のんびりのーと「ココロコエ」/dA-iki

-僕は旅立つんだ、きれいな寂しさの一つを抱いて-



いつでも死ねるように。

2016-10-18 | -ココロコエ-



いつでも死ねるようにしておく。
そう思う事で、すこし落ちつく。
これが一番自分にとっては大切。
どんどんそぎ落としていく作業。

余分な感情がそぎ落とされていって
どんどん透明になっていけたらいいですね。
なんかささやかな幸せだけは感じられつつ。

これが自分にとっての幸せですね。

なんか10年以上前に自分で書いていたwhite heartの透明なココロってやつ?

年も取ってきて
もういろいろ、しんどいのが増えてしまいましたからね。

…本当に、こういうことを考えて結論が見えてくると
なんだかほっとしてきます。
10年以上前の自分が思っていた結論とはまったく予想もしなかったですが(苦笑
この間にあったいろいろな選択、事象が影響しているのでしょうね。
the 人生ですね。

数えるぐらいしかいないですが、僕の中の大切な人達には、
それぞれの幸せを感じて最期まで生きて行って欲しいですね。
まあ、僕が思わなくてもみなさん、生きていらっしゃいますけど。
まあ、ひっそりと願うぐらいは、罰も当たらないでしょうw

…手元にある紅茶、開けて飲んでみたら、ほうじ茶みたいに深い味ですw
そのうえ、なにも入れてないけど、甘みもあります。
飲みやすい、ズズズっと。

死んでしまえば、すべては物質に戻り、意識も何もかも消滅するわけです。
人の記憶の中に、、とか、言いますが、その人たちも死んじゃうし、記憶も薄れていくわけで。
気休めにしかならない。
子供がいれば、遺伝子残る、血はつながっていくなどの形はありますが、
イメージとしてはいいなと思った時期もありましたが、
もう現実的に育てるとか、まったく自分には想像ができません。
そんな新たな人生を背負うことも自分にはできません。
親には申し訳ないことをしていると思いますね、うん。
親が思い描いていたのは、今頃、孫がいて一緒に遊んでとか、
そういうのが親の人生だったと思うので。
大切に育ててもらったのに。
いわゆる普通、っていうとまた語弊がありすぎだけど、
うちの親が考える一般的な?幸せをあげられなかった。
そこだけは、僕の後悔として死ぬまで連れ添う感情になるでしょう。
妹は、結婚したので、
妹一人っ子だったら、そんなことは発生しないわけで
そういう意味では、僕はいなかった方がよかったかもしれません。



と脱線しましたが、自分の人生では、
そんな中でも、little princeの「5億の鈴」は、僕の死ぬときの最後の信仰には
なってくれるのかもしれません。


長生きできたとしても、、、
長生きできなかったらそれはそれとして、、、

そんな感じですね。

前半、ライトな感じだったのに、
一気に重くなってしまいました。



「そぎ落としていく」
「いつでも死ねる」



あと、親には申し訳ない、と。

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