団塊世代の人生時計

 団塊世代として生きてきた「過去」、「現在」、そして「未来」を、自分自身の人生時計と共に綴り、「自分史」にしてみたい。

人間ドック 2007

2007-08-31 17:34:25 | 健康・病気

人間ドック 2007

2007年8月31日(金)

 

 今日、人間ドックに行った。予想通りγ‐GTPの数値が基準値を上回っていた。
 最近アルコールの飲み方が悪い。毎日飲むし、酔うまで飲む。
 もう1年以上になるが、メンタルな面で抱えている問題が、一向に解決に向かわない。そのストレスでどうしても、悪いとは知りつつ、アルコールに逃げている。
 朝はほとんど食べれない。昨日はブドウ5粒だ。そして、夜眠れない。正確に言うと、寝つきは良いが、途中眼が覚め、あれこれ頭の中で考えるようになる。また、漠然とした不安感がある。
 Dr.に症状を言うと、精神科での受診を勧められた。近く行ってみなければいけないだろう。
 Dr.は、問題解決をしてくれるだろうか。いやアドバイスかな。
 

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舛添要一新厚生労働大臣

2007-08-28 18:31:25 | 政治

舛添要一新厚生労働大臣

                                   2007年8月28日(火)

 安部改造内閣の目玉は、舛添要一新厚生労働大臣の誕生であろう。
 舛添氏が国民に人気があることを考慮したものと思われる。

 舛添氏は、TVなどで、盛んに安部内閣批判を行っていた。
 それが、政権に入って、そのかねてからの主張を実現できるかどうかが、これから問われることになる。

 舛添氏は、参議院選挙に勝利した民主党の議員に対して、「批判ばかりではなく、(多数を占めるということは)政権党としての責任が問われるようになる。」と言っていたが、同じようなことが、正に舛添氏自身に降りかかることになるのである。

 舛添氏は、お母様を長期間、長距離にあって介護し続けた。私は、そのことをとても尊敬するし、厚生労働行政における舛添氏の考え方、政策等は、今の自民党の中にあっては、国民の期待に応える方だと評価している。

 しかし、新大臣を待ち受けるのは、現実の厳しさであろう。
 官僚の抵抗。思うようにはかどらない年金問題。次から次に起きてくるであろう難題。これらに対して、舛添氏がTVなどで明快に主張していたような方向で解決ができるかというと、疑問符が付く。陳腐だが、「現実は厳しい」のである。

 その状況を見て、国民の舛添氏に対する期待が大きいだけに落胆も大きくなると予想するが、国民の側も、今の自民党にあって、舛添氏以上の人材はなかなかいないことを認識し、過度の期待をかけないようにした方が良いのではないか。

 舛添氏も、あまり頑張りすぎて「カリカリ」すると、田嶋陽子先生から、「舛添さん、あなた苦労してるんだね。また禿げちゃったわね。」と言われかねないので、過度に「カリカリ」しない方がよいのでは・・。(大臣に失礼なことを言いました。取り消します。)

 2007年8月27日、安部改造内閣の組閣が行われました。
 私の人生時計とは関係ありませんが、「16時52分」 チン

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デジタル一眼レフカメラ

2007-08-26 18:57:43 | 趣味

デジタル一眼レフカメラ

2007年8月26日(日)


 8月21日、デジタル一眼レフカメラを、半ば衝動買いしてしまいました。
 今まで持っていたのは、ペンタックスのコンパクトデジカメですが、性能的に満足がいかず、前々から欲しいとは思っていたのです。

 機種は、ニコンのD40xとレンズは同VR18‐200㎜です。今年上半期のデジタル一眼レフ国内販売台数で、ニコンがキャノンを初めて抜きましたが、その原動力となったカメラです。木村拓哉が宣伝しています。
 レンズの方は、価格.Comで一番人気になっています。

 中学校の時、年の差15くらいの写真屋さんと友達になり、写真についていろいろと教えてもらいました。それがカメラに興味を持つきっかけになりました。

 写真を写すのは好きな方で、ここ数年は孫の写真をよく撮りました。3万枚は撮ったでしょうか。もっとも、出来が良いのは、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」で、数百枚に1枚程度ですが。

