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広島ママブラスPeace 第9回コンサート COSMOS(合唱)、木星に超感動!

2015-08-30 22:52:27 | 吹奏楽全般

 

 

 平成27年8月30日(日)8月最後の日曜日。

学校では、夏休みの終盤を迎えそんな中、廿日市市「はつかいち文化ホール」

さくらぴあでは第10回目を来年に控えての今回は、回数も増えて第9回コンサートが

関係者多数を集め開催される。

 コンサート開幕に先がけPeaceのポップス隊(サックス5人組)がサックス5重奏を

ホールで披露してくれるメンバーいつもありがとうございます。

 

 第1部のオープニングでは、学校の定期演奏会ではよく演奏されるS.ライニキー

作曲「鷲の舞うところ」雄大さ、自由、美しさ3拍子揃った描写の序曲。

親しみやすいメロディーと躍動感ありあまるリズムが好印象で沢山の吹奏楽団や

学校でも演奏されている定番曲で幕を開ける。

 

コンサートも今年で9回を数え内容も格段に素晴しいものに第2部の演出にはいつも

心はドキドキさせられ、目と耳は釘づけ状態。

    テーマはディズニーの「雪とアナの女王」よりレット・イット・ゴーは

幼い子供が箱をもって舞台右側で組み立てアニメができあがる様子は期待が膨らむ。

大変可愛かったですね。(拍手!!!!!!)

 

 今回の超見どころといって良いほどの第1部の2曲目の合唱は大変感動さされる。

ホールいっぱいの列中央は少学生、左右はPeaceメンバー。

    楽曲名 COSMOS(合唱と吹奏楽)

    作曲作詞 ミマス  編曲 富澤 裕  吹奏楽編曲 宮川成治 

 

 

 

 

 

 

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★★中国新聞社主催 被爆70年特集 姜 暁艶 二胡コンサート 慈しみの心から平和の願い ここに完結! 

2015-08-26 12:24:45 | 姜 暁艶&二胡音楽院

 平成27年8月26日(水)

    

   アクセスありがとうございます。

  平和について少しだけお耳を傾けください。

 

さらなる過去の国家の過ちから学ぶ「平和の大切さ」、

原爆投下により罪のない広島市民が犠牲となり「原爆ドーム」の奥から

どんなメッセージが聴こえてきますか?

何と後世に語りかけているのか判ってほしい。

姜 暁艶の世界へ向け発進する「慈しみの心から平和の願い」とは、

平山郁夫画伯の平和の思いとは、

中国新聞社、ジャンコンサート実行委員会主催被爆70年特集

全収録の記録映像をYoutubeに多数アップロードしております。

      audiovideomaster921と表記されています。

      感想も随時受け付けております。

   第一部 https://www.youtube.com/watch?v=24jr5V-XqiI

   第二部 https://www.youtube.com/watch?v=f3nNBPjEEDs

本当の平和の大切さや戦争は二度と繰り返してはならない

少しでも関心を持っていただけたなら甲斐があります。

 

 

 

 

平成27年6月6日(土)
広島県民文化センターでは、二胡音楽院の二胡奏者である
姜 暁艶による広島被爆70年平山郁夫画伯のシルクロードを
偲んで慈しみの心から平和の願いを世界にへ響け!

 

主催:中国新聞社、ジャンコンサート実行委員会
後援;平山郁夫美術館 
   
01 オープニングタイトル

 

先日、8月6日広島市は、被爆70年の節目を迎えました。
平和公園原爆慰霊碑周辺で式典が行われました。

 

