Slow Life Slow Fish

日常の何気な写真中心に

田出井山古墳【反正天皇陵】/百舌鳥古墳群:大阪府堺市(2017.05.03)

2017年07月16日 | 古墳
百舌鳥古墳群のMAP画像は堺市博物館さんのHPからです。

№6が反正陵なんですが、歩いて全域回るのがちょっと辛く、三国ヶ丘駅を拠点にまずは反正陵は電車で堺東駅まで向かうことにしました。
 
●田出井山古墳(反正天皇陵)(前方後円墳/全長148m/時期:5世紀中頃)


反正陵で正しいかは専門家にお任せとするとしても、堺市内ではほとんど考古学的な呼び方ではなく
天皇陵としての表記しかないところにすこし驚きました。
ただしこれだけ天皇陵候補が並んでいるとそうなっちゃうって感じですかね。
ちなみに天皇陵や陵墓参考地の場合は、宮内庁の立ち入り禁止という文言だけで、解説というものがそもそも存在しません。
なぜならそもそも陵墓に解説が必要ではないから。
 
ということで他の地域の場合は、古墳解説が大体あって、それ見ながら回るのですが百舌鳥古墳群の場合はさすがというか、解説は陪塚だけなので陪塚をしっかり見ていきたいです。
 
反正天皇は、仁徳天皇の皇子で母は磐之媛(葛城系)と言われています。
仁徳陵が486m、磐之媛陵と言われている奈良にあるヒシアゲ古墳が219mであり、反正陵はそれに比べると規模が小さいです。
 
とはいうものの148mの古墳。
堺東駅から迷わず到着できました。
古墳の周りの住宅地は、区画整理ができないのか?すごく細く入り組んでいてかなり昔の地形が残っている感じです。
天皇陵なので前まで行っても門しか撮影はできません(苦笑)。
さらに住宅に囲まれていてほかの角度もチェックは難しく次へ向かいました。
 
●鈴山古墳(方墳/一辺16m/時期:5世紀後半)
反正陵から次に向かおうと帰りは徒歩で三国ヶ丘駅へ向かっていると鈴山古墳に遭遇。



時間の制約で陪塚はチェックしなくてもよいかなと思っていたのですが、陪塚の解説に反正陵の
解説も入っていて反正陵よりもしっかりチェックしてしまいました(笑)。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

浦安で久しぶりに

2017年07月15日 | ランニング
7月の練習は前半順調、中盤が出張、懇親と伸び悩み中です。
ただ何とか200km到達は目指せる状況なので引き続き暑さを避けながら走り込みを続けます。
今日は隅田川にしようか、荒川にしようかと思案した結果、古巣浦安の旧江戸川河川敷で
練習することにしました。
きっかけは駅で、メトロの広告みたこと。

石原さとみさんの広告が茅場町に変わっていて、
茅場町だといつも走っている隅田川だし戻ろうかと一瞬思いつつ、浦安の広告の時のロケ地を見てみようと思いつき、浦安へ。
 
葛西から浦安に向けて走る東西線をバックに撮影したシーン。

この撮影結構凝っていて、バックに走る車両が、東西線の新型車両を選んで撮影されたということです。
細かいですが、東西線には東葉高速鉄道も乗り入れているので、メトロ車両じゃない列車(オレンジ)も走っています。
そして東西線車両(ブルー)には旧型と新型がある。
再撮ができない状況だったはずで、大変だったろうなと。
 
ちなみに同じ位置から撮影してみましたが、残念ながら東葉高速鉄道車両でした(苦笑)。


 
こんなことをしながら旧江戸川河川敷をピッチ181設定でスタート。
しかし陽が上がってからのRunは厳しくて、14kmで断念。
最低20kmはと思っていたのですが、東西線の写真撮るのがメインとなってしまいました。

その後は新幹線で金沢へ移動。
 
連休中の練習の部隊は金沢で。
雨が心配ですが。。。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

いたすけ古墳/百舌鳥古墳群:大阪府堺市(2017.05.03)