 写真は、風景画より人物の一瞬の表情を捉えるのが好きです。でも、これからは、風景画もおおいに撮ってみたい気持ちになりました。
 
 新しいカメラをいじくっていると、妻に、「遊び道具が増えて、い・い・ね。」と嫌味を言われました。「・・」(悔しいけど言葉が出ない。)

 ところで、ある偶然に気が付きました。
 木村拓哉は、車はトヨタ、パソコンは富士通、カメラはニコンの宣伝に出ています。私も、車はトヨタ、パソコンは富士通、そしてカメラはペンタックスからニコンになりました。しかし、私と木村拓哉とは全く関連はありません。特に風貌は。

 2007年8月21日、デジタル一眼レフカメラを買いました。
 人生時計「16時52分42秒」 チン

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広陵高等学校のO.T君

2007-08-24 18:14:51 | ともだち

広陵高等学校のO.T君

2007年8月24日(金)


 今年の夏の甲子園大会で、私の地元の広陵高等学校が準優勝しました。
 この広陵高等学校の活躍により、ある記憶が呼び覚まされました。
 それは、私と同い年で幼友達だったO.T君が、広陵高等学校の野球部のキャップテンをしていたということです。

 彼とは、小学1年生のときだけ学校が一緒でした。当時私達が通っていた小学校は2クラスでしたので、児童は100人くらいでしたでしょうか。
 その中では、私は走るのが速い方でしたが、彼にはどうしても勝てませんでした。多分彼が1番速かったでしょう。

 また、一緒に遊んでいて、運動神経的に「すばしっこい」という印象が残っています。
 運動基礎能力と運動神経が抜群の彼が、皆のあこがれの野球部に入り、キャプテンをするまでになったのは、必然だったような気がします。

 一方、私の方は、運動基礎能力は人並み以上でしたが、運動神経がからっきしダメな方で、運動(スポーツ)にはほとんど縁のない人生になりました。
 
 運動といえば、学生「運動」というのは多少しましたが。
 しかし、こちらの方も、中途半端で、ものになりませんでした。
 60年の人生を振り返って、中途半端が多かったような気がします。

 O.T君はどのような人生を歩んでいるのだろうかと、気にかかります。
 
 広陵高等学校の活躍により、O.T君のことを思い出しました。小学1年生の時のことです。
 人生時計「6時頃」 チン


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アッシュケナージ

2007-08-21 07:26:19 | 音楽

アッシュケナージ

2007年8月21日(火)


 ピアニストで指揮者のウラディーミル・アッシュケナージの演奏を2回聞いたことがある。
 1回目は、1970年頃で、2回目は、1998年5月18日(私が50歳)である。

 私は、演奏会に行くことが多い方だとは思うが、楽屋に奏者を訪ねるということまではしたことがなかった。
 しかし、2回目のときは、アッシュケナージに会って話をしてみたい、と強く思った。それは、1回目のとき、印象深いことがあったからである。

 アンコールが終わり、アッシュケナージを待つのは、楽屋ではなくロビーであった。多くのファンと一緒に並び、ドキドキしながら、自分の番が来るのを待った。

 いよいよ私の番になった。まず、「マエストロ」と切り出した。後は英語でどのように言ったかは、恥ずかしくて、ここでは書けないので、日本語で要訳する。

 あなたは、1970年頃、広島で演奏をしたことがある。
 広島公会堂という所でだ。
 外山雄三との共演だった。
 
 アッシュケナージは、ファンのために次から次と忙しくサインをし続けていたが、「トヤマ」という言葉に、少し顔を上げ反応を示した。私は続けた。

 休憩時間に、ある女性がステージのところまで来て、そして、ピアノを見て驚いた。
 そのピアノはヤマハだったのだ。彼女はシュタインウェイだと思ったのではないかと思う。
 あなたが、ヤマハをシュタインウェイのように美しく弾いたからなのだ。

