風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

冬の時代

2017年06月19日 | 出版
ずいぶんと暗い時代に突入してしまったものだ。時代も暗いけれど、小生を取り巻く環境も厳しく、難題ばかりを抱えていると意欲も減退していく。困ったなあと詰まらん思案を繰り返しては、仕事が手につかず、結局はネットの囲碁に逃げることになってしまう。そして、例のごとく惨敗を喫すというデフレスパイラルに陥っている。それにしても、困ったなあ。
それでも、ある書きたくもないくだらない書類は一通り書き終えているし、某講演の原稿起こしは終えたことだし、某原稿整理は1/3までは来ているのだから、この状態にしてはよくやっていると自分をほめておこう。そのくだらない書類は、某氏の手によってバッサリ切られてしまう可能性が高いけれど、小生としては細密までかなり注意して書き上げたつもりである。この件、早くお金にならないかなあ。
この、なんとも意欲のわかない状況の風塵社に、某日、U氏とE氏とがご来社。このお二方にしてみれば、あるイベントめいたことを開きたいと考えている。それに対して、小生の立場はニュートラルで、そのイベントめいたことをするもよし、しないもよし。するのならば協力するし、かといって参加しないという人を非難するつもりもない。その程度だ。日和見主義というよりも、小生はそのイベントの発起人役ではないという自覚があるだけということである。
その打ち合わせ目的で二人がご来社されれば、小生も話に参加しないわけにはいかない。それをぜひ開催したいというAさんの意向をEさんからうかがい、小生ら三人で相談してNさんに発起人をお願いしてみようとなる。「じゃあ、Nさんにメールを送りますから、ちょっと待っててください」と、小生がパソコンに向かってチャラチャラと依頼文案を書いてみる。それを出力して二人に見せたら「腹巻くんは大人だねえ」とEさんが感心するから、これには笑い出してしまった。
「なに言ってるんですか。だいたい、こっちは50過ぎたオヤジなんだから、いまさら大人だなんて言われてうれしいわけがないですよ」
「私だって60過ぎているけれど、そうじゃなくて、ずっと内輪向けにしか文章を書いてこなかったから、こういう外向けの依頼文とかをどうやって書いたらいいのかわからないの」
ああ、そういうことか。インテリジェンスの世界に長くいると、それなりの不都合さが生じるものなのだろう。そんな話をしている間、UさんはEさんお手製の饅頭をパクパクほおばっている。
それで、小生の書いた叩き台にかなり手を入れていただき、Nさんに送信しておく。さてさて、Nさんはどう受け止めることだろうか。「そうした催しをしてくれるな」という某氏からの依頼もあることだし、小生からのメールを読めばNさんも胸中穏やかにはいられないことだろう。罪なことに手を染めている自覚(ある人を冒瀆しているのではないかという意)が、小生にはある。
とりあえず、一通りの打ち合わせと作業が終わったので、Uさんに向かって「とっとと本を書け!」と小生が一通りアジ演説をぶったのち、Uさんの生い立ちから聞き取りを始めることになる。Uさんがポツリポツリと口にする話をうかがっていると、これがけっこう面白いのだ。こうした聞き書きデータと、某Y氏が某所で述べている書面と、Uさんがすでに発表している文章をリミックスし直して本にできれば、ベストセラー間違いなしである。もう十数年前からその作業をしているというのに、ベストセラーを出す前に弊社が風に吹かれた塵になっちまうぞ。
Uさんの本がベストセラーになったら、お次はEさんの国際インテリジェンス物語を本にしなければならないことだろう。しかし、この共謀罪の時代、左翼テロリスト本でベストセラーを連発する出版社などありえない。ウウッ、こちらの首が絞まるといやなイメージしかわいて出てこない。
その翌日、くだんの某Y氏に関するメールが何件か入っている。そのかたについて、果たして動きがあるのだろうか、ないのだろうか。小生は、残念ながら後者の見方をしている。要するに、この日本という国はソフトな収容所群島的な体制であり、一度本気で国家に刃向かった者には、徹底して弾圧するという旧態依然とした姿から抜け出せていないと考えているからだ。もっと端的に表現すれば、「民主」主義ではないということである。国家主義でしかないのだ。
そこで、民主とはなにかという大きな問題が発生する。そもそもが、民を代表する人物など理論的に存在しないわけである。つまり、そのために選挙制があるのだとしても、選ばれた代表以外に投じられた票はどこに消えてしまうのかということを問題提起しているのだ。したがって、多数決原理ははたして民主主義なのだろうか。もちろん、これは民主主義の定義にもよる。多数決原理=民主主義という立場ならば、それはそれでよろしい。
しかし一方で、少数者の権利をいかに守るのかが民主主義であるという定義もある。小生もこちらに乗りたい。小生はテロリズムを100%肯定する立場ではないけれど、民主主義が前者の定義に基づくのならば、9・11が示すようにテロもいいじゃないかと、共謀罪が成立した現在にあえて申し述べておくことにしよう。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 関西出張予定 | トップ | ちゃんぽんリタン »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL