の分立」が天下に示された。 その発端が、石山落城のときまで時代を遡るということ、本シリーズ読者のみなさんはすっかりご理解のことと思います。笑、だいじょうぶかなぁ?

 やがて教如は敷地を「七条烏丸(からすま)」に移転、堀川の龍谷残本願寺の東隣に本山を構えたので、通称「お東さん(東本願寺)」と称された。 その結果、従前から在った堀川本願寺は「お西さん(西本願寺)」と呼ばれるようになったのである。

 幕府は、この東西分立を好機に、全国の本願寺派寺院に、東か西か? いずれの指導下に入るのか二者択一を迫った。
 余談だが、一向一揆の記憶をシンパシーとする北陸では、やはり「お西さん派」が多いらしい。
 400年の間にそれぞれが独自に進化したのだろう、うちのかみさんによれば、お西さんでは、卒塔婆を使わず、仏壇には位牌を使わず、一切の偶像崇拝を廃する代わりに、念仏は歌うように音程のゆらぎが豊かとなっている、ようだ。遊び心がある辺り、いかにも秀吉の香りがする。 一方、お東さんは、抑揚を抑えた念仏で、その実直さが武家の徳川らしさだと、我が家の仏教批評家(笑)は評している。 
 余談を続けるが、お西さんは、幕末、多くの京都人同様、反幕シンパシーから長州を贔屓(ひいき)し、そのため、新選組土方歳三に咎められ、西本願寺グリップのため、新選組屯所にされてしまう。
 嫌がらせのため、新選組は邸内で軍事演習をし、射撃訓練や柱を斬りつけたりした。その傷跡は、安芸別院に移築されているということだ。
 幕末期、お東さんは、徳川慶喜の陣屋となっているから、きわめて対照的だ。

 さらに言及するなら、現政権が強行採決した「安保法制」に一早く反対声明を出した宗教団体は、お西さんであった。このあたり、基本理念がぶれずにいて面白い。

 はい、久々使う、(好きじゃないが)閑話休題!の文字

 さて、1602年に戻るが、この年は、後に丈山(じょうざん)と付き合うことになる、教如の後継、宣如(せんにょ)が生まれた年だ。その年、父、教如は44歳、ついでながら、家康は59歳、正信は既に64歳だった・・(お、これを書いている極楽の齢だ!)。

 江戸に幕府を創ったが、秀忠将軍では盤石な政権運営はおぼつかない。 それゆえにこそ、家康は豊臣の断絶に執心する。正信長男正純、林羅山、オール徳川で「大坂の陣」をプロデュースするのである。
 が、そのクライマックス第一幕、冬の陣の1614年、教如が急逝(56歳)、まだ12歳の宣如が東本願寺を継ぐことになった(13世)。
 これが正信を急がせた。教如亡きあと、若い宣如のグリップが急務であった。 家老職の旧抗戦派がいつまた、徒党を組んで蜂起を企むかわからない。 大坂を落としても、それではまた戦乱の世に戻される。。

 宣如サポートに特化する知恵者は誰だ?
76歳になった正信に猶予は許されない。 林羅山や長男正純(秀忠側近)と相談、羅山の推挙で、知力胆力に優れた一級の人物、羅山朋友の石川丈山!が選ばれたのだった。 既述のとおり、丈山は正信の異母兄の孫、異存はない。丈山を高く評価していた家康は、残念そうであったが、もはや猶予のないことは家康が一番わかっていた。が、あからさまな幕府の干渉ではまずい、自由人の身分でやれ、と言った、に、違いない(笑)。

 策士正信は「出奔のベテラン(本ブログ、政重破龍伝(click here)をご参照ください)」である次男、加賀藩家老、本多政重に作戦を預けた。
 
 こうして教如の死後1年後、「夏の陣(1615)」を隠れ蓑に、謎の「石川丈山、先駆けの禁破る」事件が起こる。わざわざ加賀藩、政重陣屋で・・起きるのだ。
 ここまで状況証拠が並べば、誰も偶然だとは思わないだろう。(笑:いや、誰も興味ないから、何も思わないだけなのだが)

 丈山の出奔を見送った翌年、家康と正信は安心したように相次いで鬼籍に入る、ふたりは73歳と78歳だった、当時としてはたいした生の執念である。
 そして、バトンを渡された丈山、林羅山、政重らは、揃って32~33歳、リレーは繋がれた。

 それから、詩仙堂ができるまでの26年の歳月、丈山が、しっかりとミッションを果たし、宣如の信用を得、東本願寺を平穏で文化的な「お東さん」に維持できた。「詩仙堂」と「渉成園」はその結晶なのだ。 

 以上で、詩仙堂ができるまで、の話は、おわりです
が、本シリーズ『極楽と詩仙堂』は、あと少し、続きます。カテゴリーがアートですからね、このままでは終われません。

あと少し、つ・づ・く
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