がんを治すお手伝い びわの葉温灸 聡哲鍼灸院日記

植物で心身を癒す治療の日々。そこから感じたこと、学んだことなど。。。

杉浦貴之さんセミナー

2017年01月31日 19時17分14秒 | 癌治療・緩和ケア

昨日は午後診療をお休みにして、昨日に引き続き杉浦貴之さんのお話しを聞きにきました。20名くらいの参加者でした。

以下、内容の要約です。

・「治す」をナビの目的地に設定しない。これを通り越して楽しいこと、夢をゴールとすること。

・がんを乗り越えるマインド10カ条
1。「がん=死」という思い込みを打破する。
2。「がんを治す」と決意する。
3。「がんは治る」と確信する。前例に出合いマインドセットを起こす。
4。治療、養生法が効いているイメージ。そして、がんを治した後の目標を持ち、未来の元気な自分のイメージを描く。
5。自分を受け入れる。自分の価値を認める。
6。発症を生活改善の『チャンス』、人生をより良くするための『メッセンジャー』と捉え、人生を楽しんでいく。
7。治療法は自分で決める。あふれる情報に流されず、自分の感覚を信じ、覚悟を決める。
8。闘病を隠さず、人に伝え悲しみも喜びも分かち合う。
9。人の支えに対し迷惑をかけていると思わなくていい。思う存分、支えてもらう。彼らへの感謝。
10。死を受け入れる。

・18年前、私が28歳の時に腎臓のがんと告知され、親には「早くて半年、2年後の生存率0%」と余命宣告されていた。
・その時までに自分が持っていたがんに対するイメージは「がん=死」だった。この思い込みを解いていくことが重要です。

・まず自分は上の2の「がんを治す」と決意した。
 そして治った人に実際に会いに行った。例えば寺山心一翁さんとか。

 自分が「がんを治せる」と確信するまで、心の腑に落ちるまで、この「治った人に会いに行く」ということを繰り返した。

・トマベッチという脳科学者(すみません、このへんうろおぼえ:聡哲)が「病は気で治る」と著書『がんを克服する脳』で言っているが、ここで言っている気とは"確信””腑に落とす”ということ。

・がんを克服できると確信すること、イメージの中で未来の自分が幸せに過ごしているところをリアルに想像する。これが大事。僕はこれで治した。

・ではなんで治した人に会うと元気になっていくのか?
 スポーツのオリンピックの世界記録の話だが、世界記録を出すにはもちろん栄養、環境などもあるが、「最後はその選手がどれだけ脳を変えることができたか」が鍵となる。これを「マインドセット」という。

・人間の脳は通常、自らの肉体が壊れることを避けるため限界まで能力を出すことを避けている、ブレーキをかけている。世界記録を出せた選手は少しばかりこのブレーキを緩めた人。そしてがんを治した人も同様に、このブレーキを緩めた人だ。

・日本陸上の世界で17歳の桐生選手が10.01秒という記録を打ち立てたあと、日本のジュニアの選手たちの記録が一気に上がった。これは若いジュニアの選手の気持ちの中に「僕たちにも9秒代を出せるかもしれない」という思いが芽生え、当人たちの無意識のレベルで脳がブレーキを緩めたのではないかと思われる。

・治った先輩たちに会いに行って元気になったので12年前にメッセンジャーという季刊誌を作り始めた。この本は僕が実際に会いに行ったがんサバイバーさんのお話をたくさん載せています。

・その中で最近印象に残っているサバイバーの方にMさんという方がいます。
 Mさんは今から10年前にスキルス性胃がんと診断されました。でも今でもお元気で過ごしていらっしゃいます。彼女は料理人で東北の海産物をイベントで販売していました。30年前に南三陸の大きな旧家に嫁いだのですがそこからの家族関係が厳しかった。

 ある年のお盆の直前彼女は吐血をし救急車で運ばれます。薄れいく意識の中でMさんは「あ〜これは今まで自分が我慢に我慢を重ねてきたからだ・・・」と思ったそうです。

 病院に運ばれ緊急手術で胃、膵臓、ほかの臓器も広範囲に摘出してなんとか一命はとりとめたものの「もう余命はない」と言われる状態だったとか。その後抗がん剤をしたものの肺に転移。その治療でしずかわ病院に入院している時に東日本大震災に遭遇。

 当時入浴中だったのにもかかわらず最後の大揺れで湯船から放り出され奇跡的にうまく着地、目の前にいた看護師さんが手にしていたバスタオルを放り投げてくれてそれを体に巻きつけて階上へ階段を上がろうとします。あれだけ大きな揺れの後には必ず津波が来ると思っていたそうです。

 ところが4階へ上がる階段にはそこまで辿り着いて動けなくなったお爺さんお婆さんたちが座り込んでいて上がっていけない。もはやここまでと思っていたらその方たちから「あんたなにをしている!早く上がって行きなさい!私たちを踏みつけていっていいから。若いあんたは助かりなさい!」と叱られ、泣きながら彼らの体の上を踏み越えて階上に上がったとか。

 そして津波が来るあと一歩というところで助かったそうです。その時、病気の自分が助かって申し訳ない、ごめんなさい、元気な人が自分の目の前を津波で流されていくのを見てなんで自分が生き残ってしまったんだろう、と思ったそうです。

 そして次の日の朝日を見た時、「私は生かされたんだ」と思え「スイッチが入った」そうです。それまで治すこととか考えてきたけど、もうそういうことにはこだわらない。未来も考えない。自分は病人だと捉えることもやめることにした。そして3時間かけて歩いて自宅まで帰ったそうです。