 すると、アッシュケナージは、「シュタインウェイでしたよ」と言った。
 私は、とっさに頭が混乱して、言葉を続けることが出来なくなった。
 それでなくても、多くのファンが並んでおり、私がアッシュケナージを独り占めすることはできない。「サンキュウ」と言って、やむなくその場を去った。
 
  注 1970年のピアノは「ヤマハ」で、「シュタインウェイ」のように弾いた。
     1998年のピアノは「シュタインウェイ」。

 後から考えて、アッシュケナージは1970年の時のピアノのことではなく、今日のピアノのことだと勘違いしたのではないか(いや私の英語が勘違いさせたのだ)と気づき、「今日のピアノではなく、1970年のあの時のピアノのことですよ」という趣旨で、「then」と言えばよかったのだ。

 「then」という言葉がとっさに出なくて、アッシュケナージに最も言いたかったことが「ゼン ゼン」通じなかった。

1998年5月18日 「人生時計15時54分」のことでした。 チン

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オペラ歌手:フィオレンツァ・コッソット

2007-08-18 18:15:32 | 音楽

オペラ歌手:フィオレンツァ・コッソット

2007年8月18日(土)


 今年だったと思うが、NHKのTV番組に、フィオレンツァ・コッソットが出たので、びなっくりした。
 (注) びなっくり:「びっくり」と「なつかしい」とを併せた私の造語。
  
 コッソットは、イタリアのオペラ歌手(メゾ・ソプラノ)で、1935年4月生まれだから72歳になんなんとする。

 私が彼女を知ったのは、1971年のイタリアオペラの来日公演だ。といっても、NHKのFM放送で聞いたのだが。4トラックのオープンリールテープに録音し、ベルリーニの「ノルマ」を何度も聞いた。
 一緒に来たプリマドンナのエレナ・スリオティスは、あまりに調子が良くなかった。
 一方、コッソット(当時36歳)の方は、その艶やかでハリがあり、ビンビンと響く声で、プリマを圧倒していた。

 それまで、オペラなどというものには、縁もなく、興味もなかったが、彼女の美声を通して、初めてオペラというものに関心を抱きだした。

 こっそっと言う。いわば、フィオレンツァの声に恋をしたのだ。
 その後、数多の女性歌手の声を聞いたが、今にいたるも、彼女の声ほど魅せられたものはない。
 初恋の人が一番よかったというようなものか。

 その彼女も、さすがに、加齢による衰えは隠せなかった。先のNHKの番組では、往時の美声を知る者にとっては、気の毒な感じさえした。
 しかし、私は、彼女の現在の声に、36年前に聞いた時には感じることのなかった、愛おしさを感じた。

 コッソットの美声を初めて聞いたのは、1971年9月のことでした。
 人生時計「12時53分頃」 チン

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暑さボケ

2007-08-17 20:18:38 | 健康・病気

暑さボケ

2007年8月17日(金)


 私は、夏の到来とその暑さの程度を、「あせも」で感じる。
 あまりひどくはないが、全身に出る。シャワーを浴びるとき、タオルでこすると気持ち良い。

 今年の夏は、例年よりあせもはひどくなかった。これまでは、私のあせも予報では、暑くはなかったのだ。

 ところがである。
 今日の新聞によると昨日、「熊谷と多治見で40.9度・74年ぶりに国内最高記録を更新した」という。私のあせもも、今年の蝉のように、元気になりだした。

 ところで、約10年前になると思うが、やはり暑い夏があった。例年よりあせもがひどく、痒くてたまらなかった。仕事の帰りに、とある薬局に立ち寄り、症状を言い、塗り薬を求めた。

 暫く歩いて、そして、薬を忘れたのに気が付いた。ボーとしていて、お釣りをもらったので、薬ももらったと勘違いしたようだ。暑さゆえ、引き返す気力もなかった。

 人間、暑さの限界に近づくと、ボケるのだろうか。
 一方、極端に寒いと、意識が朦朧とすると聞いたことがある。「朦朧」は「ボケ」とは違うが、脳の機能不全ということでは同じだろう。