2017年07月06日 | 古墳
●いたすけ古墳(前方後円墳/全長:146m/時期:5世紀中頃)
 
いたすけ古墳は百舌鳥古墳群の中で8番目の大きさの前方後円墳です。
8番目というと巨大古墳がひしめく百舌鳥古墳群ではあまり目立たない規模ですが、146mというととんでもない大きさですね。
さらに周濠が巡っているので普通に考えて巨大な古墳ですね。
 
ただ、いたすけ古墳が規模以上にメジャーである理由が遺跡保存運動にあります。
私も生まれていない遠い昔になりますが、戦後復興期に宅地開発のために多くの古墳が破壊されたそうです。
古墳の破壊に関しては、群馬での残骸のような古墳イメージはつきます。
いたすけ古墳もその例にもれず、昭和30年、宅地開発のために破壊されそうになりました。
当時は遺跡保存という市民運動など考えられなかった時代、故森浩一先生たちにより保存運動が活発に行われ現在があるということです。
 
森先生は同志社大学で教授をされ「町人学者」と自称し勲章等はすべてお断りをしたという異端な方。
旧制堺中学に通われていたということなのでこの辺りは地元なのでしょうか。
いたすけ古墳を見て、森先生が百舌鳥古墳群に囲まれて育ったんだなと聖地を堪能しました。
 
最近では百舌鳥古墳群の世界遺産登録のために、いたすけ古墳の木々の伐採という話が出ているそうです。
ただ、この古墳はタヌキが住んでいるのが有名らしくて、古墳保護かタヌキが大事かという
ちょっとした論争になっているようですね。
古墳チェック後に知りました。
 
古墳自体は、柵がされていて近づけなくなっているので詳細なチェックはできません。
周濠のさらに周りの柵の外から眺めることになります。
古墳のくびれ部はよくわかります。

 
 
 
 
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『箸墓幻想』内田康夫著 

2017年07月05日 | 旅のお伴の本
久しぶりに新幹線の携帯に小説を手にしました。
っといっても古墳ネタになりますが(笑)。
 
箸墓幻想は、ルポライター浅見が主人公のミステリーシリーズの1冊。
テレビドラマにもなっていますがこちらは観てません。
あらすじは、考古学者の失踪死亡事件に端を発し、その事件が未解決のままに考古学的な発見があり、
歴史的ニュースになる中、別の事件が発生!そこに考古学者の過去にまつわる
愛憎が絡み合っていくというような話題が盛りだくさんなものです。
そしてその舞台が、タイトルの箸墓古墳、、、っではなくて、
その近くにあるホケノ山古墳です。
ということで箸墓古墳な眺めるだけなんですね。
まあ陵墓参考地で中に入ることができないし当然なんですが。
 
箸墓古墳、ホケノ山古墳というとどうしても話題は卑弥呼の墓?邪馬台国?という方向に向かいます。
小説では邪馬台国畿内説に偏り気味で、その決め手として画紋帯神獣鏡を物語のキーにしています。
確かに三角縁神獣鏡にするとインパクトが出せません。
 
気になるところは同志社大学が目立つところ。
同志社大学の考古学者といえば、故森浩一先生。
森先生はどこにも登場はしてこないけど、登場人物のモチーフになっているのか?は不明。
根本的な考え方が違うのでモチーフにはできなかったのかな?と思いながら読みました。
 
そうそう、現近つ飛鳥博物館の白石太一郎先生は実名で登場。
小説の中の評論の感じは、そのままというか白石先生っぽい表現になってます。
 
可哀そうなのが、纏向学研究センターの寺沢薫先生。
どう考えても小説に登場する、畝傍考古学研究所の課長平沢徹というのは、寺沢先生のことに見えます。
小説 平沢徹
本物 寺沢薫 
小説内で、平沢徹は殺されちゃうんですね(汗)。
寺沢先生のコメントが読みたいという気分になりました。
 
