こころを合わせてLet's Play ! (ギター)

GC&WIサルビアのナビゲータ役Itou発信。週2回(水・金)の練習記録とギター周辺話(時には脱線あり?)のブログです。

マイギター2代目との再会

2008年06月10日 09時27分08秒 | マイギター
毎日更新しているとギターに関するブログネタはなくなりますね。(笑)
今日は見つけようとして思い出したことを書きましょう。(笑)

以前にマイギターシリーズで私の使ってきたギターを書きましたね。
その2代目河野ギターを知人に譲ったと。。(約30+α年前)
その河野ギターと再会しました。
実はこの楽器を手放した事はその後暫く悔やんでいました。
いくつも楽器持っていても弾けるのは1本なのにね。
でもその中にいっぱい思い出が詰まっているんですよね。
河野君の持ち主さんからある日突然に電話がありました。
ギターサークル・サルビア会員募集記事として新聞や広報に私の名前や電話番号が出ていたのでそれを見てかけて来たとか。
何人かにギターを教えているので・・・と楽譜の話しか何かで連絡を取りたかった様子(だったかな?)。
それでその教室で河野ギターと対面でした。
久し振りに弾いてとても懐かしく感じたものでした。
でもあの頃のギターではなくそれはその人の楽器だと実感しましたね。
年数もかなり経っていたし、ギターも変わるんですよ。
ご縁のあった楽器はずっと弾き続けてあげるのが一番と思いました。

蛇足ながら、70年代の河野ギターは中古ギターでもかなり値打ちが上がっているらしいです。(笑)
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マイ ギター  ⑧

2008年05月12日 04時41分23秒 | マイギター
ポール・フィッシャーと言う名前はその時初めて聞く名前でした。
イギリスのルビオ工房で修行をしてきた制作家だそうで、目の前のギターはそのルビオ工房時代か独立直後のものらしい。
私はギターの輸出入をしているA貿易に勤めていたのでいろんな楽器を見るチャンスはありました。
その頃、ギター愛好家に最も好まれていたギターはラミレスでした。
でも私には弾きにくい楽器で興味薄。。
それよりも聴かせてもらったルビオの音に強い印象がありました。
弾き手のタッチの問題かも知れないんですけどね。私自身は触りませんでした。
とても私の力量にはお呼びでない次元の楽器と思っていましたから。
そのルビオ工房で制作を学んで来たポール・フィッシャーのギターが目の前にあり音色もそれまで使ってきた楽器より深みのあるような印象。
それは低音が特によく響くギターでした。
ポピュラー系Duoを意識するとそういう楽器がいいかも~と少しだけかすめて行きました。。
でも正直言って熱い熱いラブコールするまではいかなかったんですよ。。
遊びで弾く楽器だから・・って思ってしまうんです。
グズグズしている間に夫が勝手に(?)買っていました。(笑)
プレミアが付くようなそんな楽器ではないと思うんだけどY氏の熱心な薦めで夫は陥落。^^
そしてケースに入れっ放しで保管していても楽器に悪いから・・と私に弾くように言います。
それから・・十余年。今では完全に私のギターになっています。(爆)
1~2年は借り物感覚だったんですけどね。
よそよそしくしていたらポール君が可哀相だから私のものにしちゃいました。(笑)
たまに彼がそのポール君でド演歌を弾くので、早々に交代交代と取り上げています。^^
まずは家庭円満に(笑)、そして仲間があってこそのギター。
これが私のギター信条ですね。(*^_^*)

                    (・・・つづく)
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マイ ギター  ⑦

2008年05月11日 05時51分12秒 | マイギター
シリーズもの⑦までやって来ました。完結編までもうひと息。(笑)
しばしお楽しみ下さいまし。。^^

Duoパートナーの楽器も加納木魂さん制作のギターでした。
彼女のギターは杉材だったので音色は全く違っていましたがとても温かくまとまりのある楽器でした。
表面版の材質、松は遠達性があり杉は手元でよく鳴ると一般に言われていますね。深いタッチの彼女にはよくマッチしていて素晴らしい楽器でした。
二人とも加納ギター使用だったので製作家訪問してそちらで弾かせていただいたことがあります。
世界的に有名な加納木魂さんとお話させていただいて大感激でした。
サルビアのメンバーも何人か加納ギターに買い換えがありましたね。
派手さはないけどサルビアトーンで独特の合奏・・と言われたりもしました。
私としてはメンバーに楽器を買い換えを勧めるつもりはなかったのですが、メンバーがそれぞれに「音色」に目覚め購入して更なる意欲が沸いた・・結果だと思いましたね。