世界ではじめて「原子爆弾」投下が投下され,
罪のない市民が多数(推定15万人以上) 亡くなり
二度と国家はこの過ちを犯してはならない。
現在、若者には原爆投下の言葉は知っていても、
今、平和(PEACE)が保たれているのはこのように罪のない方の犠牲
の上で成り立っており「平和の願い」だけではなく
国家は、どんなことがあろうと「この過ち」を犯さない、
そして、「戦争は絶対しない」、「平和の精神を貫く」
を国家(首相に強く表明する)の平和3原則にしたい!
この惨劇に比べれば他の決議など皆無に等しい。
                         (広島市民在住)
「原子爆弾」投下までの経緯「国」の過ちで昭和20年はどんなことが
1941年10月首相に就任した東条英機はついに日本海軍による
ハワイのオアフ島真珠湾攻撃、及び陸軍によるイギリス領マレー半島上陸を決意し
太平洋戦争が開戦するのです。(昭和16年12月ころ)
山本五十六が「真珠湾攻撃」を実行に移すのでした。
この真珠湾攻撃を提唱したのが山本五十六。開戦時の連合艦隊司令長官です。
当時の日本海軍の基本戦術は本土近海で敵艦隊を迎え撃つという守りの戦術。
しかし、真珠湾攻撃では、こっちから航空機で攻めてやろうという戦術。
なぜ真珠湾攻撃をしたのかはここでは触れないことにする。
                         (太平洋連合艦隊実行者)
(太平洋戦争)1941年1945年(昭和16年~昭和20年)
開戦後、まもなくは日本海軍は勢いで太平洋上の島々を占拠します。
1942年1月、マニラ、2月、シンガポール、3月、ジャワ島占領。
1942年6月のミッドウェー海戦では空母4隻、航空機300機を失い、
また多数の熟練兵も失い惨敗します。このミッドフェー海戦を機に戦局は一変。
アメリカの猛反撃にあいます。
その後は、守りに回った日本ですが米軍の猛攻になす術もなく、
1945年3月硫黄島敗北、東京大空襲、1945年6月沖縄戦敗戦・・・。
そして、1945年8月広島、長崎に原爆を投下され投下され1945年8月15日。
ついに昭和天皇はラジオにて全国民に向け敗戦を伝えるのでした。(戦争終結)

 

 記事の一部はインターネットより著作引用 

 


昭和20年前後を振り返ると当時の東条英機首相と山本五十六
開戦時の連合艦隊司令長官。の当事者によって太平洋の広範囲
に渡り熟練兵、戦闘員、罪のない国民が無数に犠牲となり若い尊い
命が戦場へと散ったとても想像絶する悲惨、悲痛である何者でもない。
独裁者の自惚れ(うぬぼれ)自信過剰によって起きた戦争だ!

 

私は、戦争の起因として日本国以外にも人種、考え方の相違
国益の為(第三国自国以外)といいながら強制的に奪う主張しあうこと
からはじまる行為だ。(こういう第三国には国民の権利はなく独裁的な
国家が多い。世界中で内戦やテロ活動をしている国少数あるね!
よく考えると、日本国家も過去にはこれと同じ状況ではないか?
現在各国で平和が保たれている背景には「核抑止力と
(核抑止力は、平和を維持するために必要なものである)いわれるが
これは国民向けではなく国家向けのももである。

 


 最後に平和維持のために

 

(1) 過去のような過ちを絶対行わない。

 

(2) 独裁的な考えは持たない。(主権在民国人のことを常に念頭)

 

(3) 原爆投下に至る経緯と平和への大切さを若者に呼びかける。
   
    二胡奏者 姜 暁艶と平山郁夫画伯は、
    慈しみの心から平和の願いを世界に向け発信します。 
 
    
録音録画は、二胡音楽院の二胡奏者である
姜 暁艶により許諾。またアップロードの自動公衆送信
可能権も許諾されています。
悪用すると著作権侵害で損害賠償になることがあります。

 

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★★平成27年台風15号 豪華客船の行方? 広島市西区草津港!猛烈な暴風雨で桟橋直撃 

2015-08-25 23:41:13 | 豪華客船入港

 平成27年8月25日(火)

台風15号の進路影響で豪華客船「クァンタムオブザシーズ来航ならず残念!

話題を変えて(台風被害関係)

 九州より北北東に向けた今年最大級の台風15号広島は中心より少し東側にあったが

暴風圏が大きく広島市草津港では港湾事務所の方がこられ油圧式の防波堤を制御されていた。

猛烈な強風に見舞われ沖の堤防では10mを越える波しぶき。

 昨年、広島市安佐南区や可部地区に大きな被害をだして犠牲者がでた所が大変心配。

同じ広島市民として落ち着かない気分。あれからもう1年だね!応援しています!

 私は、佐伯区五日市であるが携帯メールに2回緊急受信鳴り響く。

「佐伯区避難勧告」あり、右往左往する。広島市からの緊急通信で非難勧告行政命令なのだ!

(佐伯区湯来町北部、東部など一帯である)

しかし、社内では勤務中であったが直ぐ休暇でいた我が娘に連絡とり安否を気遣う。

避難勧告が発令されたら最小限の荷物を持って安全確保の場所へ直ちに逃げる!