結局小説読んでも実際との比較が気になってしまいますが、小説内の考古学者が語る箸墓古墳への想いのところ、
「平沢は車を停め、今度は外に出ないで、フロントガラスを通して、箸墓とその向こうの三輪山を仰ぎ見た。細めた目には懐旧の想いをこめて、いつまでもそうしていたいような気配があった。」
 
本当にとの通りだなと思ってしまいます。
自分が箸墓古墳を見るときと同じ感覚で何度でも訪れたくなります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年6月の走行距離

2017年07月01日 | ランニング
185.87km
 
今月から練習強化することができました。
いつもであれば6月か7月に10kmの大会エントリーしてますが
今年は、秋まで予定がありません。
出張で申し込みしても走れないというのが現実ですが、その分じっくりと秋に向けて計画的なトレーニングができそうです。
6月はメトロノームにピッチを合わせた練習をし続けました。
まずは身体にピッチ180を記憶させるために、練習ペースは関係なくひたすらメトロノームを180にセットして走りました。
結果としては、距離を踏めるかはまだ未定ながら、リズムに合わせてフォーム改善も進み、中身の濃かった6月だったなと思っています。
 
ただしフォーム改善の影響により6月最終週は、左脚脛に違和感が出てしまいました。
ピリッと神経痛のような痛みが走るようになったので最終週は安静にし、アイシングを強めに行った結果、現在は違和感は消えてくれました。
ということで月間200km超えるペースだったのですが残念ながら、最後は未到達となりました。
秋本番に向けての身体が大事なので、まあ十分な6月だったなと思っています。
 
7月は、暑さもきつくなるし出張も多いし、例年走れていません。
記録を見ると、
2013年 45km(この年は骨折&亜脱臼)
2014年 52km(この年は前月の30km走のダメージに耐えられなかった)
2015年 70km
2016年 97km
なんと、100km超え一度もしてませんでした。
今年は距離は当然として、6月からの継続でピッチを身体に見つける訓練を継続したいです。
具体的には、20kmをメトロノーム無しでピッチ180以上の一定リズムで走ること。
これができれば本当に身に着けたといえるかなと思っています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その3~

2017年06月18日 | 関東の古墳
総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その3
 
総社古墳群の備忘はこれで最後です。
 
●宝塔山古墳(方墳/規模:54m/時期:7世紀末)
総社にある天台宗光厳寺を目指していくと宝塔山古墳があります。




方墳としては非常に巨大な古墳です。
時期は7世紀末と言われていますが、この時期は奈良で言えば藤原京の遷都したりと古墳時代どころか飛鳥時代の末期です。
群馬ではこの巨大古墳が時期がずれて勢いをつけてたんですね。


 
石室には自由に入ることができます。


奥へは約12m。
愛宕山古墳に比べると、石室の精巧さが段違いですね。時期にすると100年弱の間で技術の進化がここまで進むんですね。




 
石室が自由に見ることができるのはありがたいんですが、方墳が鉄柵で囲まれたり、石垣で崩れを防止してあったりすると、ちょっと興ざめな感じはあります。

 
 
●蛇穴山古墳(方墳/規模:40m/時期:8世紀初頭)


宝塔山古墳のすぐ近くにある方墳です。
宝塔山古墳の後に造られた古墳で、ちょっと小型な古墳です。




それでも40mの方墳というと巨大古墳となりますが。
宝塔山古墳からより変化した点としては、玄室への羨道が省略されている点。


横穴式石室の場合は、石棺が納められる玄室と、玄室までに通り道の羨道で構成されます。
宝塔山古墳の場合はこの長さが約12mありました。
しかしすぐ隣にあり、築造時期も直後である蛇穴山古墳では、羨道が省略されて、壁が末広がりな特殊な形をしています。






