人生修行の旅

寒い日には筋トレをして暖まり、暑い日には涼しいと思い込みます。限りある人生、いかに生きるか。人生一度きりの生き方を!

エベレスト柔道クラブの発足した経緯 ネパールの新聞より

2017年07月23日 | トレーナー


『柔道がエベレストの陰にその名を残す』

 kajiシェルパは世界のオリンピックメダリストたちがネパールの岩山を高地トレーニングして、国際試合でも通用する力を身につけているのを多くみてきた。
 ネパールの国の政府としてもkhumbu地方にスポーツの財源を割くのは難しくなっていた。その時、ある一人の日本人柔道家がここに柔道場を建てないかと申し出くれた。
 「この土地のおかげで、ここで育つ子どもたちは強くなる」Rameshは語る。「確かに高高度での練習は難しい、だけど、最後地上で戦えばうちらに利がある。」

 さらに、この新しい道場が建てられた2850メートルのこのモンジョという地域ではスポーツクラブというものが一つもなかった。
 モンジョの学校のDayangi先生は、スポーツはただレクレーションのようなお遊びでしかなかった。この地域ではスポーツとは程遠いと語る。
 彼女によると生徒たちはサッカーは知っているが、誰もやり方を教えてくるないので、他のスポーツはルールさえ知らなかった。先生自身もスポーツを教える前にインターネットなどで調べてから教えていたという。
 彼女はここのモンジョの柔道の記念式典を見て、初めて生でプロのスポーツを見ることが出来たとも言った。
 
 Edumond Hilaryが世界で初めてエベレスト地域を統治して、20世紀の半ばに初めて学校を建てた。21世紀に入って、マーケットが出来て、テレビやインターネットWifiやヘリコプター、様々な現代風の設備がこの地域にも整ってきた。しかし、まだ整っていないものもあった。それは道路とスポーツだ。

 この地域には7つの学校がある。だがどの一つとして、スポーツクラブはない。Everest judo club設立はこの村全体としても嬉しいことだ、とSBBの校長先生は語る。柔道を始めてから子どもたちが著しく礼儀を正し、規律を守るようになっている。

 “It is a dream come true for us”(私たち、日本人、ネパール人みんなにとっての夢がこれで一つ叶いました)今回の柔道場建設に貢献した日本の柔道家のYamaguchiは言った。今回の柔道場建設にはNepal柔道協会General SecretarであるDharma Kumar Shresta ,Tomoki Khazami,Yoshifumi Yokota, Shyam Maharajanの協力のもと設立にまで至った。

 Kazi は現在、ネパールのヒマラヤ地域全部を管轄して柔道のこれからを担っている。
 あるシェルパはこの道路がないアクセスの悪いこの地域で柔道が成り立っていることにまだ信じられないと言っている。
 「私たちは、この柔道場を建てるまでたくさんの困難がありました。特に輸送費ではDHLとYeti Airlinesがコストを負担してくれました。しかし、多額の税金を払わなければいけなかったり、大勢のポーターを雇わなければいけなかったり」Kajiは言った「でも、まだ僕は夢の中にいるみたいだよ」最後にこう付け加えていた。

 一方でDharmaはエベレスト地域の柔道の始まりはネパールの新たな才能の発掘の第一歩だともいう。

 国際柔道協会のホームページにはオリンピック銅メダリストでヨーロッパチャンピョンのSabrinaが長年にわたって、この地域の支援に協力していたと記していた。「ここは完璧な場所です。エベレストベースキャンプに行く前のナムチェバザールのちょうど前で。エベレスト頂上を目指す人全てが通ることができるしね」国際柔道協会のホームページではSabrinaが言ったこの言葉を挙げていた。


訳 古屋祐輔
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