命には代えられない。近所のお年よりも心配だ!日頃から面識を持つことが大切ね。

広島市からの緊急避難勧告の対象外だった為一安心。

 

 広島市草津港では、過去の経験より風速30メートルぐらいあったと思う。

昼過ぎから徐々に風力が強くなり気圧945hPa風速30メートル(推定)

設備点検や卸売場シャターの確認では立っていられないほどの猛烈な暴風雨。

   

   

   

   


 

 

 

沖合いから打ち寄せる高波は途絶えることなく岸の護岸に衝突。ゴミとともに打ち上げられ、

すぐそばの桟橋を見れば以前少し曲がっていたが、今回の暴風雨と高波で完全に「く」の字

になっているようである。(午後1時から4時ごろまで猛烈に吹き付ける暴風雨)

 

 

平成27年8月25日正午前より段々と風雨が次第に強くなり午後1時過ぎには最近遭遇して

いないほどの大型台風。猛烈な暴風で卸売市場内付近では、空箱や活魚のケースが

飛び交う。午後2時ごろ最も激しい高波と強風にあおられた荷揚げ用の桟橋が轟音(大きな音)を

響かせ「く」の字に簡単に曲げられ台風の恐ろしさを見せ付けた。幸いにも人の事故や施設の

崩壊は免れ、事務所に残っている社員は台風の行く手を見守る。

 

 

 

 

午後3時前後には、ついに広島市が避難勧告(住居者が積極的に非難を促す)地域別に

発令していたが安佐南区と佐伯区湯来町(水内川の危険水位を超えるなど氾濫の危機)が

警戒レベルが上がり避難指示の行政命令が(生命の危険が切迫している状態)一刻も早く

安全な場所(指定場所)に非難しなければならない。

この状況は携帯メールでも飛び込んで来た。(携帯プロバイダーより)

 

 

皆さん!

 

台風の威力を侮って(馬鹿にして)はいけませんよ。

今より本当の恐ろしさは知らないうちに忍び寄る二次災害。

早く賢く非難した方が生命の危機のリスクは少ない。

気象台、地域防災無線、報道(テレビ)などで正確な情報収集に努め

早めの行動が生命を危機から守る鉄則だ!!

 

注意報 ~ 警報 ~非 難勧告(拘束力はない) ~ 避難指示(強い拘束力) 

 

 

 

 

 

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広島五日市港 豪華客船「クァンタム」寄港で見物人多数にぎわう、そして終戦70年を迎える

2015-08-15 22:05:19 | 豪華客船入港

 平成27年8月15日(土)残暑厳しい終戦70年を迎え、国家の過去の過ちにより昭和20年

東京大空襲、沖縄県糸満市一帯南部悲惨な地上戦、広島、長崎原子爆弾投下により罪のない

国民が若い尊い命が犠牲となり終戦70年の節目、新たな気持ちで亡くなられた方のご冥福と

どんなことがあろうと決っして二度と国家の過ちはあってはならない。

 こうして戦後生まれた方が平和に何ひとつ不自由なく自由に生きていられるのは、戦前の若者

の沢山の命が犠牲になったことで平和が保たれていることを認識しなければならない。

最近の報道では、国民を不安にするような原発再稼動(勝手に再開しては大問題)、海外での自衛

権行使、拡大憲法解釈(国家の都合の良いことはだめよ)など不安材料は拭いきれない。

憲法第9条が保たれているのは過去の過ちが二度繰り返してはならんという全国民の意思が

明確であり少数の政党で決議するようでは危機感はさけられない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 広島五日市港 豪華客船「クァンタム」寄港

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  平成27年8月15日豪華客船クァンタムオブザシーズの寄港がお昼12時30分予定が