石の組み方は精巧ですね。
この古墳が群馬県の古墳としては本当に最後の古墳ということのようです。
 
これで総社古墳群のチェックは終了です。
群馬県には本当に大きな古墳が存在します。
観光として整備された古墳もありますが、未整備な古墳も、破壊されてしまった古墳も存在します。
 
先日は群馬県知事が古墳を県のPRに活用と言われていました。
確かに魅力的な歴史資産が群馬県には本当にたくさんありますね。
前橋市の古墳は今回で一段落ですが、まだまだ未チェックの古墳があるので忙しいです(笑)。

そうそう、蛇穴山古墳の隣には前橋市総社歴史資料館という施設が設置されていたんですが、月曜はお休みということでチェックすることはできませんした(残念)。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

金沢マラソン当選

2017年06月17日 | ランニング
金沢マラソン2017に当選しました。
秋のマラソンの計画するためには、フルマラソンの本命の確定ができないと難しいところで、
これでおおよそ目途がつきます。
昨年も当選しながらも、同日開催のアクアラインマラソンの方に出走。
アクアラインマラソンは2年に一度で今年は開催はないし、
3年連続で当選した金沢マラソンをキャンセルするのもバチがあたりそうで今回は
出走することにしました。
ちなみに、今年の同日開催の横浜マラソンにも当選してまして、
こちらをキャンセルすることになります。
 
今のところフルマラソンのPBは金沢マラソン2015なので、今回はこの記録を超えることを最低目標とします。
開催は10月29日。
昨年より一週間遅れでの開催です。
 
そうすると、10月の頭にハーフを1戦行うのが秋の初戦となり、
11月半ば以降にフルマラソンをもう1本という予定になるかなぁと。
 
ハーフに関しては今のところはまったく未定なのでこれからよいレースないかを考え、
11月半ば以降のフルマラソンは、3年ぶりのつくばマラソンにしようかなと思案中です。
つくばマラソンは先着順なので、エントリーのクリック合戦にまずは勝たないと走れませんけど。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その2:愛宕山古墳~

2017年06月10日 | 関東の古墳
 
●愛宕山古墳(方墳/規模:56m/時期:7世紀前半)
愛宕山古墳(あたごやまこふん)は、前に現代の墓地があり、草木も生えているので全体像があまりわかりません。

立看板には、方墳で一辺56mとありますから、巨大古墳ですね。
墓地の前を通りながら石室開口部に到着。




狭い。。。
 
これは見学者を選ぶ狭さです。
ランニングしてなかったら入れなかったかも。
ともかく狭い開口部から中にはいることにしました。


 
狭い開口部から想像できないくらいの広さです。
56mの方墳ですからこの規模でもおかしくはありませんが。
愛宕山古墳の築造時期は7世紀前半と言われています。
ちなみに同年代の畿内の古墳で言うと、蘇我馬子の古墳と言われる石舞台古墳(7世紀初頭)が51mの方墳と言われていますから、規模感が分かりますでしょうか。
石室の石材の規模・量は比較にならないにしても、大変巨大な古墳と言えます。

 
盗掘孔とみられる穴がありました。
一応中を撮影。
 
なお石室内から外に向けてのお決まりのカットは撮影しましたが、チリの映り込みが激しく(オーブ現象)、掲載は不快に思われる可能性があるのでやめることにしました。
■愛宕山古墳
■場所 群馬県前橋市総社町
■形状 方墳
■規模 一辺56m
■築造時期 7世紀前半
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メトロノームトレーニング

2017年06月04日 | ランニング
秋のシーズンに向けて5月からフォーム改造に入っています。
問題は、30km以降のハムストリングスの痙攣です。
PB更新を狙った静岡マラソン2017でも後半痙攣により断念となりました。
この点への克服のテーマ設定として筋肉を使いすぎないフォームを会得することを今シーズンの課題としています。
5月は、着地にこだわって骨で着地する意識で走りました。
この過程では、従来使ってなかったのかより上半身に近い筋肉に疲労が溜まったので、脚の筋肉を使いすぎたフォームになっていたんだろうなと
対策としては的を得てるんじゃないかと思っています。
 
