富岡製糸場世界遺産伝道師協会 世界遺産情報

「富岡製糸場と絹産業遺産群」は日本で初めての近代産業遺産として2014年6月25日付でユネスコ世界遺産に登録されました。

「平成28年度 韮川大学において講演」平成28年10月14日

2016年10月15日 11時20分24秒 | 世界遺産伝道師協会

平成28年10月14日

 

「平成28年度 韮川大学において講演」

 

10月13日(木)、午前9時30分から11時30分まで約2時間、太田市韮川行政センターにおいて、高齢者を対象とした「平成28年度 韮川大学」で「世界遺産富岡製糸場と絹産業遺産群」と題して築比地が講演をしてきました。

 

参加者は約130名で、うち71名は10月27日(木)に富岡製糸場、楽山園、コンニャクパークを中心とした研修旅行参加者で、その事前学習として開催されたそうです。

 

 開催に先立ち事務局から研修先の楽山園や甘楽町についての話もしていただけるとありがたいとの依頼がありました。

 2時間の長丁場ですので渡りに船と、富岡製糸場の基礎石の切り出しや瓦・レンガが甘楽町で焼かれたことはもちろん、小幡藩の事、織田家7代の墓所、群馬県内に残る唯一の大名庭園楽山園、雄川堰と桜並木など甘楽町あれこれから話を進めました。

 

 本題に先立ち認識調査をしたところ、富岡製糸場が世界遺産になったことはほとんどの人が知っておりましたが、その他の3資産を知っている人は1割にも満たず、行ったことのある人は数名でした。

 また、太田市韮川地区は農村地帯ですが、養蚕の経験や実家が養蚕農家であった人がどのくらいいるか尋ねたところ1割強でした。渡良瀬川流域の水田稲作地帯であり、養蚕・製糸についての関心の薄さを再認識させられました。

 

 いつものとおりスライドを中心に、高山社の高山長五郎と太田市出身の江戸後期の尊王思想家高山彦九郎の先祖が新田義貞の重臣高山遠江守である事や、太田市薮塚出身の伏島近蔵が明治初期、蚕種をイタリヤのミラノに直接売りに行った話など身近な太田と関係する話題を織り込みながら飽きさせないよう工夫し、2時間努めさせていただきました。

 午前11時30分、27日の研修旅行の参考になればと思いながら、会場を後にしました。 事務局の太田市韮川行政センターの森尻所長、矢口主任には大変お世話になり有難うございました。

(N.T記)

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