 暑さにしろ、寒さにしろ、何にしろ、限界に近づくと、脳の機能不全が起こるのではないかというのが、私の結論である。

 年齢の限界によるボケと暑さボケが同時におこる「複合ボケ」ではどのようなことになるのであろうか。

 約10年前に、暑さボケを感じた。

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朝青龍

2007-08-16 18:16:05 | スポーツ

朝青龍

2007年8月16日(木)


 このところ、毎日のように、朝青龍の処分に関することが報道されている。
 報道されていることが事実だとすると、一つだけ、気にかかることがある。
 それは、日本相撲協会の処分は「私刑」の部分があるのではないか、ということである。

 朝青龍が処分を受けた訳は、診断書を提出し夏巡業には行かないのに、モンゴルに帰ってサッカーをしたということだ。いわば、夏巡業をサボったと見られたのである。

 朝青龍は、これまでも、多くの問題を起こしている。私は、稽古で相撲仲間に怪我をさせた、という件に関しては、許せないと思った。

 さて、処分の内容だが、2場所出場停止、4か月の減俸というもので、さらに「自宅謹慎」ということも言われている。
 「自宅謹慎」の内容は詳しくは知らないが、外出することも制限されるようだ。
 
 私は、朝青龍に厳しい見方をする方だと思うが、「自由に外出する」ことすらできないような処分は、いかがなものかと思う。
 大げさな言い方になるが、「市民的権利と自由」を奪うようなことを、私的団体が行うことは、「私刑」ではなかろうか。

 もっとも、仮に外出が自由だとして、あれだけ報道陣が待機していると、結果的には自宅にこもることになるのだろうが。

 高校時代、交通事故を起こし、停学処分を受け、自由に外出ができなかった。
その経験から、私なりの意見である。
 
 交通事故を起こしたのは、高校2年の3学期のことでした。
 人生時計「11時55分頃」 チン  
 

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桜と薔薇

2007-08-15 00:02:16 | 社会

桜と薔薇


2007年8月15日(水)


 「桜はその美の高雅優麗が我が国民の美的感覚に訴うること、他のいかなる花も及ぶところではない。薔薇に対するヨーロッパ人の賛美を、我々は分かつことを得ない。」

 これは、藤原正彦がその著書「国家の品格」で紹介した新戸部稲造の言葉です。藤原は桜を、西洋人が好きな薔薇と対比しようとして、冒頭の引用をしたのです。

 藤原は続けて、
 薔薇は花の色も香りも濃厚で、美しいけれど棘を隠している。なかなか散らず、死を嫌い恐れるかのように、茎にしがみついたまま色褪せて枯れていく。それに比べて我が桜の花は、香りは淡く人を飽きさせることなく、自然の召すまま風が吹けば潔く散る。「太陽東より昇って絶東の島嶼を照らし、桜の芳香朝の空気を匂わす時、いわばこの美しき日の気息そのものを吸い入るるにまさる清澄爽快の感覚はない」

 そして、本居宣長の有名な歌、「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」を引用し、「この清澄爽快の感覚が大和心の本質であると、新戸部は説いています。」と結んでいます。 

 藤原は、美的感覚を訴える対象として、薔薇と桜を対極のように述べていますが、植物学的には、「桜はバラ科」ということになっています。
 藤原は当然そのことは知っているのでしょうが、なぜか触れていません。

 ところで私は、国旗を「桜の花」、国歌を日本古謡の「さくら」にしたら良いのではないか、と思っています。
 
 私の感性では、「日の丸・君が代」は戦争の旗振りになるが、「さくら」ではならないのではないかと感じるからです。

今日2007年8月15日は「敗戦」記念日。 
「人生時計16時52分30秒」 チン

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地球環境の「悪化?」

2007-08-12 21:56:19 | 社会

地球環境の「悪化?」

2007年8月12日(日)



 温暖化により、「地球環境が悪化している」と言われている。しかし、私は、「悪化ではない」と考えている。地球という「生命体」にとっては「悪化ではない」という趣旨でだ。