思い出も沢山作ってきたその加納さんのギター。
とても満足していて楽器を変えるつもりは全くありませんでした。
なのになのに・・です。
もう一本我が家に楽器がやって来ることになるんです。^^

それまでは楽器は自分で欲しい気持ちになって初めて手に取っているのですが、そのギターは私よりも夫が買おうと言い出しました。
テレビで「なんでも鑑定団」を見ていてギターにプレミアがついて・・と放送していたらしいんですね。
彼はどうやらコレクターになろうとしていた??(笑)
ギターを殆ど弾かない人が何故何故??って感じだったのですが、勝手に楽器卸商Y氏に電話していました。
ちょうど輸入物を多く扱っていた時期だったのでY氏は数本持って我が家に。
私が一本ずつ弾いて彼が選んでいました。(笑)
その中に私好みのギターがありました。(*^_^*)


                  (・・・つづく)
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マイ ギター  ⑥

2008年05月10日 05時58分36秒 | マイギター
頭の切り替えをしてからはサルビアHPプロフィール記載の活動が24年間ずっと続いています。

活動を再開して間もなく楽器(ギター)卸商のY氏がサルビアに出入りするようになりました。
Y氏は現在もアドヴァイザーとしてサルビアに関わっていただいているんですが、楽器に関することだけでなく運営についてもいろいろと相談に乗っていただける方でとても嬉しい方です。
サルビア結成5周年記念コンサートに東京からゲスト(橋本道範さん美根子さんご夫妻)にお出でいただけたのもY氏のお声掛り。
橋本美根子さんは私が憧れた新堀ギターの女性合奏団「ドリマーズ」の中心だった方でした。
この5周年記念コンサートが私が長く続けたいと思ったスタート台になりました。
それから間もなくこのY氏より勧められたのが4台目のギターです。

製作者は加納木魂さん。やはり松・ハカランダです。
この時は専業主婦なので主人に買ってもらう形。
主人は応援してくれているので(笑)楽器買い替えは快く了解してもらえました。
自分の汗流したお金で買うのとは違う別の意味幸福感がありましたね。
河野ギター・YAMAHAギター・加納ギター・・音の好みが同一方向になっています。
でも微妙な塊が違いますね。
暫く弾くとわかります。
加納ギターは上品でまとまりがとても良いんです。
コツっとして指に纏わり付いてくる音。。(音の表現って出来ないですね。(笑))
この楽器が最後だと思って大事に弾いていました。

サルビアメンバーの一人と二重奏を組んであちこちで演奏もしましたね。
レストランで演奏したり・イヴェント余興で演奏したりもありました。
思い出は数えられないほどあります。
その頃が再開後ギター人生の華の時代ですね。
そんな経験が出来たのはとても幸せなことでした。
その中でも一番の思い出は大阪で行われた「ギター音楽大賞」。
ギターを持って初めて遠征?しました。
かなり練習したけど実際には遊び半分だったんですよ。
弾いてくるだけのつもりだったのに、それが審査されていると聞いて最後まで客席にいました。
重奏部門・最優秀賞で名前が呼ばれた時にはとても驚きました。
レコード大賞などで歌手が発表の瞬間を劇的にテレビ画面で見てるけど、そこまでは乱れはしないけど(笑)相当の瞬間でした。
一家庭主婦が味わうものではないですよね。ギター再開してよかったと思いました。
受賞曲は「となりのトトロ」「日本の歌メドレー(浜千鳥・中国地方の子守唄・花の街)」
他の出場者は純然たるクラシックギター曲だったのに私達リハーサルするのも恥ずかしいようなアニメと唱歌モノ。
まさか賞をいただけるとは大想定外でした。(笑)
この時に全く知らない方々から温かく声を掛けていただいたことがとても嬉しくて今でも鮮明に覚えていますね。


