北斗七星の柄杓の柄のカーブを延長していくと、牛飼い座のアークトゥルス、乙女座のスピカを繋ぐ、大きな曲線、いわゆる「春の大曲線」を描くとされています。
例えば、Wikipediaでは、「春になると、おおぐま座にある北斗七星が上方経過となり天頂近くに高くのぼる。そのひしゃくの柄のカーブを柄の端の星(η星)の方へ延ばしていくと、 うしかい座のα星で1等星のアークトゥルス、そのまま続けてカーブを伸ばすとおとめ座のα星でやはり1等星のスピカに届く。さらに伸ばすと曲線はからす座に至る」と説明されています。
また、"Star Identification"でも、「柄杓の柄に沿って、弧状に進むと牛飼い座のアークトゥルスに至り、この弧に沿って、さらに進むと、乙女座のスピカに着きます」と解説されています。
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しかしながら、2等星で構成されている北斗七星が見えるような観望条件であれば、明るいアークトゥルスやスピカは容易に見つかるはずで、特に北斗七星の助けを借りなくてもよいことになります。
そもそも、北斗七星の柄の曲線の曲率は大きく(=カーブがきつい)、柄のカーブに沿ってもアークトゥルスやスピカには到達しません。春の大曲線は、もっとゆるやかなカーブを描いています。
したがって、「春の大曲線」というものは、「星の道案内」というよりも、夜空に美しい弧が描かれている様子を表現したものだと考えられます。
とはいえ、烏座への道案内役も果たしているようですので、今回は、この「春の大曲線」が、どのような形状なのかを調べてみます。
一口に曲線と言っても、「楕円」や「対数螺旋」、「クロソイド」など、いろいろありますが、あまり複雑だと道案内としては役立ちませんので、ここでは、シンプルに「円弧」であるとして考えていきます。
1.計算方法
1.1 球面上の3点を通過する小円
3つの恒星を結ぶ直線は天球上の大円でしたが、3つの恒星を結ぶ曲線を円弧(=天球上の小円)として考えます。天球上の任意の3点A、B、Cを含む平面の方程式を
とおき、天球上の点を次式のように極座標(α, δ)で表すと、
小円の方程式は、これらを連立して、
となります。式中のパラメータa、b、cを決めれば、それが必要な小円の方程式です。
この小円が3点A(α1, δ1)、B(α2, δ2)、C(α3, δ3)を通過する条件は、
です。式(1)より、
です。式(4)を式(2)に代入すると、
となり、同様に式(4)を式(3)に代入して、
が得られます。式(5)と式(6)から、
となり、aが求まります。
式(5)または式(6)にaを代入すればbが得られ、式(4)にa、bを代入すればcが求まります。
1.2 球面上の3点を通過する小円の中心
次に、小円の中心O(α0, δ0)を求めます。点Oは天球上にあるので、次式を満たします。
また、小円を含む平面の法線ベクトルは(a, b, c)なので、
となります。すなわち、
です。式(8)より、
となり、a、bを代入すればα0が得られます。次に式(9)、式(10)より、
となり、b、c、α0を代入してδ0が得られます。
2.春の大曲線はどんな円弧か
2.1 大曲線を表す小円の方程式
ここでは、春の大曲線が、北斗七星のアルカイド、牛飼い座のアークトゥルス、乙女座のスピカを通過する円弧(=天球上の小円)であるとします。
3つの恒星の位置は、赤径RA及び赤緯Decを用いると、
η UMa アルカイド:(13h 47m 32.43776s, +49° 18′ 47.7602″)
α Boo アークトゥルス:(14h 15m 39.67207s, +19° 10′ 56.6730″)
α Vir スピカ:(13h 25m 11.57937s, -11° 09′ 40.7501″)
です(元期 J2000.0)ので、小円の方程式のパラメータa、b、cは、式(4)〜(7)を用いて、
a=1.3181
b=-0.3364
c=-0.4388
と求まります。すなわち、「春の大曲線」を表す小円の方程式は、
1.3181 sinδ cosα-0.3364 sinδ sinα-0.4388 cosδ+1=0
です。