少し早まっていた。午前10時15分時間の余裕を持って会場に行くが一旦車で入るとなかなか

でることに時間がかかる。駐車場はない(事前告知はあるようである)しかし、シャトルバスが

運行しているとは当局の情報公開不足だろう。車で行ったももの一般公開は2時からとか係りが

いってくる。接岸時間も予定より早く、公開時間も不透明、見物人は迷う。

関係者の対応の悪さ、まぁ~中国人お客本意だろうから仕方ない。見物人には経済効果がない

分だけ対応は悪いようであった。本会場は、駐車スペースがないのでこのままだと豪華客船を

そんぶん見ることができないと判断し、はつかいち大橋を渡りコベルコの周辺の岸壁に車を

止め、午前11時30分ごろ沖合いを見ていたらもう豪華客船クァンタムオブザシーズの巨大な

姿は3~4km沖に停泊し徐々に会場の岸壁に向って接岸体制をとっている。

 豪華客船の姿よりこのとてつもない巨大船がどうやって接岸するか見物人が見守り、沖合いから

徐々にゆっくりと手前にくるが速度はありが大きい分非常にゆっくりと感じる接岸まで10分余り

で無事に4000人余りのお客を接岸しただただ大きいのに驚く。

 

 私が見た豪華客船クァンタムオブザシーズの場所は、会場ではなく

(1) コベルコ付近岸壁護岸(入港~接岸の様子)

(2) 商工センター8丁目、水産振興センター付近(船尾がよく見える)

(3) 西広島バイパス2号線井口台(民家がたくさんあるがよく見えるが小さい)

(4) 広島市佐伯区五日市南小学校付近(絶好の場所人気はほとんどない

    防波堤の切れ目は、かなり大きく全体が見えて◎である。

(5) 広島市佐伯区隅の浜右側は廿日市港である。いつも初日の出を撮影。

    岸の前には何もなく、はつかいち大橋がパノラマで見える絶景。

    コベルコ西斜めの海岸の位置。はつかいち大橋向こう沖合いにそびえて

    見える豪華客船クァンタムオブザシーズ「ナイスショット」1枚。

   ハイビジョン撮影でここに1時間15分炎天下のなか傘指して撮影。

   自宅にもどること午後3時20分

 

 少し休憩して夜の出港が気にかかり急遽

 コベルコ付近岸壁護岸(出港~離岸の様子)

 日中の熱射も弱まりお昼の豪華客船クァンタムオブザシーズとは一味違う姿

 日没後ライトアップされたイルミネーションがとても綺麗。

 会場の方に目を向けると打ち上げ花火連発大歓声、見送る様子が離れても

 伝わってくる。日本人ならではの感謝だろうね。遠い異国の中国からきてくれた

 半日の滞在に幕がとじようとしている最中「汽笛」が大海原に響く。

 思わず手を振り、無事に帰還してくれることを願い祈る。

 

 

      

 

           YOUTUBEに数多くアップロードしています。よろしくお願いします。

            再アップロードが最新であります。上記映像と同じです。

 

 本当に忙しい、暑さも知らず撮影観るの繰り返しで自宅に戻ること午後10時15分

 夏の良い思い出となり、この豪華客船クァンタムオブザシーズは沢山の「夢」、「希望」

 を与えてくれる。残念なのは、身近で見ることができなかった。

 

 

  ハイビジョン映像や各場所で撮影した写真を近日中公開予定 

 

 

 

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広島発 終戦70年!国家の過ちで罪のない広島市民の尊い命が犠牲に 平和の祈り

2015-08-14 11:22:16 | 日記

 平成27年8月14日(金)曇り空

広島は、明日終戦70年を迎えるにあたり個人見解(戦後生まれ)であるが

思いつくまま記述してみる。

   

   

   

   

本日、8月15日広島市は終戦70年目を迎える。
西暦2000年目の節目岡山市総合体育館で行われた
全日本マーチングフェスティバル中国大会に出場した
広島市立五日市中学校吹奏楽部。
マーチング指導は、本校の中村貴泰先生。

テーマは、原爆の惨禍ひろしま 平和への願い。
総勢100名を超える大編成で演技披露したメンバーに感謝。

マーチング表現内容あらすじは(メンバーでコンテを考える)
広島市ならではの貴重な表現内容となっている。

昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分広島市上空に
アメリカ軍の攻撃爆撃機「B29」が現れ相生橋付近に原子爆弾投下。
会場内では空襲警報のサイレンが鳴り響き原子爆弾炸裂と同時に
罪のない広島市民が尊い命と犠牲になり嘆き苦しみ彷徨い歩き
やがて「死」が訪れ、トランペットの演奏とともに場面転換。

サックスの演奏「ジュピター」とともに「平和」が訪れ最大のクライマックス
である横一列に並んだ編隊は「平和の願い」を大衆にアピールしながら
正面に向う。

「8月6日」、「爆弾の形」、「Peace」の幾何学模様が出てくるので
ご覧ください。  (2000年度の保護者解説)