 温暖化の原因は、二酸化炭素の増加である。
 地球上には、二酸化炭素を排出する生命体もあれば、吸収する生命体もあり、バランスが取れていた。しかし、人類という生命体が、大量の二酸化炭素を排出しだし、そのバランスを崩した。

 温暖化の影響は多々あるが、人類にとって最大のものは、海水面の上昇ということだろう。なにせ、海水面が上昇すると、人類の生存場所が少なくなるのだから。

 一方、海水面は二酸化炭素を吸収すると言われている。
 ということは、
 ①海水面の上昇によりその面積が増加し、二酸化炭素をより多く吸収するようになる。
 ②海水面の上昇により、人類が減少し、二酸化炭素の排出量も減少する。
ということになり、いつかどこかで、バランスが回復するということになる。

 私は、地球という生命体は、自らを守るため、「ガン」ともいえる人類を排除しようとして、「温暖化」という防衛反応を示しているのではないかと感じている。

2007年8月12日 「ヒェー!暑かった。温暖化のせい? とまれ、冷えー飲み物が欲しい。」 人生時計 16時52分23秒 チン

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孫とのミステリー

2007-08-08 18:26:54 | 家族

孫とのミステリー

2007年8月8日(水)

 孫〇〇(ここでは「Yちゃん」とします。)が2歳7か月の時のことです。私にとってはミステリー。あまりの不思議さに、孫を主人公にして、それを記録しました。読んでみスてリー。


Yちゃんと「ジィジとバァバとパパとママ」


2002年10月14日



 今日僕は、ジィジとバァバと一緒にタっ太でドライブに行ったんだ。
 ママが、子育ての講演会を聞きに行くので、ジィジとバァバに僕のお守を頼んだんだ。
 11時頃にジィジとバァバがタっ太で迎えに来てくれ、甲田町の「飛脚」まで言って、つるつるを食べたんだ。
 僕がテーブルに座る時、ミッキーマウスの子ども椅子をせがんだので、バァバが「あるのを知っとったんかね。」と感心していたけど、前に来たときに座ったことがあったので、覚えていたんだ。
 つるつるを食べるのも大分上手になったよ。
 ジィジが爪楊枝を使ったので、僕も真似をしてみたよ。爪楊枝を使うと、少しすました顔になるんだ。
 飛脚の駐車場にショベルカーがあったので、ショベルカーに乗ったよ!乗ったよ!ザックザックしたよ!楽しかったよ。
 トンボが飛んぼ(「で」が「ぼ」になまった。)来て、バァバの指に停まったよ。僕は少し怖かったので、少し離れて見ていたよ。
 帰りのタっ太の中で、ジィジがジィジを指して「これはだ~れ」と聞くので、僕は、「パパ!」と言ったよ。ジィジがバァバを指して誰かと聞くので、「ママ!」と言ったよ。ジィジが「あれっ」という顔をして直に聞き返したので、「パパ、ママ」と言ったよ。その後も何回も同じことを聞くので、何回も「パパ」「ママ」と言ったよ。パパとママが恋しくなっていたんだ。
 マンションに帰ったとき、ジィジが又聞いたので、今度は「ジ・ィ・ジ」そして「バ・ァ・バ」と言ったよ。やっと安心したよ。

 注1 「タっ太」とは、車の愛称。車名と孫の名前を合成した。
 注2 「つるつる」とは、うどんのこと。
 注3 「ザックザック」とは、ショベルで土を掘る動作のこと。

2002年10月14日 不思議体験。 
「人生時計 16:23:06」のことでした。 チン

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碁の神様

2007-08-07 07:38:57 | 趣味

碁の神様


2007年8月7日(火)


 将棋の羽生善治九段はかつて、「角落なら将棋の神様に勝てる。」と言った。

 2004年だったと思う。囲碁棋士を囲むパーティに出席する機会があり、羽根直樹九段(当時棋聖)に質問をしてみた。
 私: 碁の神様に何目置けば勝てますか。
 羽根は直ぐ答えた。
 羽根: 2目で勝ちたいですが、3目ですかね。

