風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

私を雄琴に連れてって

2017年05月19日 | 出版
鬱々した日を過ごしていたら、いつの間にやら共謀罪法(組織犯罪処罰法改正)案が衆院を通過しているではないか。特定秘密法から始まり、ABEの言論弾圧ここにきわまれるというところだ。これでますます日本の報道の自由度ランキングは下がることだろう。新聞、テレビに政権批判や政権スキャンダルを期待することはますます難しくなり、頼みの綱は週刊新潮と週刊文春ということになってしまう。週刊誌は中味を読まず中吊りだけで終わらせている小生にしてみれば、それもどうよという感が強い。いよいよ「紙の爆弾」の出番ということなのだろう(ここで丸カッコ内を「笑」とするか「苦笑」とするか悩む)。
共謀罪に関しては、少なくとも5年前ならばこんな筋の悪い法案が通るわけもなかったのである。しかし、自民党の一党独裁体制下なので「これは負け戦になる」とは予想していた。そのため、負け戦はしっかりと負けなければならないという信念のもと、国会前の反対デモには行こうと思ってはいたのである。ところが、鬱々しながら仕事に疲れて社内でだらしなく酒を飲んでいる間に、衆院でしっかり負けてしまった。しっかり負けないおのれを情けなく感じてしまう。まあ、いいや。負け戦を実感するチャンスは参院で残っているので、そのうちたっぷり味わうことにしよう。おそらく、二院制というものは、負け戦をしっかり負けるためにあったのだろう。
最近、特にABEが首相に返り咲いてから言われることであるが、国会での論戦が論戦になっていないと指摘されている。果たしてそうなのだろうか。それは、昔はよかった式の言説だという気もする。小生がガキのころ国会中継を見ていたかぎりでは、論議が噛みあっていたという印象はない(もちろん、こちらがガキで大人の話がまったく理解できなかったということは大きい)。そして、最後は結局、強行採決である。現在の方が強行採決の頻度が上がっていることは否めないにしても、昔から論議を尽くして与野党双方が納得する国会審議なんてのはなかったはずだ(裏の談合については知るよしもない)。
しかし、この一党独裁時代中に日本国憲法が改悪されないことだけは、小生がいくら無政府主義者でも祈っておくことにしよう。どうせ変えるのならば、第1章の天皇条項はすべて削除してほしい。憲法から天皇条項が消えれば、アキヒトも心穏やかに暮らせることだろう。あとは変える必要はないと思っているけれど、以上の意味において、小生は改憲主義者である。
ここのところ、鬱気味のわりにはヘンに仕事には追われていて、なんとなく余裕がない。そんなところにかぎって、関西在中某氏からいやがらせの電話が入ってくる。要するにこやつも鬱々としていて、同病相哀れみたいだけなのである。お互いにそれぞれが抱えている苦労話をペチャペチャすることになる。話をしながらふと思ったが、妻は家に置いてきて、そのうち浜名湖じゃなく琵琶湖に行き、雄琴の温泉にでも入りたいものだ。それは冗談であるけれど、近いうちに関西に行こうかなあ。旧友のN氏とまた、堀りつ掘られつの熱い一夜を過ごさないといけない。
関西にいつ行くのかはまたそのうち考えるとして、琵琶湖を抱える滋賀県の旧国名は近江国である。浜名湖界隈(静岡県西部)は遠江(トオトウミ)の国である。そこで、はたと気がついた、ウミとは海も指すが湖も指す。なにせミズウミ(淡水の海)である。したがって、奈良から見て近い方のウミがあるから近江であり、遠い方のウミがあるので遠江なのだ。そこで「江」の字には川の意味もあるけれど、入り江などの用例に見られるように水が陸地に入り込んでいる場所という意味もある。したがってウミに「江」の字を当てたのではないのか、という推論を思いついた。
しかし、日本に湖はその二つだけじゃないだろという反論はあることだろう。そこで、奈良時代の大和政権のコスモロジーを想像すれば、霞ヶ浦や諏訪湖なんてのは化外の地のウミにすぎないだろう。また、浜名湖クラスの大きさでない湖はウミとカウントするに値しないということである。残るは宍道湖ということになるが、これは出雲国の持つ特殊性として説明できる。古代において出雲は、大和政権からの独立性を保持していたということだ。
そうするとここで演繹されることは、浜名湖なり遠江の持つマージナル性の高さということになる。そこでなにをイメージしているのかというと、ある段階までの大和政権にしてみれば(その年代設定はあいまい)浜名湖あたりが北限であり、そこから先への関心は低かったのではなかろうかということだ。のちのち政権が安定し規模が拡大することによって東国への侵略戦争が開始されることになるが、政権初期においては浜名湖あたりが大和の国の北限であったのではなかったのか、ということになる。もしくは、浜名湖近辺と伊勢神宮との関係もあるのかもしれない。
などと、ついつい偉そうに知ったかぶりの妄想を述べてしまったけれど、小生が知らないだけで近江と遠江の国名についてはずっと以前からだれかが論じていることだろう。そして、古代史は面白いと小生は思っているけれど、専門的な論文を渉猟しているわけでもないので、自信のない分野であることは素直に白状しておく。しかし、この小生のイメージからすると、日本という国の成り立ちは教科書的な単線的発展説では説明できないことになる。つまり、まつろわぬ化外の民をナメんなよということだ。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 高崎へ | トップ | パンツを見ない »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
仕事をしろ! (matsuoka)
2017-05-20 14:44:58
忙しいのに、よくこんな長文を書けるな(苦笑)。仕事をしろ!
がんばってますよ (腹巻)
2017-05-20 17:24:11
わざわざ書き込みすみません。
ようやく、なんとかなりそうな雰囲気に持ち込むことができました。いま、別件もあって、ウダウダしておりまする。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL