三鈷の松

空海さん伝説の三鈷の松ネットワーク

一切経の滝参道の「三鈷の松」

2006-07-23 00:34:53 | 三鈷の松
 温泉山一切経の滝参道の三鈷の松。2本が健在で廻りに杭を打ちロープで囲みました。(本日作業完了:平成18年7月22日 雲仙を美しくする会)
 雲仙温泉街から車で約6分の小地獄温泉から、一切経の滝への門があり、歩いて約10分なだらかな坂を下って行くと左側に開けた場所があり、案内板が目につきます。その奥に2本の三鈷の松が立っています。
 今後、雲仙の名所として宣伝していきます。
ONE MORE THING
 異常気象が普通の言葉となって・・、降れば集中豪雨で土砂崩れ、土石流の災害が頻繁に起きるようになってきました。10年後、20年後地球環境はいったいどうなっているのでしょう?温暖化・複合汚染・原発・開発による自然破壊・新ウィルス・戦争・・・。
 次の世代の子供たちは「負の遺産」を・・「風の谷のナウシカ」の言葉を思いうかべます。

高野山金剛峰寺の「三鈷の松」

2006-07-08 10:20:20 | 三鈷の松
 高野山真言宗 総本山金剛峰寺から送っていただいた「三鈷の松」の写真です。
平成九年十二月に雲仙の三鈷の松と比較するため、小生の父が手紙を書いて取り寄せたものです。お守りとして売られていたようです。「三鈷の松」を財布にいれておくと、幸福になれたり、お金が貯まるとか云われています。
 小生の父は雲仙市南串山町にある、真言宗御室派「温泉山一乗院」の生まれで名は「西久海」といいます。高野山大学卒業で教員をしていました。ときどき間違って?手紙宛名に西空海と・・。今後、父が調べた温泉山関係の資料を公開していきたいと思っています。
 また、三鈷の松についての情報があればメールをお願いします。
west24@mac.com  西 久幸


杉の巨木

2006-07-07 13:07:48 | 三鈷の松
一切経の滝までの途中にキレイな川があり、その近くには、杉の巨木が何本も立ち並んでいます。案内のときはここでも記念写真を撮っています。熊野の参道を思い浮かべます。
 雲仙で他に杉の巨木が見られるのは、雲仙寺の馬場という地名が残っている場所です。近くには、かって繁栄していた頃の温泉山寺院の庭池であったと言われる「原生沼」があります。雲仙保育園の入口左手に歴代一乗院の墓所で参道に立ち並んでいます。小生の祖父になる十七世西淳海法印まで歴代住職の墓碑があります。
 最近、雲仙史探会で古老の話しでは、現在ダムのために沈んでしまった、別所地区にも巨木があったと言われてましたが、現在は湖面の下に眠っているのでしょうか。

2本の三鈷の松

2006-07-04 23:52:54 | 三鈷の松
 雲仙の温泉街から少し離れたほどの小地獄温泉から、一切経の滝への門を下ること約15分で修験僧が修行したという滝へたどり着きます。その途中参道に「三鈷の松」が2本残っています。(3本はすでに枯れています。)
 周辺を最近「雲仙を美しくする会」で整備し、今後案内板を設置し雲仙の新名所として宣伝していく予定です。空海さん伝説は近接の小浜町に「六角井戸」伝説もあります。
 全国にある「三鈷の松」のデータを収集・整理したいと思っていますので、このブログへの投稿を是非、お願いします。

雲仙、一切経「三鈷の松」

2006-07-04 20:04:31 | 三鈷の松
 普通の松は、葉が二本なのに「三鈷(さんこ)の松」は葉が三本に分かれている。この松は高野山にあるとだけ思われていました。
 伝説によると、約千二百年前、弘法大師が唐(今の中国)での修業を終え帰国の折、「日本で最初の修業地を示し給え」とお祈りし「三鈷杵(さんこしょう)」(修業僧の身体を守る役目をする法具で、弘法大師の座像を見ると、必ず右手に三鈷杵を持っておられます)を空に向けてお投げになり、帰国後、高野山の松の木に止まっているのが見つかったと云われています。そこで、三本分かれの葉を持つこの松を三鈷の松と呼ばれています。
 ところで雲仙は約千三百年前、奈良時代の名僧行基菩薩開山伝承があり、全盛期には千人もの僧が修業に励み、西の高野山とも呼ばれ女人禁制の修験道の聖山でした。
 三鈷の松がこの地にあるのは高野山との交流が続いていたころ、雲仙の修業僧の身体の保護を願って、高野山から移植したのではないかとも言われています。