 同じ質問を、出席していたもう一人の加藤正夫九段にもしてみた。
 加藤九段は、しばらく考えて、
 加藤: そんなことは分かりません。

 私は、何らかの回答を期待していたので、がっかりした。が、まじめな加藤九段らしいと思った。

 加藤九段は、私と同年の1947年生まれだが、その後2004年12月30日に亡くなった。(57歳)
 天国で、碁の神様と何目置いて対局しているのだろうか。

2004年頃、人生時計で「16:37頃」のことでした。 チン

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還暦の誕生日の一日

2007-08-05 07:20:18 | 家族

還暦の誕生日の一日


2007年8月5日(日)



 昨日8月4日は、私自身の還暦の誕生日でした。その一日です。

7:15  起床。寝汗でシェーバーのBRAUN君の動きが鈍い。次にトイレ。
7:25  朝日新聞とTVを見ながら朝食。ご飯は20g程度の少食だ。冷たい麦茶が美味しい。
7:45  出勤のため、靴のClarks君と一緒に、貸しマンションの4階から歩いて降りる。
     青の半そでのTシャツに、こげ茶のmade in ITALYのジャケットをはおっているという変なかっこう。ACEの鞄に必ず入っているのは、ペンタックスのコンパクトデジカメだ。バス乗車約10分。
8:10  職場に到着。タイムレコーダーにカードを通すと、機械が「おはようございます」と音を出す。奇怪。
8:30  業務開始。まず最初はNECのACOS3という汎用機への入力業務。マニュアルに従って操作をするだけで、何をしているかはよくは分らない。ACOS君、もっと自動的にできるのではないの。温度・湿度にデリケートなので、何時も空調が入っている。寒い。
12:00  昼食。妻の手作り弁当で、味に飽きがこない。飼い馴らされてしまっているようだ。カロリーは300k程度だ。
12:15  エクササイズとして、階段を昇る。約20分間、約900段。
13:00  業務再開。パソコンでの作業がほとんどだ。時間はかかるが、ローマ字入力でブラインドタッチができるようになった。     
17:15  業務終了。今日も一日平凡だった。
17:50  散髪に行く。この散髪屋さんは私と一番付合いが長いはずだ。なぜなら、47年位前開業した時、私が最初の客だったからだ。
     1年位前から「丸刈り」にしている。知人はいぶかっている様子で、私は、「昔から人は反省することがある場合、頭を丸めることになっている。」と言うようにしている。実は本当に反省することがあった。
18:50  帰宅
18:55  シャワーを浴びる。
19:00  木村拓哉宣伝のパソコンで、メイルチェック、「お気に入り」検索。
      トヨタ自動車の4~6月期連結決算
       売上が6兆5226億円(前年同期比16%増)
       営業利益が6754億円(前年同期比32%増)
       純利益が4915億円(前年同期比32%増) 
      この間の自動車の販売台数が約216万台だから、純利益を販売台数で除すと、1台当たり平均227,546円の純利益になる。半分は値下げに回してもらえないか等と「空事」を考える。
19:30  コンピュータ囲碁ソフトと対局。(ソフトが3子置く)ダメづまりを見損じして大石を取られて負けた。将棋などに比べると、まだソフトは弱い。
19:50  夕食。発泡酒(キリンの糖質70%OFF、アサヒの糖質0各1缶)を飲む。ご飯は食べない。おかずは冬瓜を炊いたものが出てきた。
20:30  東京に住む32歳の次男が夏休みの帰省で帰ってきた。独身で結婚する様子がない。困ったものだ。お互い一言も口をきかなかった。
21:00  東芝製造のブラウン管TVで、「象の花子」の物語を見る。戦時中、上野動物園において、空襲で猛獣が逃げ出すと危険だということで、動物を殺すことになる。象は毒入りの餌を食べなかったため、餓死させる。飼育係の苦悩の物語だ。飼育係の演技が大げさで嫌味だったが、象の「演技」は感心した。「動物園は、平和な国にしかありません。」という最後のテロップが印象的だった。