5月で意識をしたランニングができるようになったので6月はリズムづくりに入ることにしました。
自分の場合はピッチが必ず後半落ちてくる傾向があります。
今のところその原因を、前半に脚の筋肉を使いすぎるフォームであるとみています。
この克服のためにメトロノームアプリを利用することにしました。
ランニングにこういうのが使えるというのが本当に便利ですね。
いつもは平均ピッチが176~178位なので、まずは180を目指すようにセット。
 
この音を聞きながら走り始めます。
最初は無理なく対応できていたのですが、微妙に遅れそうになります。
これがピッチ178と180の差でしょうか(苦笑)。
わずかのことですがリズムが乱れます。
 
この乱れを修正しようとすると、5月に身体に染み付けたはずの着地がまずいことに気づきます。
着地の後が遅いというか、着地後に脚が流れていると微妙にメトロノームのリズムに追い付かないんですね。
結局180に合わせるために、着地と蹴りがほぼ一緒なような動き方にならざるを得ない感じです。
 
今回は追い込んだ練習ではないので、リズム合わせ重視で成り行きで走っていると、ペースはおおよそ5分15秒/kmでした。
 
ちなみにLAPとしてははるかに速い葛西ナイトマラソン2017春のデータと比較してみると
メトロノームの効果は一目瞭然!

今回の普通の日常の練習はピッチを180以上に保てているのに対し、
葛西のデータはSTARTからみるみるピッチが落ちているのがわかります。
これじゃタイム伸びませんね(苦笑)。
 
メトロノームを使った練習は、単にピッチの問題だけではなく、フォームの改善も強制されるので非常に有効だと思いました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その1~

2017年06月04日 | 関東の古墳
大室古墳群をチェックした後は、レンタルチャリで逆戻り。
さらにもともと宿泊していたホテルを通り過ぎて総社の方に向かったので結構な距離でした。
これはRunじゃ無理だったと思いつつ総社古墳群のチェックです。
なお前橋市総社歴史資料館のサイト記事によれば、総社古墳群は5世紀後半から7世紀後半にかけての
古墳群で築造の順番としては、
遠見山古墳→●王山古墳→(王河原山古墳:消滅)→●総社二子山古墳→●愛宕山古墳→●宝塔山古墳→●蛇穴山古墳の
順番で築かれたということです。
今回のチェックでは遠見山古墳が時間の関係でチェックできませんでしたが、5基の古墳を見ることができました。
築造の順で見ていきます。
 
●王山古墳(前方後円墳/規模:90m/時期:6世紀前半)


この古墳は完全に公園になってました。


古墳が滑り台になってます(笑い)。



復元想定図からするとものすごい数の段築ですが、本当なのかな?
特徴としては、墳丘が全部石で積まれた「積石塚」というものとのこと。
確かに利根川がすぐ近くにあって、石には困らなそうな場所にありました。
公園内には、積石の具合を想定した復元がされています。

またこの規模で石室全長が16.4mあります。
これだけの長さというのは、後円部の中心に埋葬施設を置きたかったからなのでしょうか?

公園の脇に不明の大きな石が。解説がなくわかりませんでした。


 
●総社二子山古墳(前方後円墳/規模:90m/時期:6世紀後半)


こちらは王山古墳とは違い古墳として残ってました(笑)。
この古墳は石室に入ることができました。
石室は前方部と後円部の両方にあるということですが入れるのは、前方部の方。
後円部は封鎖されていて入ることはできませんが、こちらの方が規模が大きかったとのこと。


墳上にもあがりやすくなっています。結構訪問者が多いのかな?

 
この古墳の見所は石室でしょう。
しっかり堪能してきました。









古墳に咲いている花がきれいで思わず撮ってしまいました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加