2.2 大曲線を表す小円の中心
式(10)、式(11)を用いると、小円の中心点は、赤径RA及び赤緯Decを用いて、
(RA, Dec)=(11h 2m 44s, +17° 52′ 47″)
と表されます。これは、どのあたりかというと、獅子座の内部(下図、朱色の十字線のあたり)です。
CC 3.0 by courtesy of Wikimedia Commons
大雑把にいえば、デネボラとレグルスの間で、デネボラ寄りです。
ちなみに、"Pocket Sky Atlas"によれば、この中心点の近傍にはNGC3507銀河があるようですが、暗く小さいため目印としては期待できません
2.3 大曲線を表す小円の半径
【基本計算式1】を用いると、小円の中心点Oから、アルカイド、アークトゥルス、スピカまでの角距離は、それぞれ、
中心点O〜アルカイドの角距離θ01=45.6041°
中心点O〜アークトゥルスの角距離θ02=45.6041°
中心点O〜スピカの角距離θ03=45.6041°
と計算されます。当然と言えば当然ですが、いずれも同じ値で、これが大曲線の半径です。
以上の計算結果を手持ちの写真で説明すると、こんな感じになります(写真画像なので歪曲収差があります)。
3.春の大曲線の延長線
3.1 北斗七星のどのあたりから出発すべきなのか
北斗七星のα星デューベ、ζ星ミザールの位置は、赤径RA及び赤緯Decを用いると、
α UMa デューベ:(11h 03m 43.67152s, +61° 45′ 03.7249″)
ζ UMa ミザール:(13h 23m 55.54048s, +54° 55′ 31.2671″)
です(元期 J2000.0)ので、【基本計算式1】を用いると、中心点Oから、デューベ、ミザールまでの角距離は、それぞれ、
中心点O〜デューベの角距離θ=43.8718°
中心点O〜ミザールの角距離θ=45.7648°
と計算されます。それぞれ、半径との比率は、43.8718°÷45.6041°=0.962、45.7648°÷45.6041°=1.004となり、デューベは大曲線の少し内側で、ミザールはほぼ大曲線上にあるといえます。
したがって、北斗七星を起点としてアークトゥルスへ向かう際には、「柄杓の注ぎ口(α星)のあたり」と「柄の先端の2つ(ζ星、η星)」を結ぶような円弧を描けばよいことになります。
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3.2 烏座のどのあたりを通過するのか
烏座を構成する4つの恒星、β星、γ星ギェナー、δ星、ε星の位置は、赤径RA及び赤緯Decを用いると、
β Crv:(12h 34m 23.23484s, -23° 23′ 48.3374″)
γ Crv:(12h 15m 48.37081s, -17° 32′ 30.9496″)
δ Crv:(12h 29m 51.85517s, -16° 30′ 55.5525″)
ε Crv:(12h 10m 07.48058s, -22° 37′ 11.1620″)
と表される(元期 J2000.0)ので、【基本計算式1】を用いると、中心点Oから、β星、γ星、δ星、ε星までの角距離は、それぞれ、
中心点O〜β星の角距離θ=46.9522°、半径との比率1.030
中心点O〜γ星の角距離θ=39.7207°、半径との比率0.871
中心点O〜δ星の角距離θ=40.5354°、半径との比率0.889
中心点O〜ε星の角距離θ=43.7221°、半径との比率0.959
と計算されます。したがって、「春の大曲線」を延長すると、烏座のβ星とε星の間を通過することになります。具体的には、下図のような感じです。
烏座は3等星で構成されているので、「春の大曲線」による道案内は有用ですね。
CC 3.0 by courtesy of Wikimedia Commons
以上に示したように、「春の大曲線」を円弧で表すことによって北斗七星から烏座までを、そこそこ網羅できるので、円弧で近似することは妥当だと考えられます。
5つの【基本計算式】をこちらで紹介しています
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