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映画「手紙は憶えている」:一通の手紙が手繰り寄せる奇跡

黒澤明作品で知られる橋本忍が語った「映画は脚本だ」という言葉を思い出した。ラストで待ち構えるどんでん返しは「ユージュアル・サスペクツ」の衝撃度をも凌ぐと言って良いだろう。
アトム・エゴヤンがずっと拘ってきた「歴史を見据えるアティテュード」という大きなテーマをロードムービーのスタイルを纏い,名優たちの威厳ある演技によって立体化した,まれに見る傑作だ。

妻を亡くしながら,その事実さえ忘れてしまう程認知症が進んだユダヤ人のゼヴ(クリストファー・プラマー)が,同じ施設に住む車椅子の友人マックス(マーティン・ランドー)から一枚の手紙を手渡され,そこに書いてある手順に従って旅に出る。目的はかつて収容所で彼の家族を殺したナチス「ルディ・コランダー」に復讐するため。ところが同名の人間は北米大陸に4人いるため,ゼヴは手紙とマックスとの電話を頼りに,本物の「ルディ・コランダー」を探し求めて,大陸を横断することになる。

物語の鍵は「認知症」だ。ゼヴは一晩寝て起きる度に,自分が果たすべき目的を忘れ,その度に手紙に立ち戻っては旅を続けることになる。尋ねていったルディ・コランダーと対峙する場面は勿論のこと,その移動の途中でゼヴが自分の仕事を忘れずに次の目的地に辿り着けるのかどうか,あらゆる場面がサスペンスを帯びることになる。更にクライマックスに至っては彼の家族に関する「記憶」そのものが,ゼヴが命を賭して果たそうとした使命の根源にまで及んで,観客の心を激しく揺さぶる。オリジナルの脚本を書き上げたベンジャミン・オーガストは,一つの驚くべきアイデアを忘れられない物語に昇華するため,ありとあらゆるテクニックを駆使して,結果的に70年という長い歴史を95分間に濃縮して見せた。見事なデビューだ。

薄れ行く記憶を必死に手繰り寄せながら,家族のために責任を果たそうとするゼヴを演じたプラマーの演技は,オスカーに輝いた「人生はビギナーズ」を遥かに超えるものだ。特に3人目のルディを尋ねて行った際に,その息子であるネオナチの警察官(ディーン・ノリス)と繰り広げるやり取りは,凡百のアクション映画が足元にも及ばない迫力に満ちている。一方で,車椅子からゼヴを(結果的には)操るマックスを演じたランドーは,全編を貫く緊迫感の,扇の要と言っても良いポジションで渋く光る。最後に登場するブルーノ・ガンツも含め,キャスティングも完璧だ。

悲惨な物語でありながら,道中でゼヴを助ける二人の子供たちの存在と,コランダーの若い孫がラストの悲劇を目撃するという一見悲惨な筋立てにも拘わらず,観終わった後に仄かな希望を感じる。エゴヤンの「スイートヒアアフター」に並ぶ代表作だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)
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