23:30  明日は仕事が休みのため、いつもより少し遅く就寝。いつも妻が寝床を用意してくれる。
     
2007年8月4日 60回目の誕生日 「人生時計16時52分08秒」 チン

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能面皮:赤城前農林水産大臣

2007-08-03 00:18:18 | 政治

能面皮:赤城前農林水産大臣


 2007年8月3日(金)



 「能面皮」とは、「能面」と「鉄面皮」を併せた、私の造語です。

 能 面: 無表情なさまをいう。(広辞苑)
 鉄面皮: 鉄のような面の皮。恥を恥とも感じないこと。(同)

 赤城前農林水産大臣ほど、「能面皮」という表現がピッタリの方はいないのではないでしょうか。

ステージ1
 事務所経費の架空計上が疑われての記者会見。
 能面のような表情で、ただひたすら、「法律に従って適切に処理しています。」

ステージ2
 例の絆創膏。「たいしたことはありません」、と何やら思わせぶりな会見。
 私は、吹き出物のカバーではなく、事務所経費問題から「関心を逸らす」ための絆創膏であったのかなと勘ぐりました。

ステージ3
 事務所経費の二重計上が発覚した時の記者会見。
 その説明が、「単純な事務処理上のミス」とは!
 あれだけ、「法律に従って適切に処理している。」と言っていたのに、この方にとっては、「ミスも適切な処理のうち」ということになるのでしょう。
 恥も極まれりというところでしょうか。

ステージ4
 更迭後の記者会見。
 「さばさば」した表情で、それまでとは違って血の通っている人間なんだなぁと感じました。

 この方のように「芝居もできないような根っからの正直人」は政治家になるべきではなかった。

 赤城前農林水産大臣がこうも早く更迭されるとは予想していませんでした。
 この一文は、大臣の職を失う前に投稿しようと計画していたのですが、後では、「死者に鞭打つ」感があり、多少忸怩たる思いがあります。
 しかし、自民党の落選した候補者から、怨嗟の声が渦巻いていると思い、その気持ちを代弁するため、あえて、投稿しました。
 

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小田実

2007-08-01 18:47:25 | 社会

小田実


2007年8月1日(水)


 7月30日、小田実が亡くなった。(75歳)小田実の名前は「ベ平連」と共に、高校生の時から知っていた。
 小田実に特にシンパシーを感じていたわけではないが、一度だけ話を聞く機会があった。
 その時の様子を友達にメイルしたのが次のものだ。

前略
 「ピースフェスタinヒロシマ」(2006年11月3日 グリーンアリーナ)に行きました。
 趣旨は、「1万人つどえば、何かが変わる」「憲法公布60周年。60年間戦争をすることのなかった日本が、今変えられようとしている。平和への思いを集めよう。」ということです。
 ミュージシャンによるコンサートやら池田香代子さん(「世界がもし100人の村だったら」の著者)や小田実さん(ベ平連)の講演やら多彩なプログラムでなかなか内容の濃いものでした。

 小田実の主張はこうでした。
 今、日本はナショナリズムの高揚をあおり、北朝鮮の核の脅威を異常に風潮し、「戦争をする国」にしようとしている。
 しかし、現実を見ると、食料の自給率が40%、石油は殆ど皆無、日本海側の原発にミサイルが落とされたら甚大な被害を被ることになり、戦争をするのであればその備えが必要になる。このリアリズムの視点で世の中を見ることが重要で、そういう国で一体戦争ができるのか。
 憲法第9条は「今こそ旬だ」。「旬」という意味は、リアリズムの視点で憲法の趣旨を実現することこそが、「平和」にとって大切である、ということだ。
   
  注 憲法前文(抜粋)
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、・・・日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

 最後はジョンレノンの「イマジン」の合唱で「締めくくる」というものでした。「イマジン」は先の憲法前文の趣旨を分かりやすく説いたものだと思うのです。

                             2006年11月6日


 小田実の「リアリズム」という言葉が、猫背でのっしのっしと歩く様子と共に忘れられません。 合掌

 「ピースフェスタinヒロシマ」(2006年11月3日)。
人生時計16時50分のことでした。 チン

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