 そして自宅近くの避難所で毎日炊き出しをした。自分は病気ということを忘れて今目の前にできることをするだけでした。

 それから被災地に入ったテレビ局の放映でMさんが炊き出しをしている姿が映り、それをかつてMさんを診ていた医師の先生が見つけた。スキルス性胃がんだったのにずいぶんあれから日が経っている、その上あの多くの被災者を出したしずがわ病院に入院していたのに生き残って、さらに元気に炊き出しまでしている・・・

 その先生が彼女のその後を診てあげようと申し出てくださって検査をしてみたところ、肺に転移していたがんは消失していたそうです。Mさんの体からはがん細胞がなくなっていた。

 Mさんは「ただ、いま、自分が生きていることが奇跡だと思え、体に感謝をしました。そして自分ができることをしてきただけです」と。

・人はストレスを受けた時にコルチゾールというホルモンが出て、これが免疫を抑制、体にダメージを与えると言われています。
 しかし、ストレスをプラスに捉える、プラスの意味づけをした時には却って免疫が高まるそうです。これをPTSG(心的成長?すみません、聡哲、聞き逃しました)といいます。

 MさんにはPTSGが起きていたのではないか?
 そのあと、レストランを作りたいという夢を持ち、そして現在では多くの方の賛同を得てレストランを開業、営業されています。

 Mさんは自分が我慢を重ねてきたことが病気を作った、と言っていました。

・僕も子どもの頃から「自分はいい子になろう」「そうすれば家族が少しは平和になるから」と我慢をしてきた。
 そして自己評価がとても低かった。

・しかし28歳でがんを告知された時に母親が告知した医師に食ってかかってくれた。「冗談じゃない。私が治してやる」とも言ってくれた。そして「生きているだけでいいから」、「あなたが生きていてくれるだけで幸せだから」と言ってくれた。泣きました。 

・患者さんには「大丈夫だよ」とか治す力を引き出す言葉を投げかけてあげてください。

・看病する方も自分を犠牲にすることなく「自分の人生を楽しむ」ことをしてください。

・どうやってがんを治してきたか?
 ありとあらゆることをやってきた。26歳の時友人ががんで亡くなった。その2年後自分ががんを発症した。友人に勧めていたアガリスクを自分が飲んだ。これが最初の「希望」だった。完全に絶望していたのではなかった。細いながらも命綱があった。

 その後20種類くらいのサプリメントを試した。ほかにも温熱療法(ビワの葉温灸、イトウテルミー、三井式温熱療法などなど)、ヨガ、呼吸法、ツボ、お札、飲尿療法、五本指ソックス・・・1ミリでも体にいいものをやった。

 いま思えば3つのことが良かった。
手術したこと、仕事を辞めたこと、宮崎に引っ越したこと。
 これはいずれも手放したことだった。(がん細胞、仕事、実家)

 取り入れることも大事だけれども、治ることを邪魔するものをどんどん取っていった。合成界面活性剤、添加物、ネガティブな考え、人物・・・

 やめることは取り入れることより覚悟がいる。どういう思いでそれを選択していたか?自分の命の望む方向で行動していくとよい。

 医師とか誰かの言いなり、親の期待に応える、のではなく、自分が喜ぶ方向へ行く。

 特に自分が良かったと思ったことは「夢を持ったこと」と「自分ななんのために生きているか」と考えたこと。

 病気を治すために生きる・・・そんなのは嫌だ。
 「治る」ことは通過点で「これだ〜!」と自分がわくわくする、喜ぶ夢を設定したことが大きかった。自分はいろいろ妄想したがホノルルマラソンをもう一度走りたい、結婚したい、という2つの夢を夢想した。

 そして、「ホノルルマラソンを走り終えたゴールでフィアンセと抱き合い、次の日にハワイで結婚式を挙げる」という夢をリアルに想像し続けた。

 今までホノルルマラソンはもう走れないとか結婚なんかできないと自分で制限していたのをやめた。自分で自分の制限を外した。

 これが嬉しかった。自分を許せた。幸せを願っていい。涙が出た。

・「問題回避思考」では病気は治らない。「目的思考」でないと生きるエネルギーが湧いてこない。

・そして6年後、ホノルルマラソンを実際に完走した。
 この体験が「人間には無限の可能性があるのだ」ということを「体感」できた。これが非常に大きかった。

 これまでうちでは来院されたがん患者さんたちに実際に治っている人の話を聞きに行くことがとても良いですと話をするときにいつも寺山先生や杉浦さんの著書を紹介したりセミナーを紹介してきていた。

 杉浦さんのメッセンジャーも多く揃え、患者さんたちに貸し出してきた。

 今回、ようやく本人に会える機会が持てて良かった。実際に会ってみて声がいいこと、そしてなにより話が上手だなあと思った。

 今の時代、難しい話は笑って聞いてもらうことが一番いい。時折エロを交えて笑わせながらも大事なところ、ツボは外さず、体験からくる患者さんの役にたつヒント満載の話術はほんとうに素晴らしい。

 セミナーを聞かれていたランニング協会の方が「青山学院のマラソンチームの監督に推薦したい。マラソン人も病んでいる。彼らにお話を聞かせたい」と述べていたのも納得出来る。

 このあと札幌、長崎と全国のツアーが続くようですが、末長く患者さんたちに明るい希望を届け続けて欲しいと思った。

 杉浦貴之さん、ほんとうにありがとう。あなたがいてくれて嬉しい。

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