                   (・・・つづく)
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マイ ギター  ⑤

2008年05月09日 05時43分38秒 | マイギター
家庭に入りギターから遠ざかっている私を気にかけていただく人がいました。
四日市ギター連盟の会長N氏。
その頃は年に1回、ギターフェスティバルとして近隣在住ギター愛好家を一つのステージに集めた催し物がありました。
私も毎年連絡を戴いていました。
イヴェントの最後に全出演者による大合奏があって、その部分だけ初見で参加したこともあります。
そのステージに愛知県の弥富町から参加していた女性ばかりのギターグループ「アイリス」がありました。ごくごく初級のギター合奏だったけど視覚から柔らかさを感じました。
それを聴きながら四日市でもそのような集まりがあったら参加したいなと思いました。
私の希望しているのは平日午前か午後の時間集まり。
でもその時間帯だと誰も開設&指導してもらえないんですよね。
四日市にはギター教室主宰を本業とされている方はいなかったんです。
「ITOUさんが呼びかけたら~♪」とN氏はじめ四日市ギター連盟の人達の声。
それから半年間仲間集めをしてスタートしたのがサルビアでした。

ずっと淋しい思いをさせていたYAMAHAギター、弦も勿論張り替えて指慣らしを入念にしてギターサークル・サルビア結成。
数年離れていると読譜力も落ちるものですね。(笑)
情けなくてくじけそうになるところを周囲の人達に助けていただきゆっくりゆっくりとスタートしました。
でもその時に主人から「誰にでも弾けるようなもっと身近な音楽をしたら?」とアドヴァイスをもらい全く切り替えをしました。
楽器の買い替えではなく頭の切り替えをしました。(*^_^*)
25年前も話ですね。(笑)

                    (・・・つづく)
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マイ ギター  ④

2008年05月08日 05時48分05秒 | マイギター
YAMAHAの手工ギターを買った頃は四日市のギター仲間と集まっていました。
その仲間の一人が私の河野くんが欲しいと言い出しました。
思い出いっぱいのしかも自力で買った河野ギターだから手放すなんて思ってもいなかったこと。
でもその人は熱心に言ってくれます。それに負けました。
買値近い金額で河野ギターはその人のところへ養子に出ました。(*^_^*)

YAMAHAギターになってしばらくして私は環境ががらりと変わりました。
結婚したのです。
新しい世界でギターを楽しむ~♪個人では出来るものの友人達との交流もコンサートからも遠のき自然と自分でセーブするようになりましたね。
そう言う世界だった・・ってことです。
それで数年間、YAMAHAギターもケースに入ったままの状態が多かったですね。
たまに取り出して弾いてみようとしても音が情けない。弾けないんです。
それでまたケースへ戻すだけ。
弦も張ったまま取り替えようともしない。
ギターにかわいそうなことをしていた時代でした。
このまま終わってしまうのかな~~と半ば思っていたのですが転機はやって来ました。

                    (・・・つづく)
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マイ ギター  ③

2008年05月07日 05時24分11秒 | マイギター
今日はWIサルビア練習日ですが練習会場の四日市市文化会館がGW明けの休館日。だからお休みです。連載物を続けましょう。(*^_^*)

河野ギターはその前の松岡ギターよりも更によく弾いていました。
その頃は仕事に就いていたので学業とアルバイト色がなくなり家で弾く時間が増えていました。
振り返ってみるとテレビ見て家族と寛いでいる時間が思い出せない。
人前で弾くのはあまり好きじゃなかったけど自分では一番楽しんでいた時代。
それまで名古屋で弾いていましたが地元の四日市でも始めていました。
河野ギターは私の青春時代にずっとそばにいてくれました。

そのお気に入り河野ギターをなぜ買い換えることになったのか・・?ですよね。
ご縁としか言い様がないですね。(笑)