現在は、マーチングフェスティバルの部はコンテストの対象から
除外されパレード部門だけになり出場校も激減模様。
過去には、こんなに素晴しいフェスティバルが全国の拠点沢山
競い合い楽しみを与えてくれ保護者一同頑張った。
広島市立五日市中学校のみなさんありがとう。
この思いを全世界に広島から発進します。
ニ度と過ちのない「平和」が続きますよう希望します。
YouTube チャンネル登録とコメントお願いします。
この大切な過去の過ちを一人でも多く判って受け継いでほしい。
記録映像は、疑似HD化しています。

終戦70年の節目に向け広島市は一層、世界中に「平和の祈り」を発進している。

 

 

  (1) 1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分広島市上空このときの天候

    快晴でB29攻撃爆撃機(エノラゲイ)が広島産業奨励館(現原爆ドーム)

    相生橋付近に世界ではじめて爆弾投下する。

    広島市が最初から決まっていたわけでもなく数箇所候補に挙げられていた

    攻撃目標の都市の一つといわれている。軍事施設や都市が大きいから?

    爆弾投下したのはアメリカ合衆国(米国)である。

    広島市以外の都市で投下が行われたとしても罪のない尊い命のが多数犠牲に

    なることは避けられず日本国民にとっても悲惨な出来事は頭から離れること

    は決っしてありえない。

 

 (2) 8月15日、毎年お盆を迎える。家族で故郷へお墓参りしてご先祖様に手を合わせる

    習慣は、特に広島市では盛んでありその裏にはこういった戦争の罪のない家族が

    犠牲となっての供養となっている。(戦争が終結した日なのである)

    例えご先祖様が犠牲になっていなくてもそういう気持ちで合掌してほしい気持ち。

 

 (3) 原爆投下に至るまでにいろいろなことがある。 

     アメリカ合衆国ハワイ真珠湾奇襲攻撃した日本。

     沖縄県の南部では、米国に制圧された北部の市民は南へ移動し罪のない

     市民が沖縄戦(悲惨な激戦)に巻き込まれ 、徹底抗戦を余儀なくされた 

     沖縄市民 (ひめゆり部隊など)多くの犠牲者がでる。14~15万人とも

     いわれ最悪の結末となる(昭和20年6月ごろ)

     空中からは機銃砲撃、海からは砲弾で逃げ場を失って自殺、自決(死を決める)といった

     言葉では言い表せないほど悲痛である。

     私は、沖縄の悲惨な激戦地をツアーや社内旅行で2回訪れ足を運ぶ。

     もし、沖縄にツアーでいかれましたら「ひめゆりの塔」「摩文仁の 丘~広島県」

     参りくださいませ。

 

 (4) まだ色々と過去には中国への侵略(残留孤児の原因)など詳細は記述しないが

     日本国家が過ちで起因によるものあると思うがここではあえて政治的関与があるかも

     しれないので記述しない。

 

            若者よ!

お盆はご先祖様へ(犠牲になられた方へのご冥福)

合掌と同時に今、平和であるということは過去に

沢山の罪のない市民が犠牲になっていることを

忘れてはいけない。

広島市民をはじめ、長崎市民、沖縄県南部での

悲惨な激戦で亡くなられた方のご冥福を

お祈りいたします。 

 

                     合掌

 

 広島駅南口地下広場エールエール 2015.7.19

          マリンバによる平和の祈り

          ~74人の仲間とともに~

   

   

   

   

   

   

   

 

 これからもまた二度と国家が過ちを起こさないためにも日本国民一人ひとり

国家の監視をしなければならない。(実際は投票された政治家に委ねる)

国会で可決する法律は国のためでもなく、全ては日本国民宛に作られるもので

よく考えなければならないのは悪までも少数の政治家が言った意見を取り入れる

のではなく主権在民で重要決議は大多数の国民が納得できるようなことでなければ

絶対に許すわけにはいかない。

原発再稼動や海外での自衛権行使の問題(第三国に行く行為は過ちのはじめと

なりかねない)自国をどう安全に国民にリスクを与えず防衛するかが先だよ。

政治的に金銭(国民の税金)で解決できればそれに越したことはない。

 

政府は、二度と過ちのない行動をとることが国民の最大の願い

あり平和の願いでもある。

 

 

   

   

   

   

   

   

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