窓の向こうの海

思考の海と、それを切り取る枠。
振り返る時に思い出すための断片。

ハルチカ

2017-07-27 00:35:57 | 読書





先週末に無事に初めての展覧会が終わって、
絵の方にひと段落がついたので、
ようやく積み本たちに手を出し始めている。


今日は2冊読めた。

ハルチカシリーズの『惑星カロン』と
番外編集の『ひとり吹奏楽部』。


このシリーズは、大学生の頃本屋さんでよく見かけて、ずっと気になっていたのだけれど、
実家に戻ってから買って読み始めた、大好きなシリーズ。


今回も初野節が健在で、
ものすごく切なくて苦しくなるくらいだった。
特に、惑星カロンにはやられた。

SNS上の人格はもうひとりの自分で、別人。

確かにそうかもしれない。

だけど、最近は顔も声も知らない人との交流、なんてこともなくて、
最近わたしがSNSで交流しているひとたちは、
顔も声も話し方も、知っていることが多い。


だから一概には偽物だとか別人だとか言えない、とも思うけれど、
これは、なんとも切ない、宇宙の星と交信する話だった。

なんにせよ、どんな形であれ、出会って、繋がることができるのは、奇跡なのだ。


わたしは出会いや縁を大切にしたい、と言っていた彼のことを信じたいなと思った。


草壁先生の感じていたもどかしさや切なさは、わたしにも理解できる。
表現は時に人間関係をややこしくする。
癒すことも傷つけることもできる。
それでもわたしはこの世界にもうずっと救われてきた。
息苦しくて堪らない時、ここでだけは呼吸ができた。
不思議だけど、生きるのを手伝って貰っている。
そんな場所。


作品世界に流れる確固たる作者さんの哲学とユーモアが好きだ。

わたしはわたしで胸を張って自分の哲学を持って生きよう、と、改めて思えた。


それにしても、小中と吹奏楽部で過ごしたわたしにとっては、
あるあるな感情ばかりで、それにもきゅっと胸が痛んだ。
憧れの総銀フルート。自分の実力と楽器のスペック。
有限の時間と、次々入ってくる後輩たち。
時折垣間見るOBOGの存在の大きさ。
チカちゃんや成島さんの気持ちが痛いほど理解できた。
芹沢さんの抱く片桐部長への想いの変化にもぐっときた。

何でも知りたがる10代にロクな未来は訪れないって、似たようなことをわたしも、19の頃に言われた。
いまならわかることがたくさんある。
あの頃はずっと焦っていて、短い時間のなかで、果てしなく長いトンネルの中にいるような気がしていた。
いつまでも大人になれないような気がして、怖かった。


青春はほろ苦いものなんだって、やっぱり、思う。

はしゃいでみても、ふざけてみても、
どうしても切なさが纏わり付いてくる。

でも、その期間をどう過ごすかで、
その先の人生がきっと変わる。

闇雲だけど必死に駆け抜けてきて良かった。

きっとそんな時期が、誰にでも必要なんだ。




新刊が待ち遠しいなあ。続きが楽しみ!


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« The Bravery | トップ | 少年たちは花火を横から見た... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。