次のギターとの出会いはYAMAHAで手工ギター販売促進していた友人から始まっています。
高校時代にはじめてクラシックギターの素晴らしさを生で教えてくれた先輩がYAMAHAに入っていました。
とここまで書くと名古屋近隣にお住まいの方ならあの方?と分るような人。
3年前に名古屋・大曽根でギター専門店ミューズ音楽館を開業されたY氏です。
熱心にYAMAHAの手工ギターを話されていました。
当時ギター愛好家憧れの輸入ギター・ラミレスを何本も解体し研究を重ねて作られている様子でした。
そしてショールームで弾かせてもらったら・・気に入ってしまった。^^
買ってもいいかな~~ぐらいの軽い気持ちでした。
河野ギターに特に難を感じての買い替えではなくYAMAHA手工ギターいいじゃないのって感じで。。
既に就職していたので買える余裕もありました。
と言う具合で我が手元にやって来たYAMAHAギターなので(楽器は気に入っていましたが)やって来た感動が松岡ギター河野ギターとは全然違っていました。
ギター弾くレベルが上がっている訳でもないのに私の手元に2台のギターがあるわけです。
弾くのはやはり若い子が多くなってるので内気になってく河野くん。(笑)
さて河野くんの運命やいかに・・・・

                     (・・・つづく)
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マイ ギター  ②

2008年05月06日 05時21分20秒 | マイギター
松岡ギターの次は河野ギター。
これはずっと憧れでした。
その頃にはギターを習っていて独奏と合奏と平行していました。
振り返ってみるとこの時代は学校とアルバイトとギターの三色しかない。^^
ギター友人も多く出来て楽器にとても感心がありましたね。
そのような環境にいたのは幸せだったと思います。
で、またまたコツコツと貯めたお金を全額引き出して楽器を買いに行きました。
予算は30万円。。。
ってこれも私のギター実力では大丈夫??ってランクなんですが楽器だけは良いものに触れていたいと言う思いがありました。
それは幼い頃から琴を弾いていたのですが楽器の質でやる気が全然違うのをよく知っていたからだと思いますね。
河野ギター以外にも何本か弾いてみました。輸入ギターも。
でも高価だから輸入物だから・・って自分が弾いて納得するものとは限りませんね。
予算よりかなり手前の河野ギターが私には一番と思えるギターでした。
松岡ギターは表面版は杉の楽器でしたがこの河野ギターは表面版が松で背面がハカランダ。。
音色が違ってとても新鮮な感じでした。上品なクリア~~。まとまりの良い楽器でした。
河野ギターはお年玉預金ではなく労働で得たお金でかったもの。
ギターを持ち帰った時の感動はやはり鮮明に覚えています。嬉しかったですね。
このギターも良く弾きました。
ギター友人も益々増えていきました。
思い出が沢山出来ました。

                     (・・・つづく)  
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マイ ギター  ①

2008年05月05日 06時42分24秒 | マイギター
少し前に私のギター遊び歴が相当なが~いと書いた事ありますが、これまでにどのような楽器を使ってきたのか連載してみますね。(笑)

まず一番最初に触ったのは家にあったギター。
何時頃から家にあったのかは不明。私のうまれる前かも。。(笑)
ネックの背側は蒲鉾みたいに丸みがありました。
これは家族共用だったからマイギターではありませんね。
黒いビニールケース(袋)に入ってた記憶があります。

四日市高校のギター同好会に入って先輩の弾くギター音色に開眼して初めてマイギター購入。
手工の松岡ギターでした。
中のラベルが手書きでとても立派そう。確か4万円でした。
当時の大卒初任給よりも高かったんじゃないかな?どうだろう??
それまでのお年玉貯金を全額下ろして兄に少しカンパしてもらい父に反対を押し切って買ったギターです。(笑)
ギターと言えばプレスリーやビートルズ、ベンチャーズなどのエレキギター全盛の時代で父にしてみたら娘が不良に傾いていく印象だったのでしょう。
今でも初めて家に持ち帰ってきた時の感激をはっきり覚えていますね。
本当に嬉しかったんです。
何でも飽き症だったのがギター&ギターの時代突入でしたね。(笑)。
反対していた父も学校から帰ってはギターを弾いているのを見てすぐ理解してくれました。
数年間この松岡ギターを愛用していました。
ケースは黒いハードケースになりました。

                     (・・・つづく)
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