風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

時計がない

2016年12月13日 | 出版
ある日、某件でWさんに電話。電話じゃなんなんで、会って直接話しましょうとなり、某日の「12:30ならいかがですか」とWさんに問われた。その前にすでに約束を入れてしまっていたので、少し余裕を見て13:00に霞ヶ関で会うことにした。
その某日、11:00にまずは〓〓署へと歩いていく。歩くとここは結構遠いんだよね。〓〓署の近くで、自転車に乗ったS社社長とすれちがう。あいさつしたけど、先方は気が付かなかった。同じ場所に用件があったのだとしたら、いささか笑ってしまう。
〓〓署での用件はすぐに終わっちゃった。これにはいささか拍子抜け。かといって、いまさら12:30に変更の電話をWさんに入れるのもバカらしい。まだ時間があるので、九段下の法務局に地下鉄で向かうことにした。某取次の入金先口座を変更するために、印鑑証明を取っておかなければならない。Wさんとの用件が終わってからにしようと考えていたが、印鑑証明を取っている時間くらいありそうだ。
というわけで、久しぶりに法務局に出かける。場所は三階なのであるけれど、歩いて登ると結構な距離をいつも感じる。印紙代が少し上がっていて、いささか腹が立つ。一方で赤字国債をバカスカ発行しながら、また一方ではつまらないかすり銭を国民から吸い取ってその赤字の穴埋めに回している。苛斂誅求とまではいわないが、くだらない課税よりもアベノミクスからの転換をはかった方が、よっぽど健全財政を維持できるのではなかろうか。
法務局から歩いて竹橋に出た。まだ12:00だ。毎日新聞の地下に入って昼飯。北海道料理屋さんに入って、シャケのハラミ定食を注文する。カウンターにアイヌの酋長の木彫りの肖像がドドンと置かれている。どうせ向こうのみやげ物店で売られているようなものだとは思いつつも、高さが30センチ以上はありそうなので、それだけで貫禄がある。
その昔、帯広の近くに仕事で1週間ほど滞在していたことがあった。せっかくいいところに来たのだからと、ヒマがあれば近くの温泉に行くことにした(その当時は車の免許を持っていて、レンタカーを借りていた)。そこで、背中にビッシリ毛が生えているかたを何人か目の当たりにし、「ああ、このかたたちがアイヌの末裔なのかな」と感慨を深くしたものである。
小生のアイヌ体験なんてその程度のもので、それ以上語れるような内容などないのだけれど、以前『アイヌの歴史』(瀬川拓郎著、講談社選書メチエ)を読んでいたら、元と戦ったのは鎌倉幕府だけじゃなく、交易をめぐってアイヌ民族も元と戦ったとあり、目から鱗の気分であった。しかもアイヌの場合は黒竜江の方まで出ていって、大モンゴル帝国の一部隊と戦い勝利を収めている。専守防衛に努めた鎌倉武士とは大違いだ。教科書的な平板な記述からは漏れ落ちてしまう、この列島に住む多種多様な人々の姿というものはなかなか伝わりにくいのである。
それはともかく、シャケのハラミ定食は小骨が多くて食べるのに苦労した。食べ終えてお店を出ると、まだ12:30。なんとも中途半端な時間だ。地下鉄に乗れば、霞ヶ関なんてすぐに着いてしまう。そこで、竹橋から歩いて向かうことにした。
チンタラ歩いていると、お昼時に江戸城の回りを走っているランナーの多いことにびっくりしてしまった。なかにはものすごい形相で走っている人もいて、そのまま死んじゃうのじゃなかろうかと心配になってしまう。小生もジョギングで通勤することが多いけれど、そこまでこんをつめて走ったことはないぞ。こいつら、バカなんじゃなかろうか。
前にも書いた記憶があるけれど、学生のときの師匠の言葉が甦ってくる。「おい、腹巻」「はい、なんすか」「福岡市役所や県庁の回りでお昼になると一生懸命走っているやつがおるだろ」「はい、よく見かけますね」「俺なんかな、週に2回は徹夜しているんだぞ」「はぁ?」「演習のある時は、その準備で徹夜になるわけだ」「そぅっすか」「おまえなあ、そんな状態で走ってみろ。すぐ死ぬばい」「それもいいんじゃないんすか」「バカたれ。だから、ああやって走っている連中を見ていると、気楽でうらやましいなという気持ちも湧くけどなあ、徹夜明けのコップ酒の一杯というのも格別なんだぞ」
我が師匠、もういい歳だけど、まだ元気かなあ。賀状の季節なので、師匠にもまた賀状を書かないといけない。今年の賀状には「腹巻、がんばれ」とヨタヨタした手書きの一筆をいただき、思わず涙がこぼれそうになったものだ。師匠が亡くなったら、葬式ぐらいは行かないとしょうがない。そういう師にめぐり合えたことは、一生の宝だろう。
再度それはともかく、二重橋の前を歩いていたら、江戸城前のだだっ広い空間のどこにも時計がないことに気が付いた。江戸城の一角に住んでいる天皇という人間のような制度のような存在は、一面で農業神であり、また一面で文明開化の象徴であったはずである。ところが、そいつをシンボライズしている二重橋界隈には時計がない。そこに一つの詭計を感じてしまった。
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